第41話 開戦の狼煙


(ノーラ視点)


 困ったことになった。


 レイ様のことである。


 レイ様はあの日、ソウという男に助けてもらってからというもの、口を開けば、ソウのことばかり。


 確かにあの男は凄い。いや凄いなんてものじゃない。


 伝説に聞く魔法を無詠唱で駆使し、村人たちを全て蘇らせ、魔王軍の精鋭を追い払ったと思えば、この地域全体を浄化し、緑溢れる土地に変えてしまった。


 今、村のそばの森には鳥が戻り、野生動物が戻り、そして、川には魚が戻ってきた。


 畑もソウが生み出したポーションを蒔くだけで三日後には採集可能なまでに育つ。


 家畜も元気に草をみ、あっというまに太って良い体に変貌した。


 ソウは救世主のごとく、全てをこの魔界で最高の水準まで押し上げたのだ。


 そして、今日、村人を引き連れ、二十日ほど姿を消していたかと思えば、帰ってきたのだが……。


「な、ななな……、何が起きたというのだ?」


 村人たちから放たれるオーラは超一流の闘士のもの。低レベルなものとは訳が違う。そして、目つき、体つきは大きく変貌を遂げ、屈強な軍隊そのものになって凱旋したのだ。


「なっ……、何があったんだ……一体……」


「いや、なに。ちょっとばかり村を自衛するために鍛え直しただけさ」


 ソウは相変わらず飄々としている。


「はっ! 我々はソウ様によって生まれ変わったのであります!」


 敬礼をしながらリーダーが説明をしてくれた。


 いやいやいやいや、変わり過ぎだろう! なんでこの男はこんなにマッチョになっているんだ? あれ? 他の男達もガチガチのムキムキに……?


「鍛え直したって……、一体何をしたんだ?」


「おおっ、さすが我が夫、ソウよ! 村人をこれほど鍛え直すとは!」


 レイ様の目が爛々と輝き、ソウを見つめる。


「きゃあー、さすがはソウ様っ、魔王様をお嫁にもらうなんて……、素敵ですッ」


 村の女性から黄色い声が上がる。


「いや、俺は返事なんてしてないよ? まして、レイとは実質三日くらいしか会ってないし」


「うむ、さすがソウ様ですじゃ。たったの三日で魔王様ですら骨抜きにしてしまうとは……。当然じゃろうが、ソウ様は我らの神たる御方! うむうむ」


「いや、俺、人間だよ? 神じゃないってば!」


「そうと決まれば、宴会の準備をしましょう! 幸い、山の帰りに獲物はたっぷりと捕っておりますゆえ」


「いや、宴会するのはいいけれど……」


「ヒャッハー! お許しが出たぞぉ! 宴会だっ! 村を挙げてやるぞぉ!」


 村人たちは大盛り上がりで準備に入っていく。


「いや、あの……、俺、まだ結婚しないからね?」


「ソウ様。まだということは本日はご婚約ということでしたか! いや目出度い! 皆の者! ソウ様のご婚約が成立された! しっかりもてなそうぞ!」


「ぬうぅ! 止められんだと!」


 もしかして村人達もグルになって結婚をさせようとしているのか!?


「ソウっ! 嬉しいのじゃ。妾をそんなに想っててくれたなんてっ!」


 レイ様は嬉し涙を流しながらソウに抱きついてしまった。


「え? いや……、その……」


「よいよい、みなまで言わんでもわかっておるのじゃ! 妾たちは両想いだったのじゃな!」


「あ、あぁ……」


 レイ様……、それほどこの男のことを……。私は謎の敗北感を感じながらその仲睦まじい様子を眺めるのであった。




   *




(村の若者視点)


 村の門番を任されていたのはボサボサ髪の若者であった。彼は村の中で宴会が開かれていても気を抜くことはない。


 直立不動の姿勢で立っていると、多くの軍馬が走る音を微かにキャッチした。


(来たか……ゴミどもめ……。前に村人を皆殺しにしてくれた恨み、晴らさせてもらう!)


「ここは頼んだぜ、相棒」


「一人で行くのか?」


「あぁ、ソウ様から与えられたこの力で奴らを……」


 若者はもう一人にその場を任せ、一人走った。


 その走る速度は人間の領域を遙かに超えており、十分もしないうちに百キリ離れた大きな原っぱまで一息に駆けた。


 そこでは大軍が押し寄せて駐留しており、数多くのテントを張っていた。そこで一夜を明かすつもりなのだろう。


 その数は以前に村を襲った比ではない。本気で村を蹂躙するつもりで総勢三万にも及ぶ大軍が控えているのだった。


 若者は舌舐めずりをした。


「いやがるいやがる。数だけ揃えれば楽に勝てると思ってるバカどもが……。ソウ様の御手を煩わせるまでもない。俺が、蹂躙してやる!」


 若者は駆けた。万を超える大軍に向かって一直線に駆け抜けていく。


 その手には何も握られていない。防具らしい防具もない。雑に編まれた長めのシャツ一枚を被っているだけだ。


 だが問題などない。ソウ様より授かった力が俺にはあるのだから!


 見張りに立っていた兵に挨拶代わりの正拳突きをお見舞いした。


 喰らった兵は体をくの字に折り曲げながら吹き飛び、後ろに立てられていたテント二十張りを突き抜け、巨木に激突した。


 巨木にはまるで戦車砲でもブチ込んだような大穴が空いているのだった。


「これが開戦の合図だ。さぁかかってこいゴミどもめ!」


 若者はわざと大声で叫び、注目を集めた。


 押し寄せる軍勢を相手に若者は一歩も引かない。


 殴り、蹴り、投げ、突き、そのたびに敵は吹き飛び、数十人を巻き込みながら死んでいく。


 修羅のごとく、暴れ回っていると、やがて兵の動きが止まった。


 遠巻きに村の若者を囲んではいるが攻めてくるでも退くでもない。


「どうしたっ! それでも魔王軍の精兵か!」


 大声をあげても兵たちは全く動じず、何かを待っているようだった。


 そして……、一匹の巨大な軍馬に跨がった男が一人、やってくるのであった。



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