第160話 暇
キュイジーヌは真祖と呼ばれるヴァンパイアだった。生粋のヴァンパイアとヴァンパイアの間に生まれた子だ。真祖と呼ばれる存在はこの世でももう数えるほどしか残っていない貴重な存在であった。
そのため幼いころから徹底的に甘やかされて生きてきたのだった。キュイジーヌには魔法の才能があった。特に努力せずとも他のどのヴァンパイアより強い魔法を自由に使うことができた。
しかも同時にいくつもの上級魔法を操り、それを融合する技術すらも苦労することなく身につけていたのだった。
そんな彼女がヴァンパイア族の頂点に立つのもすぐのことだった。
族長を一騎打ちで一方的に叩きのめし、自らがトップに立った。
そんなある日のことだった。
「はぁ……」
ボクが椅子にこしかけ、ため息を漏らしていると、執事のガヌーがお茶を淹れてくれた。
「いかがされましたか? お嬢様」
今日も極上の紅茶を振る舞いながら笑顔で問うてくるガヌー。
「暇なんだよ。暇すぎるんだ! どうにかならないのかな?」
ガヌーは表情を崩すことはない。いつも笑顔を顔に貼りつけたままだ。
「ふぅむ、それでは城の外に出かけてみてはいかがでしょう?」
「城の外?」
「えぇ、ここ最近は外出することもなく、数十年が経過しております。この間にも世界は少しずつ動いているものです。それらを目にするだけでも変化が感じられるのではないでしょうか?」
「うーん、外か……」
ボクが難色を示す顔をしてもガヌーの顔はピクリとも動かない。
「そうです。お嬢様。たまには外を見て回るのもいい気晴らしになるものですよ? ただでさえ、我々ヴァンパイア族は引きこもりがちですからね」
確かにヴァンパイア族は皆、引きこもりが多かった。前の族長を決める戦いをするだけでも100年以上待たされたのだ。それも前の族長が気乗りしなかったからという理由だ。
「こんなに暇ならどこか、他の種族でも攻めてこないかな? そうなれば暇がつぶせるのに……」
「お嬢様。物騒なことをおっしゃらないでください。第一、この大陸で我々より強い者などいるわけもありません。わざわざ死にに来る奇特な者などいるわけもありませんよ」
ガヌーは涼しい顔を崩すことなくクッキーをボクの前に差し出してくる。
そう、この大陸では我々より強い者などいないのだ。遙か太古の時代には、肩を並べる種族もいたようなのだが、古文書にしか残っていない。
幼少の頃、古文書を読み漁りながら興奮したのを覚えている。その時は、この世の中が強者で溢れていると思っていたのだ。
「しっかし、暇だなぁ」
クッキーをポリポリと齧っていると、ガッシャガッシャと金属が擦れる音が聞こえてきた。
「おや? 何事でしょうか? 見てまいりますね」
ガヌーが身を乗り出そうとしたとき、ボクは彼の前に手を伸ばしていた。
「いや、ボクが行こう。これはなにかの前触れのような気がするんだ」
数百年ぶりに訪れた何らかの知らせ。その報告に期待を膨らませ、ボクは番兵の知らせを聞くのであった。
***
「何? トーナメント?」
驚くボクに説明をしてきたのは、この大陸の神を名乗る男だった。
「はい、ありとあらゆる大陸から、王者達が一同に集まり、雌雄を決するトーナメントが開催されるのです。それに参加する資格が、キュイジーヌ様にはございます。いかがでしょうか」
トーナメント……。はっきり言ってそそられる言葉だ。しかし、城の外に出たくないボクには縁のない話だろう。
「うーん、なんだか気乗りしないなぁ。ただ戦いたいだけならボクの城を直接攻めて来ればいいじゃないか? どうしてわざわざ君たちの国へ行かなければならないんだ?」
なんだかんだ理由でもつけて追い払ってしまおう、そう考えていた時だった。
「トーナメントの覇者にはどんな願いでも一つだけ叶える事ができるのです」
神を名乗る男は口角を上げた。
「願いを叶える? ほ、ほんとに何でもいいのか?」
「はい。我々神々が集結し威神にかけて、トーナメント覇者の願いを叶えることになっております。そのため、特殊な魔法陣を敷いてある我々の居城においでいただくことにはなってしまい、申し訳なく思っております。ですが、このトーナメント、皆様のご期待に添えるだけの戦士たちが集まることは間違いありません」
神はまるでこちらが暇を持て余してることを知っているかのような口ぶりで得意そうに言ってのけた。
「なりません。お嬢様。お嬢様はこの城を預かる身。神の国なぞ、敵国のど真ん中です! どんな罠が待っているやもしれませぬ!」
珍しく声を荒らげてガヌーはボクを止めるべく、身を乗り出しつつ提言してきた。
「よいのですか? せっかくの暇を紛らわせられるチャンス。しかも優勝すれば願いを叶えてもらえるのですよ? キュイジーヌ様の実力があれば、このトーナメントを勝ち進むのも容易なはず。トーナメントでエキサイトな日々の後に願いまで叶えてもらえるなんて、暇とは縁の遠い話。これを断るなどもったいないにもほどがあるというものです」
「わかった。参加しようじゃないか」
「お嬢様!」
珍しく声を荒げるガヌーを静止し、ボクは決意した。
「よいのだ。ガヌーよ。ボクはこのトーナメントに参加しようと思う。この神たちにもそれを開催する目的もあるのだろう。それが何かは教えてはくれないだろうがね。だが、ボクの願いを叶えてくれるというのであれば、やぶさかではない」
「お嬢様……」
「わかってくれガヌー。それにボクが負けるわけがないじゃないか。この大陸で一番強いんだぞ?」
「色よい返事がいただけて光栄にございます」
神はうやうやしくお辞儀をすると、どこへともなく消えていった。
この瞬間、ボクのトーナメント参加が決定したのだ。そう! 暇で怠惰で引きこもりなボクがトーナメントに参加するのは……、暇すぎたから! なのであった。
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