第20話
「
がたごと揺れる電車の中、隣に座る
僕だって先ほどの興奮から冷めてはおらず、鼓動はまだ早かった。
勢いとはいえまたしてもユウヤ君に歯向かってしまった。
これからどうなってしまうのだろうという恐怖心も少なからずあった。
だが後悔をしているわけではない。
隣には
しかも体温を感じるほどの距離に。
僕はそれだけで満足を覚えている――――はずだったのだが、
「ねえ。
可愛らしい顔を
心からそう思っているのだろう。
純粋な視線が僕に向けられている。
「あ、ああ、えっとね……」
彼女の視線から逃げるように顔を背けた。
まさか本当の事――部屋に女の子が現れて、教えてくれました! なんて言えるわけがない。
そんなこと言ったら妄想癖でもあると思われるのがオチだ。
必死に言い訳を考えている僕は明らかに挙動不審だったことだろう。
思い付きで喋るものではないな。
『偶然』なんて言ってしまったことを後悔していた。
ユウヤ君が信じていなかったのと同様。
それも当たり前だ。偶然にしては出来すぎているから。
人は出来すぎたものを疑う生き物。
僕ですらホテル名を正確に言い当てたミライの言葉をいまだに信じられずにいるのだ。
それにしても考えれば考えるほど不思議でならない。
何故ユウヤ君と
あてずっぽうでも、偶然でもない。
こうなることが必然だったということになる。
いままでも不思議な発言をしたことはあったが、今回の件は怖さすら感じていた。
未来の出来事をここまで正確に言い当てるなんて……女神というのはあくまで自称であり、つまり嘘だと思い込んでいたが、それすらも信じてしまいそうになる。
僕は
「じ、実は……あそこらへんに親戚が住んでて。昔よく行ってたんだ。久しぶりに散歩がてら歩いてたら、偶然二人を見つけて……」
「へえ!? ご親戚が? あの辺に? あそこって東京のど真ん中だよね。すごいね」
「そ、そうなんだ……すごいんだよ……。あはは。懐かしくなってねぇ……すごく懐かしくてねぇ……」
「ふぅーん……。で、あんなところを散歩ねぇ」
ねぇっと言ってこちらに向ける目が、まったく笑ってないですよ
僕の言葉など全然信じていないようで……。
さすがにこれも言い訳としては苦しいか……。
でも彼女は大きく息継ぎをするように「ふぅ」と深く吐息を口から漏らすと、
「じゃ……それでいいよ」
背もたれに体を預けた。
もちろん『そういうことにしといてあげる』という意味だろう。
より一層気まずいんですけどね。そういうの……。
「ほ、ほんとだよ……」
「わかったって、もういいよ」
愛想笑いと無駄な正当化を続けてとにかくごまかした。
ミライというわけのわからない存在を説明することができない以上、どうすることもできなかった。
二人の間に、なんとも気まずい沈黙が流れた。
窓から差し込む赤い光が車内を勢いよく通り過ぎていく。
その光が僕の顔を横切った。まぶしさで顔をそむける。
それにかこつけて隣に座る
すると
その時。改めて。素直に思った。
良かった――。
ミライの言葉を信じるなら。あのホテルで食事をとった後、
そのような未来から彼女を救うことができたという実感が沸いてきた。
これはもちろん仮定の話に過ぎない。本当にそんなことが起こり得たのかどうかはわからない。
だけれどもミライの言った通り二人はたしかにあの場所に現れたのだ。
二人が望んでそういう風な関係になるのなら僕がとやかくいうことではない(高校生がそういうことをするのがいいかどうかは置いていおいて)。
だがそういう関係を強要されるというのは明らかな犯罪行為だ。
それは体だけじゃない。心をとても傷つける――人生に大きな影響を与えてしまうことだ。
悲しむ
幸せに生きて欲しい。
だから僕は流れる沈黙を破った。
「あのさ。
「うん? なに?」
特に不機嫌な様子はなかった。
「ほんと僕のことはいいから。こういうのはもうやめてね」
「……うん」
「クラスでの
僕の家に来た時、玄関ですっと膝を曲げて綺麗に靴を揃えていたのを思い出した。
厳しい親に育てられたと言っていたが、その影響もあるのかもしれない。
「それ。なんか情けないな」
「ううん。そんなこと……。それに
「まあ、確かに……そういうところはあるかも……。ユウヤ君に嫌われたくないって思ってる人は多いと思うから」
「
ビルや家屋が立ち並ぶ風景が勢いよく流れていく。
「デートしてる時ね。すっごい優しいんだ。雑誌に出てくるようなおしゃれなお店に連れてってくれたり、人気店のケーキ買ってくれたり。女の子の好きなポイント抑えてるって感じ。ウィンドウショッピングしてたら『洋服買ってあげる』とか言われたこともあるよ。さすがに遠慮しといたけどね。さっきもさ。ホテルのレストランで夕飯食べようって言われてたんだ。同じ高校生って感じしないよねぇ。そういうのかっこいいとは思うし、モテるのもわかる。わかるんだけど――なんて言うんだろ……。なんでも出来すぎて周りにいる人を下に見ているような感じ? そういうのは、正直あったかなぁ」
僕も同じように苦笑いを返す。
そして内心、動揺していた。
やはりだ。やはりあのホテルで二人は食事をしようとしていたのだ。
ミライの言っていることは当たっている。
「そうだね……。そういうところはあるかも……」
「リードしてくれたりするのって、女の子的には嬉しいし、頼りになるって思える。そういうほうが好きっていう女の子の気持ちはすごいわかるんだ。けど、私は……あまり強引すぎるのは好きじゃないかなぁ」
「
「そういうわけじゃないけど……。うーん、どっちがっていうより二人で考えてく感じが好きなのかな」
「相談しながら進める、みたいな?」
「うんうん。それだと思う。なんかさ、そういうのってよくない? 二人だけの時間、二人だけの経験みたいで」
オーディオのことを相談してくれたことを思い出しながら僕は答える。
「一人で決めるよりも新しいことが知れるし、面白いかも」
「だよね! 恋愛するならそういう人がいいなって、私は思ってる」
明るい声音で
かぶせるようにやたらと雑音が入り混じったアナウンスが社内に流れた。
到着する駅名が告げられる。
「あっ、私ここ」
アナウンスで一気に話を持っていかれた形となってしまった。
中から赤いカードケースを取り出す。僕に向き直った。
「
「うん?」
「ほんとごめんね。デートするくらいで解決するならいいかなって。勝手なことしちゃった。でも、さっき
「安心?」
「よくわからないんだけどね。不思議と安心したの!」
「ま、まあ……あまり頼りにならない僕だけどね……」
「そんなことないって! コンポ一緒に選んでくれるんでしょ。約束ちゃんと覚えてる?」
「うん。それはもちろん」
僕はこくりとうなずく。すると彼女は、
「頼りにしてますよ」
窓から差し込む陽のせいか。頬を紅色に染めて微笑した。
そして、
「あ、そうだ!」
何かをひらめいたらしくぽんっと手を打った。
いたずらっぽさを含んだ目で僕を見る。
彼女の後ろで「ジリリリッ!」降車のベルが鳴り響いた。
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