第13話
「……お、お前……っ! いま笑ったろ!?」
「いや、そんなことな…………ぷっ、ぷははっ!」
「やっぱ笑ってんじゃねぇか!」
その顔――どっちの意味で赤いんですかねぇ?
なんてことを僕は冷静に考えていたが、茂部さんの勢いは続かず、突如としてへにゃりと椅子に座った。
デコレーションたっぷりのネイルで髪をくるくる弄ぶ。うつむく顔は赤く染まったままだ。
なにこれ……普通に可愛い女子の仕草って感じなんですけど……?
あまりに似合わな……恥ずかしくて仕方ないらしいその態度、照れ隠しをしているのが手に取るようにわかる。
化粧もピアスもこんなにもギラギラなのに……。とても新鮮だ。
……ヒサシ君の事がほんとうに好きなんだ……。
「ほんと、ごめん……って……。じゃ、じゃあお詫びってわけじゃないけど、僕から聞いみようか?」
「…………えっ!? マジでっ!?」
その顔は嬉々としている。
「ちゃんと答えてくれるかわからないけど、『付き合っている人がいるかどうか』を聞けばいいだけでしょ?」
「……う、うんっ!」
そんなことはとうに忘れているであろう
さらさらっと画面を操作しながら、敢えて口に出す。
「付き合っている人がいるか
「…………えっ?」
「
「……ね、ねぇ……? 何してんの?」
「ん? 何って?」
「……まさか……いま聞いてんの……!?」
「うん。だって聞いて欲しいんでしょ?」
「ちょっ、お前! ふざけんな! なんであたしの名前出すんだよっ!!」
アイスティーをこぼしそうになりながら僕のスマホに手を伸ばすしてくる。
それを避けるようにして、僕はなお続ける。
「ヒサシ君はどう思って……」
「と、
焦り過ぎて我を忘れているのだろう。綺麗に盛ってある髪を振り乱し、僕のスマホを奪い取ろうとする。
だが、そこは僕も男。伸びてくる手に背を向けて対抗する。
「ねぇ! ほんと、ほんとやめてって……!!」
……よし。そろそろ『お返し』は終了としてあげようかな。
「あはは。ごめん。ごめん」
僕は
そこにはホーム画面以外なにも映っていない。
「僕、ヒサシ君の連絡先知らないから送ってないよ。安心して」
「……とっ……
僕のスマホ画面をみた
「バカとか言うから。お返しだよ。ほんとごめん」
「……ほんっとさぁ。超あせった……。心臓飛び出るかと思ったじゃねぇか……」
「今度ちゃんと聞いておくから。でもヒサシ君、たぶんだけど付き合っている人はいないと思うよ」
「……う、うん、それとなくでいいから。あたし結構マジ……ってなんであんたにこんな話しなきゃいけないんだよ!! 別に好きなわけじゃないし! 勘違いすんな! 死ね!!」
「はいはい、
「……ったく。ほんと分かってんのかっての……? マジでふざけたことしたら許さないからなっ」
と言った茂部さんは、ふぅと大きく息を吐いた。
そして少し身を正してテーブルに肘をつくと顎を乗せた。
「つうかさ、
「うん?」
ウェイブの入った明るい髪が顔に垂れてきている。
それをすっと払い、僕をじいっと見つめてくる。
「あんたさ。案外おもしろいじゃん。
「……それ、褒めてる?」
「そうじゃないけど。学校の時と全然違うじゃん。学校にいる時ってもっとこうなんつーんだ? 静かっていうか、オタクっぽいっていうか、根暗っていうか、キモいっていうか」
あれ……なんだか酷い言われようだな……。
まあ、現状を考えれば、女子からそう思われている可能性は否めない。
「はは……。似たようなこと山瀬さんにも言われたよ……そこまで酷い言葉じゃななかったけど」
「ははは、だろうねぇ」
その時だった。
一通り打ち終わるとアイスティーを一気に飲み干した。
それを見て、そろそろお店から出るのだと僕は察した。
アイスコーヒーを一気に飲み切ってしまおうと、コップに口をつける。
だが
「あ、
「え? なんで? 僕も出るよ」
「まあまあ。いいじゃん。ゆっくりしていきなよ」
そう言って
そして僕の背後に視線を向ける。僕もつられて同じ方向を見た。
すると店の入り口から、一人の女の子が歩いてきたのが見えた。
一瞬何が起こっているのかわからず
入り口から入ってきた女の子は僕達の席にやってくる。
彼女は驚いた表情をしていた。
「えっ? なんで
視線の先にいる
状況が把握できていなのは僕だけではないようだった。
「
「あ、うん。それは、わかったけど……。え? これ、なに……どういうこと?」
「じゃ、
そして僕と山瀬さんに「にひひっ」と何かの意味を含んだ笑みを存分に向けた後、店を出て行った。
◇
「
それは僕が聞きたい。なぜ
ユウヤ君との約束が脳裏をよぎった。だがこんな不可抗力なこと、どうすればいいというのか。
「僕も、さっきそこのCDショップで
「そう、だったんだ……。そうか……そういうことかぁ!
言うや、憤慨しながら凄いスピードでスマホを操作し始めた。
たぶん
幾度かそのようなことを繰り返した後、
僕は心配になって声をかけた。
「や、山瀬さん……?」
「…………」
「大丈夫……?」
「……大丈夫」
「……それならいいけど……」
「…………もぉぉおおっ!!」
がばっと顔をあげた
すたすたと大股でレジに向かっていく。
そしてクリームがてんこもりに乗ったゴージャスな飲み物を片手に帰ってきた。
「す、すごいの頼んだね。パフェ……みたい」
「ストレス発散っ!」
「そ、そっか。ごめん……なさい……」
「なんで謝るし! 謝ったら罰ゲームって言ったじゃん!
「……あ、ああ……。そっちね……」
先端がスプーン形状になっているストローで、
そのうち、先ほどまでの
満足そうな表情を浮かべ、規則的に口と手を動かす山瀬さん。
おいしぃ~、ん~っ、あまぁ~い、などといちいち感想を述べている。
僕は残り少なくなったコーヒーにちびりと口をつけた。
氷が溶けてコーヒー風味の水になっていた。
……さて、この場をどうしたものかと窓の外に見えるお店を眺めながら考えていた。
そもそもこのショッピングモールにいるのは、
それに
はっきり言うと、少し気まずい気持ちがあった。
山瀬さんからのLAINに対して返事もせず、かつ僕から送ることもない。ほとんど無視と言える態度をしていたからだ。
しかもそれは確信的にそうしていた。
当然山瀬さんもそれに、気づいているだろう。
努めてそこには触れないよう、僕は話題を探した。
「……えっと……家はここから近いの?」
「二駅。だから近い、かな。よく来るよここ。さっきまで買い物してたし」
なるほど。だからこんなにも早くこの店に来れたのかと納得。
「じゃあ、案外ウチと近いんだね」
「うん、私もこないだ知ったよ」
山瀬さんはかすかな笑みを浮かべた。
LAINの件はあまり気にも留めていないのだろうか。と、少し胸をなでおろしたが、彼女はすぐに顔を濁らせた。
パフェのようなドリンクをぐりぐりとかき混ぜながら、
「……ねぇ。
「うん?」
「あのさ……
ついさっきも同じことを聞かれた。
やはりあの時のことは、クラスの女子の間でも話題になっているのだ。
「ケンカっていうかなんていうか……。うん。さっきも同じこと
「そう……。あの…………ごめんなさい……」
「え? なんで山瀬さんが謝るの……?」
「
申し訳なさそうに
「なんで……? そんなことはないと思うけど……」
「ううん。私が
とても言いずらそうに
きっと、ユウヤ君の嫉妬がエスカレートしたことで、僕がケンカをすることになり、結果としてパシリのような扱いをされている、そういうことを言いたいのだろう。
なるほど。故意的にLAINを無視していた事を何も言わないのは、僕を取り巻く状況を理解しているからなのか。
でも、
「それは違うと思うよ。山瀬さん」
僕ははっきりと言った。
「僕が調子に乗ったからだよ。
「調子に乗ってって……それは違うじゃん。私が
「でも僕は
「な……なにそれ……それはおかしいよ……」
「それって自分が悪いって思い込もうとしてない? だって誰が誰と遊ぼうと、そんなの勝手じゃん!! 他人がどうこう言うことじゃない! 違うかな!? 私、間違ってる!?」
「それはそうかもしれないけど……。それでも僕が
「それでいい……? えっ? ほんとにそれでいいって思ってるの!?」
その可愛らしい見た目や普段の学校での快活な振舞いからは想像できない、そんな剣幕で
でも、
「僕にはどうしようもできないんだよ……」
情けなくそう答えるしかなかった。ただし、山瀬さんの目を見て答えることはできなかった。
視線を逸らす僕のことを山瀬さんがじっと睨みつけるように見ていることはわかっていた。けれどもう痛い思いをするのも嫌だったし一人ぼっちになるのも嫌だった。
ほんの数秒の間、僕ら二人の間に緊迫した沈黙が流れた。
その緊張を破る様に、山瀬さんは言った。
「わかった。じゃ、いい」
抑揚のない、感情を察することのできない声だった。
山瀬さんは残ったクリームにストローをぶすりと刺した。
そして勢いよく席を立つ。
「帰ろっか。もうすぐご飯だし」
まだ飲みかけのドリンクをトレーに乗せると、彼女は僕のほうを見向きもせず足早に出口に向かっていく。途中流れるような動作でゴミ箱にそれを捨てた。
席に取り残された僕は後から着いていくような格好で席を立った。
山瀬さんはお店から少し離れたところで僕を待っていてくれた。けれどその姿は通路を行きかう人々の喧騒に、霞んで見えた。
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