第4話 1−2−3
「お館さま、お知らせを二つほど持ってまいりました」
と別の知的な女性の声が、ソファの後方から飛んできました。
ベンジさんとマルさんが振り返ると赤を基調とした高級そうなコートを着込み、メガネをかけたゴーレムちゃんがこちらに向かって歩いてきました。
「ああ、イゼーラか。定時報告か?」
イゼーラと呼ばれたゴーレムちゃんはお辞儀をすると、
「はい。まずは今日の定時報告でございます」
と言うと、ベンジさんの目の前の空間にホログラフィックスクリーンを魔法で表示しました。
イゼーラは領主代行のゴーレムちゃん。外に出られなかったり、任務などで忙しかったりするベンジの代わりに、マアスの城と街とその周辺の統治などを行う政治や経済が仕事のゴーレムちゃんです。
イゼーラの他にも、領主代行のゴーレムは何体かいて、人間の貴族などとともに、マアスの街を治めているのです。
皆真面目に職務を遂行していますよ。
展開されたスクリーンには、その日マアスの議会などで議論された事や、マアスの街であった事件や事故の報告、住民の暮らしぶりなどが表示されていました。
ベンジさんはスクリーンに目を通しました。
しばらく読んでいたベンジさんですが、やがてひとつうなずくと、
「うん。ありがとう。今日も概ね平和ってところかな」
そうイゼーラちゃんに笑顔で返しました。
「では承認の印章を」
「うん」
そう言うとベンジさんは呪文で魔法の印章を呼び出し、表示窓に表示された文書に印を押しました。
ベンジさんの領主としての今日のお仕事はこれでおしまいです。
気楽なものだと言う人もいるでしょうが、ベンジさんは魔物退治などで忙しいですからね。
もちろん、何もない時は魔法通信会議などに出席する事もありますし。
「確かに、竜退治以外は大きな事件もなくと言ったところです。が……」
イゼーラちゃんは、真面目な顔を崩さずに、次の話題へと進みました。
どうやら次の話以降が、本番のようです。
「サンラ、クルス様との魔法通信を開きなさい」
イゼーラちゃんはそう屋敷を操るゴーレムちゃんに命令しました。
一体どんな案件でしょうか? 気になりますね?
「クルス……?」
ベンジさんがその名前を聞いた時、顔色がさっと変わりました。
何か良くないニュースを聞いた時のような顔です。
ベンジさんの変化に構わず、新たな画面が現れました。
「やあ、ベンジ。元気だったか?」
「や、やあクルス……」
その画面に映し出されていたのは、金髪碧眼の、まさに容姿端麗とも言うべき青年でした。
彼こそが、ベンジさんとともに大魔王大戦を戦った大勇者の一人、<雷光の大勇者>クルスです。
戦略級の武具や魔法等を操る力を持ち、戦場では真っ先に敵陣へと飛び込み、多大な戦果を上げてきました。
そして大魔王との決戦ではベンジさん達とともに大魔王ネズーと戦い、見事これを倒した、大戦の英雄の一人です。
なんでそんなクルスが自分に通信を、というように顔をわずかにしかめると、
「……、な、何の用事かな……?」
と恐る恐るという風に尋ねました。
おや? ベンジさんはこのクルスという人と何かあるのでしょうかね?
そんなベンジさんにどこ吹く風、という風に、クルスさんは冷酷とも陽気とも取れる声で尋ねてきました。
「お前、まだ外に出られないのか? 呪いはまだ解けないのか?」
「……ま、まだだけど」
「かけら取っちゃえばいいのにさ? あ、無理に取ったら死ぬんだっけか? 難儀だよなあ、お前」
「……う、うん」
ベンジさんは、知っているくせに聞くなよ、という顔になりました。
苦虫を噛み潰したような表情で、言葉もどもり気味です。
そんなベンジさんの態度を知っているのか、無視しているのか、どちらとも取れるように、画面の向こうの金髪碧眼の容姿端麗男は、続けざまに言葉を放ちます。
「今もお人形さん達と仲良く暮らしてんのか? もうそろそろ、本当の人間と恋愛して結婚した方がいいんじゃないのか?」
「……」
「……ん? どうした」
「な、なんでもないよ」
しかしベンジさんの両拳はぎゅっと握られていました。
体もわずかに震えています。
あ、これまたベンジさんの地雷踏まれましたね。
でもベンジさんはぐっとこらえています。
ベンジさん、可哀想じゃないですか。
本当は一発ぶん殴りたいですけど、今はそうもいきません。
「そ、そういうお前は元聖女のプリシア姫と仲良くやってんのかよ?」
絞り出すようにベンジさんは返します。
一発反撃をぶちかましたいようです。
聖女(聖人)とは、ある一定以上の能力を持っていたり戦功を上げた勇者に、王(国)や教会(神殿)などから与えられる女性(もしくは男性)で、勇者の能力を上昇させたり制御させたりする能力などを持っています。
まあ一番大きいのは、勇者を政治的などの意味で縛り付ける安全装置という意味合いなんですけどねっ。
ちなみにベンジさんは、ゴーレムちゃん達などが聖女の役割を果たしているので、聖女はいらないんですけどねっ。えっへんっ。
なんなら、聖女の職能を持ったゴーレムちゃんが各宗教・宗派など毎にいたりしますけど?
「順調だよ」しかし、クルスさんは平然と返しました。「この間跡継ぎが生まれたよ。かわいい赤ん坊だよ? 画像見せてやろうか?」
「い、いいよ別に」
「そうか。残念だな。せっかく見せてやろうと思ったのに」
クルスさんはわざとらしい残念がった顔をしました。
このリア充野郎。本気で爆発しろ!
それから、まあいいだろ、というように、
「実は、お前に依頼を持ってきたんだが」
そう切り出しました。
「い、依頼……?」
「そう、依頼だ。手短に言うと、グライス北部の山岳部にある邪神アレクハザードを封印した神殿に、不穏な動きがあるらしい。それを調査してくれないか」
「邪神の神殿……?」
「そうだ。そこにはアレクハザードを封じ込めた異世界に続くゲートの一つがあって、そこを神々が封印した。その封印がおかしいらしい。それを調査してほしい。簡単だろ?」
「よ、よくもそんなふうに言うよな」
ベンジさんは卑屈な声で返しました。
そして、さらに問いを続けます。
「と、というかさ、勇者を討伐などの軍事任務に投入するには基本的に国王陛下とか議会などの承認が必要だろ? それは?」
勇者というのはその力や能力などによって様々なレベルがありますが、基本的にはその国々や宗教などの戦術級から戦略級以上の「兵器」と見做されています。
勇者はその強大さ故、自由に動く事は許されないのです。
難しいものですね。
「ああ、それなら通してある。お前と、必要であれば増援として俺。この二名をこの任務に投入する承認がなされている。そういう事だ」
「ほ、他の勇者はどうしたんだよ? 皆いっぱいいるだろ?」
「お前、最近のニュース知ってるだろ。ここのところ、大陸の各国の動きが不穏になっていて、現役にある勇者達が警戒態勢に入っている事を……。俺も警戒態勢に組み込まれていて、あまり自由に動けないんだ」
その時、クルスさんが映っている画面が乱れました。
声もノイズが走ります。
ベンジさんは ? と思いながら、言葉を返します。
何があったんでしょうね? 今のは?
「だ、だからってなんで僕が……」
「お前も現役にあるけど、一線から退いているじゃないか。外に出られないせいで。おかげで自由に動けるじゃないか」
「……」
「大魔王はいなくなったけど、おかげで人間同士で争いが始まってる。水面下で。そんな時に邪神が復活でもしたら大変だ。だから、お前に頼んでいるんだ。何でもできる能力を持ったお前に」
「……」
いつの間にか画面の乱れは収まり、声のノイズも収まっていました。
そこでベンジさんは両の目を閉じました。そして、大きく息を吐きます。
今まででおわかりの通り、ベンジさんとクルスさんの仲はあまり良いものではありませんでした。どちらかというとベンジさんの方がクルスさんの事を苦手にしていたような印象ですが。
ベンジさんはそんなクルスさんの依頼を、受けてもいいのだろうかというように迷っている様子でした。
もしこれがいたずらとか、罠だったりしたら……。
一瞬、そんな思いがよぎります。
しかし。
これが本当だったら。
邪神が、復活するかもしれない。
もしそうなら。
動けるのが、自分だけだとしたら。
僕は……。
勇者としての使命感、いや、本能が彼の感情を駆動させます。
ベンジさんはゆっくりと目を開き、体をソファの背もたれから離すと、今までとは違う力強い口調で応えました。
「わかったよ、クルス。その依頼、受ける事にする」
その応えに、金髪の大勇者は安堵の声で返しました。
「……よかったよ。後で詳しい情報については領主代行の方に送っておく。さっきも言ったように、俺も行けるかもしれん。少しは助けになるといいな。じゃ、また後で連絡する。じゃあな」
「じ、じゃあ」
碧眼の男の両目尻が大きく下がり、口元が大きく歪むと、クルスさんからの通信は切れ、画面は消えました。
と、同時に、ベンジさんは再び大きく息を吐き、ソファの背もたれに背を預けました。
ぼすっ、という強い音が一つ、部屋中に響き渡りました。
それからベンジさんは天井を向き、しばらく天井にある宗教画を眺めていましたが、やがて頭を戻すと、
「……イゼーラ、これが案件?」
そう、つぶやくように問いかけました。
彼の声は冷たいものでした。
その氷柱のような声を聞いた途端、イゼーラちゃんの体がビクン! と震え上がりました。
少し間が空いたあと。
領主代行ゴーレムちゃんは、恐る恐る返事を口にしました。
「はっ、はい、そうでございますお館様……」
「……この案件をどうしろと?」
「はっ、はい……。この案件をお受けしてはとご提案したいのですが……」
「……」
イゼーラちゃんがそう応えると、ベンジさんは再び黙り込んでしまいました。
悩んでいるような。怒っているような。
その二つの感情が入り混じっているような。
しばらく、口をへの字にして考え込んでいたベンジさんでしたが。
やがて、口を開きました。
「嫌だ。皆を使ってあいつの依頼を受けたくない」
「なぜですかお館様!?」
「だってさっき、アレクハザードの神殿に悪魔とか魔物とかいるとか言ってたんだぜあいつ。そんなところでゴーレムちゃん達が壊れるかもしれないじゃないか。そんなのやだ。それに」
「まだあるんですか」
困り顔のイゼーラちゃんに、ベンジさんは語気を強めて言葉を続けます。
「あいつの依頼なんて、裏に何があるかわからないし……」
ベンジさんはそう言うと口を尖らせました。
こうしてみると勇者と言うよりはまるで子供です。
まあ、事実生まれてからの年齢はまだ十七歳なんですけどね。
ただ、人造人間なので、成人したのが二歳なんですけど。
ともかく、大好きなゴーレムちゃんが壊れる事。嫌いなクルスさんから依頼を受ける事。
この二点から、ベンジさんは二つの依頼を受ける事が嫌なようです。
まったく、困ったものですね。
じゃあ皆。説得しましょうね。
「まあそう言うだろうと思いましたよ」
イゼーラちゃんは困り顔を若干の笑みに変えると、身振り手振りを交えて反論し始めました。
「ここに繋ぐ前に先方から連絡が来た際、保留中のときに裏を取ってみたんです。すると、当該の神殿に悪魔や魔物などが集まっているというのは本当の事でして。少なくとも罠ではありませんよ」
「そうなの?」
「ともかくベンジ様っ。依頼を受けると言っちゃったんでしょうっ? 断ると言ってももう遅いですよっ。それに、邪神が復活するかもしれないなんて案件、勇者が見逃したら勇者の名折れですよっ」
アルカちゃんまで身を乗り出して、彼にとどめを刺しに来ました。
彼女の言葉に、ベンジさんは、うっ、となりました。
「……」
そしてベンジさんは押し黙ってしまいました。
勇者ならば人類を守るという使命、義務を遂行すべきだ。
本来ならベンジさんはそれに従うべきです。
それはそうです。勇者としての使命、義務、意味。そういったものが、彼の本能に刷り込まれているのですから。
あれこれ言ってみても、その本能に逆らう事はできません。
しかし。その一方で。
ベンジさんの内心にはある感情が芽生えていました。
それらの本能に逆らってしまうほどの、ある思いが。
積み重なった人生の上に芽生えたその思い。それは、彼の本能という土を突き破らんとしていました。
僕は、どうすればいいんだろう。
本能に従うべきなのか、感情を大事にすべきなのか。
ベンジさんが迷いの海に沈んでいると、水面から手が差し伸べられました。
「ベンジ様、今はやるべき事をやった方がよろしいですが。迷うのは、その後でもよろしいと思いますが」
その声の方を向くと。
彼のメイド、マルさんが、その浅黒い顔を優しい笑みで満たしていました。
そして、彼女の手が、彼の手を包み込んでいました。
そのぬくもりに急かされて。
その瞳に制されて。
その微笑みに御されて。
ベンジさんは、思わず言葉を放ってしまいました。
「う、うん。わかった。依頼、両方とも受ける事にするよ」
その応えに、マルさんが、周りのゴーレムちゃん達が、一斉に安堵した表情を見せました。
皆、良かったですね。ベンジさんが依頼を受けてくれて。
一時はどうなる事かと思いましたが。
彼の言葉を受けて、リビングにいたゴーレムちゃん達があちこちへと散り、動き出しました。
リビングだけでなく、城中の、シノシェア社工場中の、街中のゴーレムちゃん達が。
そして彼女らのネットワークの中心にいる、クラウドマインド・アンも、動き出したのです。
ある目的に向かって。
さて、第一段階は終了したようですね。
こちらでも、色々な準備をしておかないと。
作っておくものもありますしね。
何かって?
ふふ、それは秘密です。
でも、いずれわかりますから。
では、始めますか。
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