第11話 3−6


 話はベンジさん達がいる、邪神を封印した神殿に戻ります。

 二つ目の間の偵察が終わり、ベンジさんとクルスさん達、それにそれぞれのゴーレムちゃん達は神殿の間を進んでいました。

 幾つもの光球魔法で照らされてはいますが、それでも明かりの届かない部分は闇に塗り込められ、何かがいてもおかしくはありません。

 警戒してあちこちを見ながらゆっくりと進んでいくベンジさんは、すっかり勇者型ゴーレムちゃんの直接操作にも慣れ、まるで自分の体であるかのように歩いていました。

 そんな時です。

 ベンジさんの勇者型ゴーレムちゃん、その周りを進むベンジさんのゴーレムちゃん達を物珍しそうに、というか、物欲しそうに何度か見つめては、金髪碧眼の大勇者クルスさんは、前をゆくベンジさんに声を掛けました。

「なあベンジ。お前にとって、ゴーレム達ってどんな存在なんだ? 仲間? 友? 家族? 恋人? それとも嫁?」

「う、うん。そのどれでもないかな」

「じゃあなんだい?」

「か、体の一部……。かな」

「体の一部?」

「う、うん。自分の一部分というか……。とにかく、それぐらいかけがえのないものなんだ」

「道具でもないのか?」

「ど、道具というか……。確かにゴーレムちゃん達は道具かもしれない。でもその道具が体の一部になっている。そういう感じなんだ」

「ふーん。……機械人間みたいだな、お前って」

「……ま、まあね」

 ベンジさんはゴーレムちゃん達の秘匿通信に音声を切り替えると、はぁ、とため息を吐きました。

 そのため息に、魔法使いのゴーレムちゃん、アルカちゃんが同じく秘匿通信で声を掛けてきました。

「どうしましたっ。ベンジ様っ?」

「あ、ん。いやあ、なんでこんな事聞くんだろうなあって」

 その問いにアルカちゃんは苦笑気味に、

「まあっ、ゴーレムちゃんに恋愛感情を抱く人は普通にいますからねーっ。ベンジ様もそう思われたんじゃないでしょうかっ?」

「僕は……。本当に体の一部、延長線上なんだけどな」

 苦笑、あるいは別の何かを持った感情を含んだ声色で言ってまた何か言いかけたときです。

「ベンジ」現実世界でクルスさんがまた声を掛けてきました。微妙に感情のこもった声で。

「お前は、ゴーレムに魂や感情は必要だと思うか?」

「ん、ん? な、なんでそんな事尋ねる?」

「質問を質問で返すな。必要だと思うか?」

「そ、そりゃ……」ベンジさんのゴーレムちゃんは前へと進みながらわずかに首を捻り、応えました。「ひ、必要だろう。というか最近のゴーレムちゃんは魔導コアで人工魂を駆動しているんだから必要というか必須だろう」

「そうとは限らんぞ。古代のゴーレムには魂や感情がなかったんだから」

 クルスさんは歩きながら首を横に振りました。それから自分が所有しているゴーレム達の方を見ると、言葉を続けます。

「俺のゴーレム達には感情を持たせていない。あくまで道具だし、必要ないからな。人間だって、魂や感情を持っているとは限らんぞ。入力されたものを脳が計算し、合成して出力しているだけかもしれん」

「じ、じゃあ蘇生魔法で復活するのはどうなんだよ」

「脳などの生命活動を復活させているだけなのかも知れない。魂がないという意味では、俺達はゾンビなどのアンデッドと違いはないのかもしれないぞ」

「く、クレリックのゴーレムちゃんもいるのに罰当たりだな……」

「そうかもしれんな」そう言ってクルスさんは笑いました。「だが、人間は神々がお創りになられた人形ともいう説話がある。そういう意味では我々人間もゴーレムも変わりはないのかも知れないな。ただ」

「ただ?」

「人間やゴーレムに魂があっても、その二つのそれが同じものとは限らないぞ。なにせ人間は脳で、ゴーレムは魔導コアなのだからな。人間の魂をゴーレムの魔導コアに入れようとしても、そのままでは動かないと思うぞ」

 人間はゾンビやゴーレムと変わりはないのかも知れない。クルスさんの言動には納得力があるようにも思えます。

 でも、ゾンビとゴーレムちゃんを同等のものとしても良いのでしょうか?

 ゴーレムちゃんの魂は人間の物とは確かに違うのかも知れません。けれども、魂は魂なのです。もし人間とゴーレムちゃんの魂に互換性が持てるような仕組みができたとしたら? もし人間の魂をゴーレムちゃんの中に入れる事ができるとしたら?

 一体、どうなるんでしょうね?

 さて、そこまで言ってクルスさんはベンジさんのゴーレムちゃんを見て、おい、という顔をしました。

 彼の顔を見てベンジさんも、ん? という表情になります。

「ど、どうした?」

「お前……。ゴーレムを操っているんだよな? ゴーレムの中にいるわけじゃないよな?」

「あ、ああ」ベンジさんは一つ頷きました。「制御システムで操っているだけだよ。ゴーレムちゃんの中にいるわけじゃない。でもこのシステム、新型でまるで自分の体みたいだけどな」

「そうなのか……」クルスさんもなるほどという顔をします。「遠隔でそういうシステムなのはすごいよな。どういうシステムなんだ?」

「そ、それは……」

 少し口ごもりましたが、ベンジさんが何か説明しかけたときです。

 遠いどこかで、幾つかの叫び声や悲鳴が聞こえたような気がしました。

 ベンジさんもゴーレムちゃんもクルスさんも、悲鳴がした方向──広間の奥の、通路の方を向きました。

 声は通路の奥の方──次の広間から聞こえてきたようです。

 そして、ベンジさんはアルカちゃんと顔を見合わせます。

「今──」

「叫び声とかが聞こえましたねっ?」

「行ってみよう!」

「はいっ!」

 ベンジさんはアルカちゃんにそう言い合うと今度はクルスさんの方を向き、真剣な声で告げました。

「今、聞こえたよな? 叫び声や悲鳴が」

「……ああ」

「行くぞ!」

 ベンジさんはそう言うと、脱兎の如く駆け出しました。

 アルカちゃん以下、ゴーレムちゃん達も一緒です。

 ベンジさんを含めたゴーレムちゃんの脚力は人間以上で、さらに疲れを知りません。

 あっという間に広間の出口へと向かいます。

「おい、置いてくなよ!」

 クルスさんもそう言うと駆け出し、護衛の女性型ゴーレムと共に後を追います。

 人間とは言え勇者です。その超運動能力で、ベンジさん達に付いてきます。

 ベンジさんは走りながら表示窓でアルカちゃん達と通信します。

「あれは──」

「多分、先に神殿へと潜っていった冒険者の方々でしょうっ。おそらく探索中に何者かに襲われたものと判断しますっ」

「ピクニック気分でダンジョンに潜るとこういう風になるんだから。ハァ、莫迦はしょうがないわねー」

「マルティ、言い過ぎだぞ」

「事実じゃない」

「そんなお馬鹿さんな人でも助けるのが私達ゴーレムちゃんですよっ。マルティっ」

「アルカ、あんた真面目だねえいつも。あたしゃそこまでやれませんよ」

「お仕事中ですし、真面目にやってくださいよっ」

「はいはい」

 言い合う二人に、ベンジさんは苦い笑みを浮かべながらも、

「……君達にはちゃんと魂はあるよ。確信した」

 そう言って安堵のため息を吐きました。

 彼らがそう言い合う間にも、ベンジさん達は二つ目の広間と三つ目の広間の間の通路に入り、魔法やセンサーで警戒しながらも通路を駆け抜けていきます。

 悲鳴や叫び声はもう、聞こえていませんでした。

 吹き抜ける風と共に聞こえるのは、沈黙と、ベンジさん達が立てる足音や装備や魔導器などが触れ合う時に起こす金属音だけ。

(──間に合ってくれよ!)

 ベンジさんはそう祈りながら、美しい彫刻が彫られた柱達が天井を支える通路を走り抜けていきました。

 アルカちゃん達と共に飛ぶ光球達が、通路の出口を照らします。

 そして、巨人が余裕で通り抜けられるほどの高さと幅を持った通路の終わりにある出口を駆け抜け──。

 ゴーレムちゃん達は、三つ目の広間へと飛び込みました。

 足音が途絶えると、そこは沈黙が治める空間でした。

 先程聞こえてきた悲鳴も、叫び声も、何も聞こえてきません。

 ただただ、風が吹き抜けるだけです。

 ベンジさん操る勇者型ゴーレムちゃんは辺りを見渡しました。

 人の気配は、明かりが届く範囲では感じられませんでした。

(遅かったか──。それとも、僕らが聞いたのは幻聴だったのか──)

 ベンジさんのゴーレムちゃんは、もう少し広間の様子を見ようと一歩足を踏み出しました。

 その時です。

 カツン。

 つま先に何かがぶつかりました。

「……?」

 ベンジさんが見下ろすと、そこには血の付いたロングソードが横たわっていました。

 そこから横に視線をずらすと、冒険者が持つような小型の木の盾も剣に寄り添うように落ちていました。

 木盾は、強い力で裂かれていました。

 ベンジさんはもう一度顔を上げ、あちこちを見回しました。

 暗闇の中にわずかに光るものや、何らかの形を持ったものの影、輪郭がうっすら浮かんでいました。

 それは。

 冒険者達が持っていた武器や装備、衣服などの切れ端などでした。

「アルカ」

「はいっ」

 アルカちゃんが光球をあちこちに飛ばします。

 光球が尾を引いて飛んだ先、あちらこちらに見えるのは。

 散乱した武器やバックパック、そして、血溜まりでした。

 それを知覚した途端、急に血の匂いが鼻というか嗅覚センサーに付きました。

「うっ……」

 アルカちゃんや他のゴーレムちゃん達が息を呑みます。

 その時、クルスさん達も入り口に飛び込んできました。

「ベンジ! これは!」

「遅かったよ……」

「誰か死んでいたり怪我をしている人は?」

「……見たところ、どこにもいないな」

 ベンジさんは辺りを見渡しながらクルスさんに応えました。

「戦闘の跡はあった。だけど、敵も味方も誰もいない。死体もだ」

「何者かにやられて連れ去られたか……」

 クルスさんは目を細めました。その目は何かを予知していたような目でした。

「何のために?」

「お前も大戦で経験しただろう。これが魔族の仕業なら、捕虜にして縊り殺すか、奴隷にして働かせるか。あるいは……」

「邪神への生贄、にか……」

「そうだ」

 クルスさんは首を強く縦に振りました。

「邪神の復活を魔族が企んでいるなら、その復活の生贄として人間か何かが要る。その必要物として、ここに宝があると聞きつけた冒険者が使われたのかも知れない」

「じゃあ、その宝の噂って」

「魔族がばらまいた偽の噂かもしれないな……」

 クルスさんは考え込む仕草を見せました。

 その姿を横目で見ながら、ベンジさんは内心である仮定を思案していました。

(そこまで魔族が考えていたなら、この依頼自体だって、何かあるのかもしれない。でも……。まさかクルスが……)

 ベンジさんが僅かに不安な表情を見せた、その時です!

 突然、ベンジさんの耳元でけたたましい音が鳴り響きました。

 警報アラームの魔法が立てる、警報音です。

 つまり、敵が何処かにいるのです。

 ベンジさんは背中の剣を抜き、他のゴーレムちゃん達も武器や魔導器を構えます。

 ふと、目の前で何かが光りました。

 目の前に何かがいるのでしょうか。

 とその時、ベンジさんは何かの気配、いや、音に勘付きました。

 そしてベンジさん、そしてアルカちゃんが叫びました!

「上!」

 と。

 刹那、大広間の天井から不気味な影が急速度で舞い降りてきました。

 光球にその影が照らされます。それは。

 コウモリのような翼を背中に生やし、手は大きなカギ爪の、赤い目に黒い肌の下級悪魔でした。

 下級悪魔は腕を振りかざし、鉤爪をベンジさんに向かって叩きつけます!

 その時。ベンジさんの前に人影が現れ、何かを掲げました。

 ベンジさんのパーティにいる、パラディンのゴーレムちゃんが手にしている巨大な盾を掲げたのです!

 次の瞬間、鈍い鉄の音がしました。

 悪魔の鉤爪と盾がぶつかったのです。

 自分の攻撃が防御された事を知った下級悪魔は態勢を立て直すために翼を羽ばたかせ、距離を取ろうとしましたが。

「遅いっ!」

 その時にはもう、ベンジさんは剣を振り上げ、そのまま振り下ろしていました。

 切れ味の良い快音が一つしました。

 魔導剣の発する魔力が刃となり、悪魔は、真っ二つに寸断されていました。

 真っ二つにされた悪魔の体は黒い球体に包まれます。

 その球体が消えた後、寸断された悪魔の死体は何処かに消えていました。

 やった、という手応えを確かめる暇もなく。

「来ますっ!」

 アルカちゃんが叫び、杖型魔導器の先端の魔導コアが輝いた瞬間。

 暗闇の中。四方八方から先程の悪魔と似たような悪魔や醜悪な魔物達が、襲いかかってきました。

「クルスっ!」

「わかってるっ!」

 ベンジさんは剣を振るいながらクルスに叫び、彼も魔法剣を抜いて悪魔達に立ち向かっていきました。

 クルスのゴーレム達も、武器を抜き、魔法を唱え戦闘モードに入ります。

 前衛の戦士のマルティちゃん、パラディン、魔法戦士のゴーレムちゃん達はベンジさんと共に後衛、クルスさん達を守るために戦いながら後衛と距離を取ろうとします。

 そうする間にも、悪魔や魔物達は急速に距離を詰めてきます。

 瞬間。

 マルティちゃん達は落ち着いて相手を定めると、その敵に向かって魔導剣を振るいました。

 重々しく何かを切り裂く音が連続しました。

 マルティちゃんやパラディンちゃん達が剣をふるうと、悪魔達の体に当たり、軽々と引き裂いていきます!

 後方では、魔法使いのアルカちゃんが攻撃魔法を次々と唱え、火の玉や雷撃などをあちこちに飛ばし、悪魔や魔物達を燃やし、雷などを浴びせます。

 空を揺るがす、重々しく大きな爆発音、光とともに大気を撃ち抜く、雷火の轟音。

 アルカちゃんの火の玉や雷撃が飛び、命中するたびに、魔物達の体が勢いよく燃え、消し炭になります!

 と同時に、後衛のシーフ型ゴーレムちゃん、ハノンちゃんは弓矢型魔導器を構えました。

 弦をつがえる音がしたかと思えば。光の矢達が弓に生まれ。

 ハノンちゃんが弓をつがえ、魔法で作られた矢を連射しました!

 すると、どうでしょう!

 空中を震わす音が幾つも飛び、上でコウモリに似た翼を羽ばたかせていた悪魔達を貫き、叩き落としていきます。

 その後ろで、クレリック型ゴーレムちゃんが聖杖型魔導器を掲げました。

 聖杖の先端が光り輝き、あたりを照らします。

 白光はドーム状の結界を形作り、ベンジさんやクルスさん達の辺りを包みました。

 悪魔や魔物がその結界に近づこうとしましたが。

 結界に触れた途端、悪魔達の肌が焼け、白く燃えていきます。

 それを見た悪魔達は悔しげな顔で吠え、後退りしました。

 ベンジさんは、その隙を見逃しません。

「これでも、喰らえっ!」

 ベンジさんが魔導剣を掲げると、魔導コアがより一層強く光り輝き、両刃も輝きを増します!

 その光を確かめたベンジさんは結界外に飛び出すと、魔導剣を横に構えながら、結界の周りを周りつつ、剣を振るうと。

 その一振りとともに溢れ出る光の濁流が、悪魔や魔物達を包み込みます!

 奔流の中に巻き込まれた悪魔達は怒りとも悲しみとも取れる悲鳴を上げながら、光の中へと消え去り。

 そして、ベンジさんが結界を一周りした跡には。

 先程のような静謐が、再び訪れていました。

 悪魔や魔物達は文字通り、全滅していました。

 彼らの死体は黒い球体に包まれるか、ベンジさんの魔導剣の光の中に消え去るかして、全て何処かに消えていました。

 敵がいない事を確認したベンジさんは、剣の構えを解くと、クルスさんの方を向きました。

「だ、大丈夫か、クルス」

「ああ大丈夫だ。なんとも無い」

「奇襲部隊か。こいつらが冒険者達を襲ったのか」

「そう見て間違いないだろう。そしてこいつらは神殿を守る最前線だ」

「という事は、この奥の間には魔族達の防衛部隊が……」

「二重三重にも待ち構えているだろうな」

 そう言ってクルスさんは大広間の奥の方を見ました。

 その闇の向こうを見つめる目は、どこか別のものを見ているようでした。

「恐らく、封印の間には魔族の軍隊が集結している。守りを固めて、その間に邪神をこちらに出そうという魂胆だろう。……どうする? 一度引き返してグライスの軍の支援を仰ぐか?」

「そ、そんな悠長な事をしていたら邪神がこっちに出てしまう。僕達だけでなんとかしなきゃ……」

「しかし人数がいないぞ。この人数だけで魔族の軍隊を倒せるのか?」

「……」

 ベンジさんは続く何かを言おうとしましたが、内心の何かに抑えられて、言葉が出ないようでした。

 何か迷っているのでしょうか?

 ベンジさんが言葉を紡ごうとした、その時でした。

 ベンジさんの視界に表示窓が開きました。

 画面の中で慌てた顔をしているのは。

「大変ですにゃ! ベンジ様!」

 ネコ耳青髪のマアス城工場勤務のゴーレムちゃん、メフィールちゃんでした。

「どうした、メフィール? そんな慌てた顔をして?」

「ベンジ様が今使用している新型ゴーレム制御システムについて大変な事が判明したですにゃ!」

「大変な事……?」

「制御システムはただの制御システムではなく、使用している人間の脳を作り変える装置だったんですにゃ!」

「どういう事……?」

 ベンジさんはそこで顔をしかめました。メフィールちゃんが言っている事は、穏やかではない事だからです。

 メフィールちゃんは舌を噛みそうな勢いで説明し始めました。

「制御システムのヘルメットの中には、細かい針が無数に存在していて、被るとその針が頭を突き刺して脳内に届くようになっているんですにゃ。で、その針を通ってシートに付属している装置からマナマシン、マナに微小機械を付加した魔導機械が脳へと付着して、脳を作り変えているんですにゃ!」

「は?」

 ベンジさんはメフィールちゃんの説明を聞いて呆然としました。自分の脳が作り変えられている。そんな事、到底信じられないからです。

「脳が……、作り変えられている?」

「はい、今の所進行度は五〇%ですにゃ。先程の戦闘で脳が使われたため、マナマシンの散布率も加速したようですにゃ」

「止められないのか?」

 ベンジさんは微妙に不安な声色で問いかけました。しかし、応えは分かっていたような気がしていました。もし、それができるのであれば、とっくにそういう報告がなされているはずです。

「こちらでログアウトか停止できるかやってみましたが……」

 メフィールちゃんはそこで申し訳ないという顔をしました。

「止まりませんでしたにゃ。それどころか、マナマシンが脳の自律神経系を書き換えていて、ゴーレムちゃんの魔導コアとベンジ様の脳が直結しているようなんですにゃ!」

「それって……!」

 そこまで聴いた時、ベンジさんの背中に冷たいものが一つ上から下に走りました。

 それが意味する事実、それは……。

「もしこのゴーレムちゃんが破壊されれば、僕、死んじゃうかも知れないじゃん……!」

「その可能性はありますにゃ……」

「……」

 ベンジさんは急いでゴーレムちゃんの表示窓を幾つも開き、その中にログアウトの項目か、マナマシンの機能を停止させる項目がないか見てみました。

 しかし。

(ここにもない……。こっちにも見つからない……。ここは……。ない。ない。ない! どこにもない!!)

 一通り調べ終えて、ベンジさんは呆然としました。

 ログアウトや装置を停止させるボタンやメニューなどが、まったく見当たらなかったからです。

 彼は大海に小舟で取り残されたような気分になりました。

(まさかこんな時に、こんな事態が起きるなんて……。僕は、どうすればいいんだ?)

 その時。ベンジさんは思い出しました。

 勇者がすべき事を。

(……そうだ。こんなときは、思い返せ)

 ベンジさんは二つの瞳を閉じました。

 そして、大きく深呼吸をしました。

(今僕のやるべき事。それは……。目の前の任務を果たす事だ)

 そして再び瞳を開くと、メフィールちゃんに向かって命じました。

「メフィールちゃん。それより今は任務の支援に専念して。装置を解除できるかどうかは、依頼が終わってからでいいよ」

 その言葉に、メフィールちゃんはびっくりした顔を見せました。

「え、いいんですかにゃ!? これは放っておいても!?」

「今の所頭には変化はないし。全部作り変えられた時何が起こるか分からないけど、きっと大丈夫だ。それより、今神殿がどうなっているか分かっているね?」

「わかっておりますがにゃ……」

「じゃあ、自分のやるべき事をやってくれ。僕は僕のやるべき事をやる」

「ち、ちょっと待ってくださいにゃ……!」

「通信、切るよ」

「べべ……」

 メフィールちゃんが何か言う前に、ベンジさんは通信用の表示窓を閉じました。

 ベンジさんの周囲に、再び静寂が訪れました。

 彼は一度小さく息を吐きました。

 その仕草を見たアルカちゃんは、通信用表示窓の中を通して不安げな表情で、

「いいのでしょうか、危険なものを放置して……」

 ベンジさんに尋ねました。

 人形遣いの大勇者はどんな不安もかき消すような笑顔で応えました。

「大丈夫だよ。僕が思うにあれはそんなに危険なものじゃない。だってあれを作った何者かは、そこまで危ない人じゃないと思うし」

「そうでしょうか……?」

「そうだよ。それより、早く奥へと急ごう。悪魔に捕らえられた冒険者達が、助けを求めていると思うし」

「は、はい」

 アルカちゃんはそう、ベンジさんに優しく肩を叩かれました。

 ベンジさんは一つ神殿の奥を見て、そこへと走り出しました。

 アルカちゃんは命令を受け、他のゴーレムちゃん達と共に走り出しました。

 その仕草は命令に正直なゴーレムの姿そのものでした。

「クルスも急ごう。邪神を止めるために」

「あ、ああ」

 ベンジさんにそう声をかけられ、クルスさんも慌てて後を追い、自分のゴーレム達と共に走り出しました。

 その時、クルスさんはわずかに顔を伏せました。

 その僅かに伏せた顔はどこか、何かを考えているような顔をしていました。

 例えるなら、悪い企みを考えているような顔を。


                            脳改造進行度:五〇%


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る