第5話 1−2−4


 その夜。

 美味しい晩御飯をたくさん食べ、広々とした浴場でお風呂に入ったベンジさんは、自分の寝室の一つまでメイドのゴーレムちゃんに車椅子で運ばれ、そのままベッドに横たわらせてもらいました。

「それではおやすみなさいませ。ご主人さま」

「おやすみなさいませ」

 そう一礼するとメイド姿のゴーレムちゃん二体は、広々とした寝室を後にして、大きな扉を閉じました。

 バタン、とドアが一つ音を立て、その後に静寂が訪れると。

 ベンジさんは、けだるげに寝返りを一つ打ちました。

 そして、ぼんやりとした顔で、今日の事を思い返します。

 赤竜と戦った事。

 マルと口論になった事。

 クルスの事。

 依頼の事。

 あれこれ思い出し、そして今の生活の事を思います。

(……僕は、ゴーレムちゃん達のおかげで生活できるし外に出られるけど。

 やっぱり、外へ出たいし、一人で生活をしたい。

 僕は、自由になりたいんだ。

 勇者として旅をしていたあの頃。

 朝起きて、宿屋や幕営で食べたり自分でご飯を作って食べて、それから移動して、昼街とか外で昼飯食べて、また移動して、夜宿屋や幕営で晩御飯を食べて眠りにつく。

 あの頃の生活が懐かしい。

 あの頃のように、自由に旅に出られたら……。

 自由になれるというなら、例えば人間を辞めてしまってもいい。ゴーレムちゃんになってもいい。

 もし。

 もしそれが叶わないというのなら。

 勇者をやめてしまいたい。

 クルスが言っていた事。大陸の国々の動きが不穏な事。もしかしたら人類同士での争いが始まるかもしれないという事。

 もしそうだとしたら。

 他の国々の勇者と殺し合う事になるかもしれない。

 そんな事は、嫌だ。

 僕は魔王や魔族などと戦うために生まれたんだ。

 人間と戦う事は想定外だ。

 でも。今のままなら、戦えと言われたら、戦うしかない。それを避けるためには、勇者をやめるしかない。

 勇者をやめたら、このマアスの領主として一生を過ごしたい。

 けれども、グライス王達が許してくれるかどうか。

 僕が王だったら、許さないかもしれない。

 僕はまだ戦えるのだから。ゴーレムちゃん達のおかげで。

 ならば、僕はゴーレムちゃん達とのつながりを断つしかないのだろうか。

 でも、そうしたら、僕は生きていけないかもしれない。

 ……。

 僕は。

 僕は、どうすればいいんだ……!)

 ベンジさんはいつのまにか手でシーツを強く掴んでいました。

 両目をしかめ、眉間にシワが寄ります。

 頬や額が赤みを増します。

 様々な感情が頭の中でないまぜになって、一杯になって。

 そのごちゃまぜになった頭で考える事に、疲れて。

 ベンジさんの頭を、眠気が覆うようになってきました。

(なんだか今日は眠いや……)

 ベンジさんは、目を閉じると、そのまま眠りの海に沈んでいきました……。


                         *


 ベンジさん……。ベンジさん……。

「ん……?」

 気が付きましたか?

「ここは……」

 夢の世界とでもいいましょうか。そういう世界です。正確には、違いますけどね。

「夢の次元じゃないの?」

 違いますよ。あなたに会いに来たのは他でもありません。一つは昼間のクルスの依頼の件です。

「クルスの、依頼……?」

 そうです。あの依頼には気をつけた方がいいですよ。

「気をつけろって……。クルスが裏切っているとか?」

 ええ。あのクルスはあなたを狙っています。あなたもですが、ゴーレムちゃんの方もです。

「ゴーレムちゃんも、って……」

 あの勇者は変態です。人間よりもゴーレムちゃんに性欲を感じる変態です。

「あいつが……。だって、あいつには嫁も子供も……」

 人には体裁、世間体というものがあるのです。あの勇者の人への愛は偽りのものです。

「そうなのか……」

 ともかく、クルスはあなたとゴーレムちゃんの両方を狙っています。それと邪神アレクハザードの復活も。

「邪神の復活の方が重要じゃないのか……?」

 クルスにとってはそれはついでです。あなたの中にあるもの、それに、ゴーレムちゃんを狙っているのです。

「僕の中にあるものって……。大魔王のかけら?」

 ええ。あなたを殺し、大魔王ネズーのかけらを奪い取ろうとしています。気をつけてください。

「それなら、クルスの依頼は取り消した方が……」

 無理です。

「なんで?」

 この夢が覚めたら、あなたはこの夢の事をほとんど覚えていないでしょう。

「覚えてないって……。だったらなんで夢なんて」

 こういう形で警告するしかないのです。クルスや邪神がどんな形で私達を見ているかわかりません。ならば、彼らにわからずに伝えられる、この形で伝えるしかないのです。

「そうなんだ……」

 こういう形でしか警告を告げられず申し訳ありません。しかし伝えた以上、心のどこかに残っているはずでしょう。それをひとかけらでも思い出してくれれば、きっとあなたの身を助けるでしょう。

「わかった。思い出せるようにするよ。できれば」

 あなたに伝えたい事を一つ伝えました。伝えたい事はもう一つあります。

「もう一つ?」

 あなたの悩みについてです。

「僕の悩み?」

 はい。再び外に出たいという悩みです。

「どうして知ってるんだよ?」

 いつもつぶやいておりましたから。

「僕は誰にも言った事はないのに……」

 ふふっ。どこで誰が見たり聴いたりしているか、わからないものですよ。それはともかく、そのあなたの悩み、もうすぐ解決されるかもしれません。

「本当?」

 本当です。ただし、条件があるのですが。

「条件?」

 はい。あのクルスの依頼を遂行してほしいのです。

「えっ?」

 矛盾するようですが、その依頼を遂行すれば、はじめてあなたの悩みは解決可能になるのです。

「僕やゴーレムちゃんが狙われているのに?」

 はい。申し訳ありませんが、そうしないとあなたは再び外へ出られない。自由になれないのです。

「君もクルスとぐるなの?」

 いえ、そうではありません。しかし、この依頼を実行しないといけないのです。

「本当に自由になれるの?」

 はい、それは絶対に保証します。そのために私は全力で依頼においてあなたをサポートします。

「サポートって」

 具体的な事は言えませんが、クルスや邪神からあなたを守り、任務を遂行できるようにいたします。

「そんな事、君にできるのか。素性もわからない君に」

 できます。できますとも。私達の能力であれば、あなたをお護りし、あなたを導く事ができます。

「わたし、達?」

 ええ、私は一人ではありません。いつでもどこでも、私達はあなたのお側におります。

「君は、一体?」

 おっと。それを明かすのは、依頼を遂行してからにしましょうか。その時、私が誰なのか、教えてあげますよ。

「本当に?」

 ええ。それは必ず約束いたします。あなたをお護りするのと同様に。

「わかった。約束してくれるね?」

 はい。必ず。ならばベンジさん。あなたもこの依頼を受けてくれますね?

「……」

 私達からもお願いです。あの邪神から、あのクルスから、私達を、世界をお護りください。

「……わかった。勇者の名にかけて、この依頼、遂行するよ」

 ありがとうございます。……ああ、もう時間です。今はこれでお別れです。またお会いいたしましょう。この世界で。

「え、えっ!? ち、ちょっと……!?」

 ……

 …………

 

                         *


 目の前が真っ暗だというに気が付き、ベンジさんはまぶたをゆっくりと開きました。

 ぼんやりとした視界がやがてはっきりとしていき、景色を定めていきます。

 シーツの触感が、上下で体を包んでいました。

 いくつかの魔法の常夜灯が、広々とした部屋中をうっすらと染めていました。

 いつの間にか、眠っていたようです。

「寝てた、のか……」

 いつもの事だと思いながら、時計魔法を呼び出しました。

 時刻は夜半前。元気なときだったら、動画放送の表示窓や音声放送を見たり聴いている頃です。

 でも、今のベンジさんにはその元気はありませんでした。

 頭の中で幕が下りているように感じながら、ベンジさんは起き上がりました。

「夢、見てたな……」

 つぶやくと、その夢がなんだったのか、思い出そうとしました。

 誰かがいた。何かを言っていた。そこまではわかるのです。

 しかし、それ以上の事は。

「なんだったっけ……」

 ベンジさんは大きくため息を吐きました。

 まあベンジさんにとっては、なにも覚えていない夢を見るのはいつもの事なのですが。

 ベンジさんはなにか放送でも見ようかと思いましたが、

「そう言えば明日にでも、クルスの依頼に行かなきゃならないんだっけ……」

 思い直すと、再び横になり、まぶたを下ろしました。

 しかし。

(えーとなんだっけあの夢。なんか大事な夢だったような気がするんだけどなあ……)

 夢の事が気になりだして、目が冴え始めました。

 よくある事です。

 が、こんな時に気にならなくても。早く寝ればいいのに。

(ねっ、眠れないっ! なんか気になりだして眠れない! かと言って起きてると明日に影響出るしっ! こうなったらっ!)

 眠れない事に慌てだしたベンジさんは、急に魔法を唱え始めました。

 睡眠の魔法です。対象を自分にして、自分を眠らそうというのです。

 呪文を唱えると、目の前に円形の魔法陣が現れ、光り輝きました。

 そして、その光が一段と輝き──。

 ボワン! と爆発しました!

 辺りに黒い煙がふわふわと漂います。

「けふっけふっ……!」 

(失敗したー! なんでこうなるのさー!)

 爆発でベンジさんは更に目が冴えてしまいました。

 なんという事でしょうか。

 やればやるほどドツボにはまるとは、こういう事ですね。

 ベンジさんは盛大に転げ回った後、起き上がりました。

 そして何度かむせた後、

「ええい、何が何でも寝てやるー!」

 体を叩きつけるように布団へと横になると、両の眼を強くつぶりました。


 ……まあ、このあとベンジさんは夜明け近くまで起きる事になったんですけどね。

 頼めば私が睡眠魔法かけてあげたのに。


 さて、例のものは出来上がったようです。

 こちらでチェックを行いましょう。

 見つかったら向こうも検査するでしょうけど、こっちでごまかしておくとして。

 これが計画の鍵ですからね。上手くいくためにも、ちゃんとテストしておきましょう。

 さて、向こうにも連絡を入れておきますか……。

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