第55話 同郷の予感
「あ、ありがとう。助かったよ。でも……アンタは誰だい?」
前に現れた男は俺と同じくらいの大きさだ。ボロい服を着ており、文明的には見えない。だが、腰には刀を提げていた。それも日本刀!
「俺はソウ。旅? の者だ。しっかし、あのでっかい獣人は一体なんだったんだ? いきなり攻撃されてびっくりしたよ」
「え? 巨獣人を知らないのか? あ、旅をしてきたってことは、別の大陸から来たのかい?」
「んー、まぁそんなところなんだ。この辺りに来たばかりなんだが、何もかもが大きくて驚きの連続だよ」
「そうか。残念だけど、この大陸はあの巨獣人が支配してるんだ。今ならまだ間に合う。帰ったほうがいい」
男の目は真剣だ。
「すまないが、帰るところなんてないんだ……」
いきなりこんな世界に放り込まれたんだ。帰る家なんてあるわけがない。
「そうか……、アンタも大変なんだな。さっきは助かったよ! あの巨獣人に狙われて隠れたんだ」
あの巨獣人に狙われるなんて大変だな。
「よかったらウチに来ないか? 少しばかりだが食事も出してあげるからさ」
なんてありがたい言葉なんだ……、涙が出そうになる。
「ありがとう。お言葉に甘えさせてもらうよ」
俺は男の住む所へ案内してもらうのだった。
出会った場所から十分ほど歩いたところにその洞窟はあった。
なるほど、ここならあの巨獣人に見つからない。
洞窟の入り口は自然なものだった。が、中へ入ると、
「驚いたな。これは……石を削ったのか?」
「あぁ、俺たち人間はあちこちの洞窟に住んでる。こうやって洞窟を加工して住みやすくしてるんだ。そのままだと住みづらいからね」
男は簡単に言う。だが、どう見てもこれは簡単な仕事ではない。
ほぼ真っ平らに削られた石が床と壁を覆っており、天井部は木を加工したものを並べて作ってある。だが、あまりにも精巧すぎるのだ。
「これほどの加工技術……、はぁ、……すごいな」
口から本音が漏れる。
「随分熱心だね。この加工品は僕らのリーダーが始めたんだよ! ほら、僕の持ってる刀! 見てくれよ! これもリーダーが創ったんだ!」
男が貸してくれた刀。じっくりと見る。刃紋はゆったりと波打つように美しく刻まれている。柄や持ち手の部分、鍔に至るまで丁寧な仕上げがなされている。
はぁ、とため息がでる。
これほどの一品、初めて見た。俺の祖父が武家の末裔ということもあり、太刀と脇差しはいつも家にあった。それを眺め、メンテナンスを手伝わせてもらったことがあったのだ。だからわかる。
これを創ったのは間違いなく日本人だ。
「これを創った人に会えないだろうか?」
「んー、どうだろう……。忙しい人なんだ。この武器だってあの巨獣人と闘うためにリーダーが創ってくれたんだよ!」
リーダーの話になると嬉しそうだ。
「僕らのリーダーはすごい! あの人が来て、僕らはあの巨獣人の家畜じゃなくなったんだ!」
「……え? か、家畜?」
「あぁ、僕らは元々、あの巨獣人に飼われていた家畜さ。捕まえられては檻に入れられ、食べられる。そんな僕たちに闘うことを教えてくれたんだ! リーダーはすごい人なんだよ!」
男の握りこぶしが震え、目には涙すら浮かんでいる。
それほどの男。そして、俺と同郷であろう男。会ってみたいな。
「すぐにその人の所へ案内してもらえないかな? もしかしたら同郷の人かも知れないんだ」
「そうなのか!」 男は目を丸くした。
その時だった。
「大変だー! 巨獣人が来たぞーっ!」
慌ただしくなる洞窟内。あちこちの隙間に人たちが隠れるように入っていく。
だが、一人の女性が悲痛な声をあげたのだ。
「お願いっ、あの人を助けて! 誰か! お願いよ!」
「どうしたんだ?」
女は顔を涙で濡らし、悲痛に顔がぐしゃぐしゃだ。放っておけずに声をかけた。
「わ、私の亭主が……、巨獣人に捕まって……」
「なんだって!」
「くっ……、何てことだ!」
男の手は震えるほどキツく握られ、指の間から赤い液体が滲んだ。
「俺が行こう。助けられればいいのだが……」
「あ、ありがとうございます! どうか、あの人をお助けください!」
「お、おいっ! わかってるのか? 一人で巨獣人を相手にするなんて無理だ!」
「まぁ、見ていろ。俺一人で行ってくる。そのほうが動きやすいからな」
「だから! そんなの無理だって言ってるだろ! 人が集まるのを待って……」
「そんな暇はないんだろ? それにあの巨獣人……、別に倒してしまっても構わんのだろう?」
「な、何言ってんだ! リーダーだって一人じゃ倒せないんだぞ!?」
「ちょっとうるさいから黙っててくれ」
今も叫び散らす男の口にバリヤーを突っ込んだ。モガモガと男が喘ぐが、これで静かになった。
「では行ってくる。ここで待っていてくれ」
「あぁ、感謝します! どうかあの人をお願いします!」
泣き崩れる女性は見ていられない。こりゃなんとかしなきゃな。
俺は巨獣人の待つ外へ急ぐのであった。
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