第109話 深淵の森



「ここが深淵の森か」


 その中心部には広大なダンジョンが眠っており、未だに攻略した者はいないという。


 今日はダンジョンまで行ってみるか。後は黒い霧を出せるようにしておけば、いつでもダンジョンアタックが出来そうだしね。


 そんなことを考えていると森の中にいくつかの生体反応が見つかった。


 何だろう? 人間じゃなさそうだ。この弱い反応は……、森の木に素早くジャンプし、上から見下ろす。緑色の体をした、小さな人形の生物が5匹まとまって移動していた。ゴブリンだ。


 ジャンプする前の俺のいた場所を見ている……。俺を狙っていたのか。生憎だが、俺は雑魚に興味がない。倒した所で、得られるお金はたかが知れてる。それに雑魚はレベルの低い冒険者の大事な獲物なのだ。


 さっさと木々をジャンプしてどんどん先に進んでいく。すると、先ほどよりも強めの生体反応が出てきた。


 この反応は……、オークか。ん? その奥……、なんか……やたら多くない?


 サーチの魔法で捉えた数は100を優に超えている。こんなのが一斉に街を襲ったら被害が出てしまうな。狩っておくか。


 俺はホーリーソードを出し、オーク達の前に立ち塞がる。


「ブモモーーー!!!」


 俺の存在に気づいたオーク達が一斉に襲いかかってくる。が、この程度の敵にもはや苦戦することはない。


 一瞬ですり抜けるように交錯し、すれ違いざまにホーリーソードで切っていく。


 オーク達は切られた事にすら気づかず、後ろを振り返ろうとする。その腹に赤い線がツーっと走っていき、オークの上半身だけが滑るように振り返り、そして、地面にドサドサと落ちていく。


「かったるいだけだから、速攻で片づけるか」


 俺は瞬時に移動しながら、オークの集落に突っ込んでいくのだった。




「ふぅ、こんなもんか。久しぶりのオークだったが、これじゃ経験値の足しにもならないな」


 オークの死体は食肉用としての需要がある。とりあえずアイテム袋に入れられるだけ入れて、残りはダークファイヤーで焼却処分だ。俺は次々にオーク達を燃やしていく。


 よし、こんなものか……。


 またダンジョンを目指して走ろうとしたとき、悲鳴のような声が微かに聞こえてくるのだった。


「ん? 誰か近くにいたのか? 取りあえず行ってみるか」


 俺はサーチの魔法を最大限に広げて探索すると、少し離れた所で人間らしき反応と複数のオークの反応を感じ取るのだった。




   ***




「死にたくないっ、私は……、まだ死にたくない!」


 私は魔物が数多く生息すると言われる深淵の森の中を走っていた。しかも足にはヒールを履いており、着ている服がドレスという格好なのだ。到底、森を走れるような格好ではない。だが、走るしかないのだ。


「完全に罠に嵌められた。あの王女……、いつか手を出してくるとは思っていたがこんなにも早く動くなんて!」


 公爵令嬢である私は政務のため、王宮を訪れていた。何でも、聖王が行方不明だとか。


 滞る政務の山を必死にこなし、やっと領地に戻れるとなったときだった。


 馬車で移動中に山賊に襲われたのだ。いや、山賊に紛れて騎士のような者までいた。ぼろい布を被ってはいても、ゴツい鎧の形まではごまかせない。あれは確実に聖王国の騎士が装備しているものに違いない。


 襲ってきたのは王女に決まっている。私はあの王女が魔界を攻める計画を止めようとしたのだ。なんとか計画を邪魔しようと様々な妨害工作と根回しをしたのだが、結局、無駄だった。計画は強引に推し進められてしまった。そして、私は山賊と騎士たちに襲われた。


 私の護衛が必死に闘ってくれたが多勢に無勢。数で圧倒的に勝る山賊達は一気に私を殺そうと迫ってきたのだ。


 私の護衛がかろうじて逃がしてはくれたものの、道を走って逃げては馬にすぐ追いつかれるのが目に見えている。


 私は森へ走った。そして、森の中を追っ手から逃れるべく、必死に走った。


 途中でヒールを脱ぎ捨てた。裸足で森を走るなんて馬鹿げているが、ヒールよりはいくらか走りやすかった。ドレスは邪魔だったが、走っている最中にあちこち引っかかった。それを引っ張っているうちに裂けて短くなっている。


 足は傷だらけになり、血が滲み、痛みが襲ってくる。


「はぁっ、はぁっ、ここまで来れば大丈夫かしら?」


 もう息切れで苦しく、これ以上走るのは出来そうにない。木に手をつき、なんとか体を支えていると、


「あらら~、追いかけっこは終わりか? 嬢ちゃん」


「ヒヒヒッ、アンタの生死に関わらず金が出る手筈だ。つまりぃ、俺たちで楽しんでからでもいいってことだよなぁ?」


「ぐへへへへ、お楽しみと行くかぁ!」


 盗賊たちの怖い目つきに晒され、囲まれてしまい、もうどうしていいかわからなくなってしまう。


 手も足もぶるぶると震え、まともに動かすことも出来なくなってしまった。


「だ、誰か! 助けてーーー!」


 必死になって出来たのは思いっきり叫ぶことだけ。


 そんな私を盗賊達は馬鹿にした目で笑いながら私に近づいてきた。


 そんな時だった。


「ぎゃあああ!!!」


 後方にいた盗賊から叫び声が上がった。


 盗賊達が振り向いた先にいたのは……。


 体長5メルを超える巨大な体躯、黒く硬そうな体毛、そして、人間の体よりもはるかに大きな岩を丸太にくくりつけた、巨大な岩斧。


 話に聞いていたオークを遙かに凌駕する迫力を備えた魔物がそこに立っていたのだ。


「ひぃぃ! 何だってこんな所にこんな奴が!」


 叫んだ盗賊はあっという間に岩斧により叩き潰された。


「ま、ままま、まちがいねぇ! こいつはオークの上位種、オークジェネラルだ!!!」


「ひ、ひ、ひいいっっっ!!」


 盗賊達は震え上がり、皆、驚きの余りその場を動けなかった。


 オークジェネラルは岩斧を軽々と振り回した。ゴシャゴシャっと音が鳴ったかと思えば、一振りで10人もの盗賊が吹き飛んでいく。


「グモオオオォォォ!!!」


 声高く雄叫びを上げた。盗賊達はみな震え上がってしまい、その場から動けない。そこにオークジェネラルは容赦なく岩斧を振り回す。


 盗賊たちはなすすべ無く散っていった。


 やがて、オークジェネラルは私を視界に入れた。


「ブヒッ!」っと鼻息を鳴らすと、口が三日月のように裂けていき、巨大な黒い舌を伸ばして口の周りを嘗め回した。唾液がボトボトと垂れ落ちていく。


 オーク種は人間の女を攫う。この世界では常識である。そして、苗床として使われ、そしてエサになるのだ。


 最悪だ。もう私に残された手段は今すぐ舌を噛み切って自害するしかないのだろう。だが、あまりに大きすぎる恐怖は私の動きを奪い取ってしまったのだ。


 オークジェネラルの後ろから配下のオーク達がゾロゾロと現れ、いよいよ、私の運命が尽きる、そう思ったときだった。


 見えたのは光。光の線がオーク達の体を通過していくのだ。


「な、なに? なにが起こっているというの?」


 何かが動いている? 一体なに? 私の目には全く追えないが確実に何かが動いているようだ。


 そして、血を吹き上げて倒れ込んでいくオーク達。


 一体、私の前で何が起こっているというの?


 私は何が起きているのかさっぱり理解できず、さらなる恐怖に怯えるのであった。




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