第4話
カーテンの隙間から陽が差し込んでいる。
どんな突拍子もないことがあろうとも、いつものように夜は明け、何事もなく今日という日の朝が始まることを伝えてくる。
まぶしさから目をそらし、ベッドの中から部屋をぐるりと見渡した。
昨夜、突如として現れた自称女神――ミライがいた場所、ベッドの足元に視線を向けた。
もちろんそこに彼女の姿はない。
寝起きのぼやりとした頭で昨夜の出来事を思い出す。幻覚や幻聴だったのかも? とさえ思えてくるが、記憶に残った彼女の顔と声は鮮明だった。
確かに僕は、彼女とこの部屋で会話をした。
『私のこと! ミライって呼んで!』
ミライ。僕の未来を幸せにするために来たからミライだって? ふざけたネーミングだと思った。
でも安易すぎる名前にふっと笑いがこみ上げてもきた。
それを契機にベッドからごろりと転がり出る。学校に行く準備をしなければ。
ぼさぼさ頭のまま寝間着を脱いで、制服のズボンを履く。ハンガーから白シャツを取り出し、さっと腕を通す。
ボタンを締めながら思う。
毎日同じ格好、同じ道。
同じように歩み、同じ場所へ向かう。
なんでこんなことしてるんだ?
答えは、僕のすべきことだから。らしい。
でも本当は、そうじゃないってこともわかってる。
『皆が行くから』
これが本当のところだ。
高校や大学くらい出てないと後々困ると言われたから。他にやりたいことなんてないから。
だからなんとなく周囲に流されて、今の僕がいる。
本当は、学校に行きたいなんて思ったことはないし、勉強も楽しいと思ったことはない。
自分の意思とは無関係に繰り返される日常。だから、
『何のために学校行ってるの?』
なんてまじまじと聞かれてしまったら、僕は答えに困ってしまうだろう。
中学に入る少し前だ。小学校6年生の時にお母さんから言われて通い始めた学習塾だって、行きたかったわけじゃない。むしろ行きたくなんてなかった。
でもそんなこと言ったらお母さんが不機嫌になるし、怒られるのが嫌だったから言えなかった。
勉強がしたい。勉強が好き。そんな小学生いると思う?
少なくとも僕は勉強よりも断然ゲームのほうが好きだった。
特にお父さんと一緒にゲームをやるのが大好きだった。
『飯食ったら、今日もやるか!』
仕事から帰ってきたお父さんが笑顔でいう。
お母さんはそれを苦々しく見ていた。
『ゲームじゃなくて勉強させてよ。成績下がったらあなたのせいよ』
お母さんは僕がゲームをすることを快く思っていないからだ。
でも、お父さんは違った。二人で協力して難しいダンジョンを攻略している時に見せる、いつもと違うお父さんの必死な顔。
ボスを倒した時に一緒に手を打ってはしゃいでくれるお父さん。
上手くできなくてたまにイライラしたりもするけど、それも含めて、お父さんとのゲームの時間は楽しい思い出ばかりだった。
上手になってお父さんに褒められたい。一緒にゲームがしたい。もっと楽しみたい。
そんな僕をお父さんは認めてくれていた。
『なんだっていい。お前の好きな事をやればいい。でも自分の好きな事みつけたら、それに向かってちゃんと勉強しろよ。やる時はやる、それが男ってものだ』
お父さんはそう言って僕の胸をトンと叩いた。
それが男ってものなのかどうかはいまだにわからない。けれど、お父さんがそう言ってくれたとき、僕は好きなことのためなら勉強だってがんばるぞって思えた。
にまっと口を開けて笑うお父さん。
僕の髪をくしゃくしゃとかき回すお父さん。
暖かくて、強くて、優しくて。
僕はお父さんが大好きだった。
ずっとずっと一緒に遊んでいたかった。
でも、その想いが叶わなくなる日がやってくる。
お父さんは会社の人間関係で随分苦しんでいた。
僕に見せていた笑顔は、その苦悩を僕に悟らせないために作ってくれていたものだったと知った。
精神的に追い詰められた父は体を壊した。
胃が痛い、気持ち悪いと言っては通院し、薬を飲んでいたが、なかなか良くならず、精密検査をしたらポリープが多数。その後ポリープは癌へ変わった。
その結果、会社で受けていた精神的苦痛は無かったかのように扱われ、父の体調不良は癌のせいだということにされた。
僕はそれに納得できなかった。
元をただせば会社のせいだろと思い続けていた。
でもその憎しみは長くは続かなかった。
父は癌が見つかってから、間もなく亡くなってしまったからだ。
しかも死因は癌じゃない。交通事故だった。
会社から受け続けたストレスと、癌を患ったことで、お父さんの精神状態はガタガタだった。
散歩に行くといって出て行って、そのまま事故にあった。帰らぬ人となった。
僕が中学2年の時のことだ。
僕はその現実が受け入れらず、葬式もその後の生活もただ父が亡くなったという言葉だけを頭で理解し、心では受け入れていなかった。
心にぽっかりと大きな穴が空いた。
たまに涙が勝手に流れたけれども、寂しいとか辛いとか、そういう感情すらわいてこななかった。
自分が受け止めきれないほどのショックな出来事があると、記憶を失ったり、都合のよい記憶を作りあげたりするというのを聞いた事がある。
本当かどうかしらないが、窒息して死ぬほど苦しい時、脳の中で快楽物質が沢山出て一瞬気持ちよくなるらしい。
それと同じなのかもしれない。あまりに辛い悲しみを受けたことで、体が防御反応をしていたのだと思う。
事実を実感しないよう、僕の危険な精神状態に対して、体が勝手に対処してくれていたのだ。
父の死を心で理解し始めたのは、高校に入ってからだった。
誰にも言っていないが、父が死んだ原因は母にもあるんじゃないかと僕は思っていた。
父と母はあまり仲が良くなかったと思う。
仲が悪いわけではないのだが、性格が合わないのだろう、会話と言う会話をしているのをあまり見た記憶がない。
母も仕事をしていたが、家にいる時はスマホばかり見ており、父のように僕や妹と遊ぶことをしない人だった。
母は父の死を当然悲しんだが、どちらかと言えば経済的な事で悲しんでいたように記憶している。
やさしく感情豊かな父とは対照的に、母は冷たい現実主義者のように僕には見えていた。
父が亡くなって3年。
母にはいま、父ではない別の男の人がいるのを知っている。
僕もそれがわかる年になった。
一つ下の妹は、僕よりも早く、それに気づいていた。
◇
昨日のトイレの事もあって、ユウヤ君グループで過ごすことに抵抗があった。
お昼ご飯を一緒に食べた後は、いつも学校内にあるベンチで一緒に過ごすのだが、今日は少し調子が悪いと言って一人で教室に戻ると伝えた。
するとユウヤ君は、
「大丈夫か? 休んだ方がいいな」
と、心配そうに言った。
まるで昨日のことなどなかったかのように僕を見送った。
席に戻るとイヤホンを耳に刺した。スマホで楽曲を選ぶ。
あっという間に誰からも邪魔されない世界の出来上がり。しかも窓際の席の特権、空を見上げながらという贅沢。
空は晴れていた。小さな薄い雲がところどころにあるだけで、日差しがこれでもかと言うほど教室にふりそそいでいる。
吸い込まれそうなくらいに気持ちのいい空の色をボケっと見ながら、心地よい一人の時間を過ごしていた時だ。
「ねねっ」
斜め後ろから声がした。僕は少しびくりとして、あわてて振り向いた。
そこにいたのは
「あっ、ごめん。おどろかせちゃった?」
僕の体がびくりとしたことを気遣ってくれたのだろう。少し申し訳なさそうに僕の顔をのぞき込む彼女。
差し込む陽に照らされた横顔。
まっすぐにすっと垂れた髪が光で白く輝いて美しかった。
「いま、ちょっといい?」
「……あ、うん……なに?」
昨夜のミライの言葉が頭をよぎる。
『山瀬さん。なんならしげちゃんのこと好きかも? ってくらいだから』
そんなことあるわけないだろ、と思いつつイヤホンを外したものの、視線を合わせるのが恥ずかしくて、僕は教室の隅っこに無駄に視線を送る。
「ね、クラス替えで自己紹介した時さ、音楽鑑賞が趣味って言ってなかった?」
確かに言った記憶はある。
僕の趣味はゲームと音楽鑑賞。
ゲームが趣味と言うのが何となく嫌で自己紹介では音楽鑑賞とだけ言ったのを思い出した。
実際、お父さんの影響で僕は高校生らしからぬ趣味をもっていた。
そう、僕はオーディオで音楽を聴くのが好きだ。
「そ、そうだったね、言ったと思う」
「やっぱり! 言ってたよね! ……へへへ……あのさぁ……」
「う、うん?」
もじもじとしながら山瀬さんは可愛らしくはにかむ。
「前からコンポ欲しくて探してるんだけど、何がいいとか分かる? 女子に聞いても全然そういうの知らないんだよね」
すこし恥ずかしそうに顔を赤らめる山瀬さん。
なるほど……そういうことか。たしかに機械が苦手な女子は多そうだ。
それにしても僕なんかの言ったことを覚えているなんてすごい記憶力だ。
もしかして皆の言ったことも覚えているのだろうか。
……僕は誰一人とした言ったこと覚えてないけれど。
「コンポって、たぶん
「そうなの? 私が言ってるのはミニコンポのこと?」
「わからないけど……たぶんそうなのかなぁって……。スピーカーとアンプがセットになってる小型のやつのことだよね?」
「えー、小型なのかなぁ。よくわかんない……」
「たぶん、そうじゃないかな。だったら、普通に聞くだけなら何でも大丈夫だと思うよ」
「ぇー……なんかつめたいなぁ……。だからぁ……その何でもがわからないから聞いてるんだって」
ぷぅと頬を膨らましご立腹を表す
もともとが整った顔立ちの彼女だ。ちょっとすねた顔もそれはそれで可愛いらしい。
僕は慌てて取り繕う。
「ご、ごめん……! そんなつもりはなかったんだけど。えっと、ミニコンポなら安ければ3万くらいからあるだろうし、どこのメーカーでも結構いい音で鳴ると思うよってことを言いたかっただけなんだ」
「例えば? もっと具体的にどれがいいとか! 教えて!」
「え、えーっと、うーん、そうだなぁ……」
勢いのある
指をシャシャッっと動かし検索をかける。それを見た
「え、すごっ!」
「ん?」
「スマホ操作、早すぎじゃない? ……画面見ていないじゃん!」
「あ、ああ……そう? まあ、これくらいは別に普通……」
奇異なものでも見るかのように、僕のスマホ操作にくぎ付けになっている……なんだか恥ずかしくなってくる。
確かに自分でもスマホ操作は早いほうだとは思うことがある。
けれど、それはスマホをいじる位しかやることがない時間が多かった結果としてそうなってしまった、という負の要素が原因なので、決して自慢できるものじゃない。
何となく気まずさを抱えながら、とりあえずデンノンというメーカーのコンポを画面に映しだした。
スマホを
「あっ! これ! 見たことある!」
「たぶん今一番売れているヤツだからね。低音の音作りが定評のメーカーだね。臨場感ある音がでると思うよ」
彼女の顔が一気に僕に近づいた。
僕は咄嗟に身を引いたが、逃げ腰の僕を包みこむように彼女からはなんとも良い匂いが漂ってくる。
柑橘系のさわやかな香り、ほんのりとした甘さも感じる。
視覚と嗅覚から幾重にも魅力が襲いかかってくる。
まともに彼女をみることができない……。
近い距離のまま少し意地悪そうな眼つきをする。
「ね、他にも何かオススメないの?」
息がかかりそうなほどの距離で囁かれる。
少し動いたら彼女頬と僕の頬が触れてしまいそうだ。
その距離にどぎまぎしながら僕は答えた。
「……えっ……ほ、他……?」
「うん。他にもいいのないかなぁって」
「え、えっと。あるけど……」
「ほらぁ。やっぱり、あるんじゃん」
「……ん~、じゃあ……これは?」
僕が
その間も彼女は、吐息を感じる距離で僕の隣にいる。
変な汗が次から次へと噴き出してくるのを感じながら、僕はスペック表の数値が意味することなどを説明していった。
だとしたら僕だって、その気持ちに本気で応えたくもなるというものだった。
「こういうセット物もいいんだけど、アジア系の製品でも結構いいのあったりするんだ。Bluetoothで接続できるのもあるし。予算に応じて色々選択肢が増えると思うよ」
「海外製かぁ……」
「うん、今はすごく勢いがあるからね。信頼できるメーカーなら悪くないと思うよ」
「ふむぅ」
顎に指を当てて考える山瀬さん。肩下まである艶やかな髪がさらりと流れた。
「色々選択肢があるんだね。じゃあ、もうちょっと考えてみる。ありがとっ」
そう言った
その瞬間、僕と
目と目で語るわけじゃないけど二人だけの秘密みたいな感じがして、どぎまぎしながら僕は「うん」と小さく頷いた。
その時だった。
「あれぇ?
ユウヤ君だった。
他にもぞろぞろと教室に入ってくる生徒が見えた。教室外で休憩していた彼のグループが帰ってきたのだ。
「あ、うん。今ね、いい音で聞けるコンポ知らないかなって
「へぇ、なんで
「クラス替えの自己紹介の時、趣味は音楽鑑賞って言ってたの覚えてたんだ、えへへ」
「
「えー、
「
ユウヤ君はぎこちない苦笑を
「俺はサッカーと映画鑑賞って言ったんだよ、覚えてない?」
「あ、あぁ……! そうだったかも」
「父さんが映画観賞用の部屋作ってて、そこで観ると臨場感がハンパないんだ。映画の世界にいるみたいな感覚になる。そういうの見たり聞いたりしてるから俺も結構わかると思うぜ」
「
「
「高級かぁ。そんなのは買えないけど……」
「
いままでまったく僕の事を見ていなかったユウヤ君だったが、突然僕を見下すような視線を向けた。
「僕のは……お小遣い貯めて買ったやつだから大したことないよ、たぶん全部で10万ちょっとくらいかなぁ」
「それじゃ本当に良い音質とかわかんないだろな! 父さんのは確か、50万とか言ってた気がする」
「ええぇ!!? 50万!?」
「そう、50万。それアンプの値段ね。スピーカーもそれくらいしてるんじゃないかな。全部で100万くらいはかかってそう」
「ふぃ~、とんでもない値段だよ……だめだ……頭がくらくらしてきた……」
「あはは! そんなのはさすがに買えないだろうけど、機器を選ぶのなら俺に相談して。力になれると思う」
「う、うん……ありがと……」
たしかにオーディオやAV機器の世界は上をみたらきりがない。高いものなら1000万とかいう機材すらある世界だ。
でも、身の丈にあったもので楽しむ、これがオーディオの基本だと僕は思う。
「
「うん?」
「オーディオって上をみたらきりがないから、視聴して自分が手を出せる範囲で選ぶのが一番だと思うよ」
「は? 俺じゃ力になれないっていってんのか?」
ユウヤ君が話に突如割って入った。その語調には鋭さがある。
「そ、そうじゃないよ。自分の耳で聞かないとわからないってことを言いたかったけで……」
「ふーん……」
「そうだねえ……さっき
「おう! 任せとけ!」
ユウヤ君は自信満々のさわやかな顔で胸を軽く叩いた。
「
と言って明るい笑顔を見せた。
「また教えてね!」
最後にそう付け加えた山瀬さんは席に戻っていった。
◇
下校時間。校門を出たところだった。
「
背後から僕を呼ぶ声が聞こえた。ヒサシ君の声だった。
ユウヤ君とヒサシ君は授業の終わりを告げるチャイムと共にすぐに教室から出て行ったのは知っていた。
不思議に思いつつ、振り向いた。
「あれ? ヒサシ君?」
「こっち、ちょっと来てくれよ」
と言ったヒサシ君は有無を言わさない様子ですたすたと歩いていく。
しかたなくその背を追うように着いていく。
校舎の裏手側に回わり、自転車置き場についた。そこから階段を降りていくと校庭に続くタイル張りの道があり、その脇には用具倉庫がある。
ヒサシ君が下り階段に足を掛けた時、僕は聞いた。
「校庭いくの?」
「いや。ほらすぐそこだ」
ヒサシ君が指さしたところは用具倉庫の裏手だった。木々が高々と茂り、人目につきにくい場所だ。
だが、倉庫裏手に人影が見えた。
それは見間違うことなど絶対にない。ユウヤ君の姿だった。
昨日のトイレでの事が思い出された。
背筋にぞくりと寒気が走り、一瞬で体がこわばった。
「な、なに……これ……?」
「ユウヤ君がお前に話あるってよ。昨日の今日とか、マジでありえないって。巻き添えはごめんだぜ」
「僕、何もしてないんだけど……」
「俺だってしらねぇよ! 本人から直接聞けよ」
ヒサシ君は迷惑そうに小声で怒鳴った。
ここから見てもユウヤ君が僕をしっかりと睨みつけているのがわかった。
…行きたくない、あそこに行きたくない。行けばどうなるかなんて想像がつく
けれども、今更逃げるなんてできるわけない……。
ヒサシ君は僕の背を押した。先に行けということだ。
彼を後にして階段を下りて行く。
茂みをかき分け用具倉庫の裏に入るしかなかった。
「な、なに、ユウヤ君……こんなところで」
「…………」
じっと僕を見るユウヤ君は何もしゃべらない。
ただただ僕の目を睨みつけていた。
それは昨日のトイレの時と同じ眼だった。
「も、もしかして
恐怖で声がうまくでなかったが、それでも必死に伝える。
だがユウヤ君は信じられないことを言った。
「じゃあ、答えんなよ」
「……へ?」
「答えるから
「む、無視って、それじゃ僕凄い嫌な奴じゃ……」
言い終わる前だった。
彼の右手が素早く動いた。
「ぐっ!」
ユウヤ君の拳が僕の腹に思い切り突き刺さった。
さらにもう一度僕の腹にこぶしを叩きつけてきた。
強烈な痛みが連続で襲ってきたことで、2回目の時は苦痛で声すら出ない。
腹がぎゅうと締め付けられ胃からすっぱいものがこみ上げてくる。口からは胃液だか唾液だかわからないが、だらだら垂れた。
立ってなどいられない。膝から崩れ落ちた。
地面に手をついて腹を押さえる僕を、昨日と同じように彼は足裏で蹴飛ばしてきた。
その勢いで湿った地面にごろんごろんと転げまわる。
ユウヤ君は、地面に転がる僕に近寄ってくる。
さらに蹴り続けた。
「テメェごときが! はぁっ!
ガッガッガッ!
胴体、腕、脚。いたるところに蹴りが突き刺さった。
どこを痛がったらいいのかすら自分でわからないほどに蹴られ続ける。
そんな中で僕の頭ははむしろ冷静になっていた。
俺の女ってなんだ……? 何を言っているんだ……?
二人が仲良いなんて話は、聞いた事も見た事もないじゃないか。
体を丸めて身を守りながらも、ちらりと彼を覗き見る。
目が真っ赤に血走っていた。
「カスがっ! 底辺がっ!!」
口汚く僕を罵り続けるユウヤ君は、蹴りだけでは飽き足らず、転がる僕を上から殴ってきた。
暴行は数分程度だったとは思う。
それでも僕を痛めつけるには十分だったが。
一通りの暴力が済むと満足したのか、荒くなった息を整え始める。
「はぁはぁ……ほんとよぉ……お前ムカつくんだよ。
「べ、べつに……調子なんて……ゲホゲホッ! 僕は聞かれたから答えただけだよ……ゲホッ!」
喋ったことで、腹を殴られた時の体液が喉に入ったらしく、思い切りむせこんだ。
「だまれよっ!!」
叫ぶように怒鳴ると容赦なくまた蹴飛ばした。
「
「…………」
僕は答えることができなかった。
いまのユウヤ君に、何を言っても聞かないだろうことがわかったからだ。
僕が
こんなことで僕は暴力を振るわれている。
いくらなんでも嫉妬のレベルを超えていると思えた。
その猟奇的な精神状態に対して、心から恐怖を感じざるを得なかった。
しかし、
「ユウヤ君。それくらいにしといたほうがいいって」
その時、ヒサシ君の声が聞こえた。
「ああっ!? なんだ! ヒサシ!」
「あ、えっと、ほら、傷残るとやばくない? ユウヤ君の将来に響くかもしれないじゃん」
ヒサシ君の言葉にユウヤ君は少し冷静になったのかもしれない。
先ほどまでの異常な雰囲気が少し和らいだように感じた。
「……ふん、そうだな。こんなやつの為に」
と言ったユウヤ君は僕をさげすむような眼で見下ろしていた。
そして転がる僕を思い切り踏みつける。
痛みと共に彼の靴底にあった泥が服にべっとりと着いた。
「……次、余計なことしやがったらこんなもんじゃ済まさないから。覚えとけ」
ユウヤ君は吐き捨てるような口調で言うと、
「誰にも言うんじゃねぇぞ」
と言い残し用具倉庫の茂みから出て行った。
ユウヤ君の後に続いて茂みから出るヒサシ君は、最後まで僕を見ていた。
その眼はどちらかと言えば、迷惑そうな眼をしていた。
けれども茂みから出ていく間際だ。小さく手を動かした。
手のひらを垂直にして僕に向ける。
それは「悪りぃ」とでも合図をするかのような手付きだった。
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