第3話
「め、女神……君が……?」
「うん、女神、です」
「どう見てもそれ、学校の制服だよね? 女神ってそういう服着るもんなの……?」
チェック柄のスカート指さすと、今気づいたかのように「あっ!」っと小声で叫んだ。
自身の服装をきょろきょろと気まずそうに見ている。
「……え、えっと……女神も色々着るし! おしゃれ好きだし! 勝手なイメージで決めつけないで欲しいんだけどっ!」
いや、言い訳が雑。しかも顔、真っ赤じゃないですか……。
カッターの刃はすり抜けるし、体の表面には細かな光の粒子みたいなものが舞っているし、少しだけ宙にも浮いている。
それらは確かに不思議ではある……。
不思議ではあるのだが、初対面でいきなり女神ですって自己紹介されたところで信じられるわけないし、どこからどう見ても学校の制服らしきものを着ている。
見た目も同年代の女子にしかみえない。
正直……女神ってただの思いつきだろ……。
それに、必死になって言い訳しているし。
なんだか少し可哀そうになってきた。
「じゃ、じゃあ……仮に、仮にだよ? 君が女神だとして、一体僕に何の用……?」
「い、いい質問ねっ! そうこなくっちゃ!」
ピンと人差し指を立てて嬉しそう。
話が変わったことで安心していやがるな。
……自称女神さん大丈夫か……?
「女神だもの。当然、しげちゃんの未来を幸せにするために来たのだぁー!」
立てた人指で僕を差す。
しかもウィンクで、びしっと決め顔作ってやがる。
「……う、胡散くさっ……」
「なんでよ! どこが!?」
「どこって、全部……。ねえ、もしかしてこれ。怪しい勧誘だったりする……?」
「失礼過ぎ! そんなんじゃない!」
口を尖がらせ、非常に不服そうだ。
だが何かを閃いたらしい。ころっとその表情を変えた。
「仕方ない。信じてないみたいだから、そろそろ女神っぽい事言っちゃおっかなぁ」
「ふふふ」不敵な笑みを浮かべて言った。
「今日、
「へっ!?」
「ほら、当たってるでしょ」
これには背筋がゾクリとした。……なぜユウヤ君を知っている。
今日ユウヤ君に首を絞められたり、蹴られたりしたのは事実。
しかもそれはたった数時間前のこと。
僕は当然誰にもしゃべっていない。
まさかヒサシ君? いやいや、それはありえない。
ヒサシ君はユウヤ君に絶対服従。
ユウヤ君の立場が悪くなるようなことを、他人に言うはずがない。
それにヒサシ君はトイレの外にいただけだ。トイレ内で何があったかは知らないはず。
自称女神。こいついったい何者……。
どうしてそのことを知っている?
「なんで知ってる……それにべ、別にいじめられたわけじゃない……はず……」
「ふーん。じゃあ……服脱いで」
「……えっ?」
「体。み・せ・て」
「やだよ。なんでいきなり服脱がなきゃいけないんだよ!」
「何言ってんの! 私だって別に見たくない!」
「じゃあ、見せろなんて言うな!」
「いじめ受けた証拠あるでしょ! それ見せろっていってんの! しげちゃんの体に興味あるわけないでしょ! バカ!」
女神、案外……口悪いな。
それに女神だろうがなんだろうが女の子を前に服を脱ぐのはさすがに抵抗があった。
だからすこしだけシャツをはだけさせ、蹴られた場所をみせる。
「うわ! ほら、痣になってるじゃん!」
「……ま、まあ……」
「それ大野にやられたんでしょ?」
「そう、だけど……」
「言っとくけど、これからもそういうの続くよ?」
「あの……なんでユウヤ君の事や今日のこと知ってるの? すごい不思議なんだけど……」
「だからぁ。私、女神なのっ。なんでも知ってるから!」
「じゃあ、僕がお昼ご飯何食べたか言ってみて」
校内の購買コーナーでフィッシュサンドを買って食べた。
安いわりにタルタルソースが絶品でうまいのだ。
何でも知っているというなら答えられるはずだ。
さあ答えてもらおうか。
だが案の定だ。
自称女神は落ち着きなく目をきょろきょろと泳がせた。
軽く握った手をおもむろに口に近づける。
「んん……ごほんっ!」
咳払い?
「しげちゃん! 幸せな未来の為にやるべきこと言うから! ちゃんと聞いて!」
「……えっ!? ええ!!?」
逸らした!! こいつ話を逸らしたぞ!?
余裕を見せるためなのか、口笛でも吹きそうなくらいに口をとがらせ、すまし顔を作ってやがる。
「いや、あの、僕のお昼ごはん……」
「う、うるさいなぁ! しげちゃんのお昼ごはん? そんなのどうでもよくない!? 女神をなんだと思ってるの!?」
声を張ってかなり強引に話を進めようとしている。
やっぱり何でも知ってるってのは嘘のようだ。が、この流れでなんとしても押し通したいらしい。
ふんふんと鼻を鳴らし、憤りも露わに睨みつけてくる。
「……なんだよそれ。釈然としないんだけど……」
「女神の言葉よ? わかってる? 心して聞きなさい。いい!? 準備できた!?」
腕を組んで偉そうな命令口調。
どこからどう見ても小生意気な女子高生のようにしかみえない。
女神ってもっとこう清楚で純潔なイメージだったんだけどなぁ。
「……わかった、わかったよ。全然納得してないけど……」
「うむ。よろしい。では、しげちゃんが幸せになる為にしないといけないこと」
「うん」
「
「
「もちろん!」
そして自称女神は一つ呼吸を置く。
とんでもないことを言った。
「その人とお付き合いしなさい」
「はあっ~~~~~!!?」
驚きのあまり目ん玉が飛び出そうになるとはまさにこのことか。
「恋人にするってことよ。わかるよね?」
こいつ……馬鹿なんじゃないだろうか。
たしかに少し派手な見た目の彼女は、好みの分かれる所ではある。
それでも男子からの人気が超絶高いことは間違いない。
そんな子と陰キャの僕が付き合う?
この世界が何編繰り返されたとしたって、有り得そうには思えない。
「そしたらしげちゃん幸せになれるから、がんばろっ! ね!」
勝手なことをさらりと言いやがる自称女神さん。
そりゃあ、あんな可愛い子と付き合えたら大抵の男は幸せだろうよ。
何を当たり前のことを言っているのか。
「えーっと、それ……実現不可能。無理すぎ……」
「何よ、無理って」
「
「だって女神ワールドの情報によると、しげちゃん、
「……っ!!」
女神ワールドってなんだよ!? とつっこむことすらできずに、顔から火が出るほど恥ずかしい。
実は
「それに安心して。私の勘ではねぇ……
「勘……? なにそのまったく当てにならない情報。そりゃ、大して話したこともないから嫌いにもならないだろうねぇ……」
「かぁーっ! ネガティブだねぇ!」
そりゃネガティブにもなるだろ。
もし僕がユウヤ君のように学校内でも有名なハイスペックイケメン。かつリーダーシップ的なポジションの優等生なら
だが僕はそれとは真逆といってもいいような陰キャ気質のインドア派。
だから誰にも言ったことがないんだよ!
「あの、ごめん。幸せへのアドバイスだかなんだかわからないけど、もういいや……」
「へ? もういいって?」
「だから、幸せの押し売りみたいなことやめて、とっとと部屋から出て行って欲しいんだけど……」
「えっ! ひど! そんなこと言う!?」
いや、言いますよ。
そんなの上空1000mに一億円置いてあるから、ジャンプして届くなら貰っていいよって言われているようなものです。どう考えても無理でしょ。
しかし自称女神はどうにも不納得な様子で僕を見る。
「……ったく。ほんとに……こういう感じなのかぁ」
ぼやくような口調でつぶやいた。
「こういう感じ……?」
「いいの、いいの。こっちのことよ。それよりさ、さっきの訂正するよ」
「さっき?」
「うん。
「うん。なんの役にも立たなそうな、勘ってやつね?」
「失礼ね……。それ実は女神ワールドの情報なの。だから確かな情報だよ」
「あ、あの……。そもそもなんだけど女神ワールドってなに……?」
「女神の住んでる世界よ。当たり前のこと聞かないで。そんなことよりも、
世間話でもするかのようにあっけらかんととんでもないことを言う。
あまりに現実的じゃない話にやる気どころか呆然としてしまった。
確かな情報と言われたって、信じられるわけがない。
女神ワールドの説明もないし。
大きくため息が漏れた。
「あのさ……それがほんとなら確かに嬉しいんだけど、なんでユウヤ君や
「信じる者は救わるっていうじゃない?」
「やっぱり変な宗教の勧誘……? ちょっと僕そういうのは……」
「もう! 違うって! さっきから女神って言ってんじゃん! まだそこ引っかかってる感じ?」
「あのさ、突然現れた女の子に『女神です!』って言われて、信じるヤツいると思う? それに僕、神様信じてないし」
「ええっ! 目の前にいるのに!? こんなに可愛い女神様がここにいるのに!?」
「自分で言うかそれ……」
「別にいいじゃん!」
「なんだよそれ……。いや、もし神様がいるってなら、なんでこんなに人間って不公平なんだよ。おかしいじゃん」
自称女神、ここにきて僕の言葉にはっとさせられたのか、明らかに困惑した表情を見せた。
僕としては、学校の制服みたいなのを着て恥ずかしげもなく女神とか自分のこと可愛いって言える君の度胸のほうがよほど気になるのだけれど。
「……そ、それは……そうかもしれないけど……」
「ユウヤ君みたいにイケメンで才能に恵まれている人もいれば、僕みたいに冴えない陰キャもいる。神様はどうしてこんなにも差を付けたんだって話になるじゃん」
「う~ん、そ、そうだねぇ……いいとこつくねぇ。女神これにはちょっと困ったよ」
女神は軽く腕を組んで考え込んだ。
本当に神様がいるなら、みんな平等に作るべきじゃないか。
そうしたらわざわざ天国とか地獄とか作る必要ないし、差別もなくなる。
「確かにそうだけど。でもねぇ………」
「なに?」
「えっと……ね。確かに神様は不公平。私もそう思う時はある。だけど……私が思うにしげちゃんは恵まれている方だと思うよ」
「僕が恵まれているだって?」
「うん」
自称女神は力強くうなずいた。
「ははっ、冗談。ユウヤ君が恵まれているっていうならともかく、僕は友達も少ないし、ゲームと音楽鑑賞が趣味のインドア派。頭だってよくないし、スポーツも普通。彼女だっていままでいたこともない。それが恵まれているだって!?」
「それでもしげちゃんは幸せな人だと思うよ。だってほら、私がいまここにいるじゃない」
まっすぐな視線を向ける。
先ほどまでとは違いその奥に真剣な光が灯っていた。
「だから、素敵な未来を作っていこうよ。しげちゃんの未来はしげちゃんにしか変えることができないんだから」
「そりゃそうだろうけど……」
もし突如現れたこの自称女神の言葉を信じるのなら、今日のような事……ユウヤ君からの暴力は続く。
そして僕が幸せな未来を掴むためには、
……言っていることはわかった。
でも、僕は素直に頷くことはできなかった。
それは女神を自称するこの女の胡散くささだけが理由じゃない。
今日ユウヤ君に暴力を振るわれたのは確かだ。
とても怖かったし、とても悔しい思いをした。
けれども、普段は良い人なんだ。
ぼっちだった僕をグループの仲間に入れてくれてもいるのだ。
いままで仲間として扱ってくれている。
だから、
「まあ、もし必要になったら、頑張ってみようかな……」
何となく濁して答えた。
しかし自称女神はひどく憤慨した様子で言った。
「いやいや! 何、悠長なこと言ってるのよ!」
食って掛かる勢いで迫り来ようとした。
そのときだった。
ピピッ。
どこからともなく小さな音が聞こえた気がした。
それは脳に直接響くような奇妙な音だった。
そして自称女神はその奇妙な音と同時に、淡く発光しだした。
「あっ!」
彼女は突如として辺りをぐるぐると見まわす。
それは僕の部屋を見ているというよりも、どこか別の場所を見ているような感じだった。
「……しげちゃん。私帰らなきゃ」
「え? 帰る? ってどこに?」
「時間みたいだからね」
僕の問いには答えてはくれなかった。
そのかわり、
「今日言ったこと、忘れないでね!」
はっきりとした口調で僕に釘を刺した。
「……わ、わかった……一応、覚えとく……たぶん……」
「もう! 何その返事! 頼りないなぁ!」
「そう言われてもなぁ……」
「……ったく。じゃ、また来るから!」
「えっ? ちょ、ちょっと待って!」
「うん?」
「君。また来るの……?」
「うん」
当たり前のように頷く自称女神。
「そ、そっか……来るんだ……」
「なんで嫌そうなのよっ! 嬉しいでしょ!?」
「う、うむ……」
嬉しいの強制に、僕も頷くしかない。
「それならさ……名前は? それとも君の事は女神様って呼ぶの?」
「あー……女神でもいいけどねぇ……そっか、たしかにねぇ。うーん……」
女神ってやっぱり名前とかないのだろうか。
女神ワールドではみんな「女神」って呼びあっているのかしら。
彼女はほんの少しの間考えていたが、可愛らしい顔に笑みを浮かべて言った。
「ミライ!!」
「へっ? 未来?」
「私のこと! ミライって呼んで!」
「あっ、名前ね……?」
「うん、しげちゃんの未来を幸せにする『ミライ』。どう? いいでしょ!?」
「なんかややこしいな……。じゃ、じゃあミライは次、いつくる予定? 突然とか絶対やめてほしいんだけど」
「それはわからないなぁ。時間ある時、かな?」
「女神にも時間ってあるんだ……」
「あたりまえじゃん! 女神、時間にがんじがらめだよ! あ、そろそろ限界かも……じゃ、またね!」
明るい笑顔をみせたまま、ミライは部屋の空気に溶け込むようにすうっと消えていった。
今しがたまで騒がしかった部屋が一気に静まり返る。
彼女がいた場所に手を伸ばした。
特にこれといった感触はない。
「……なんだったんだ……」
その感触のなさに現実に引き戻されると、一気に気が抜けた。
それと同時に、ユウヤ君に痛めつけられた脇腹がズキリと痛んだ。
けれども、どこかほっとしたような気持ちも湧き出していた。
ヒサシ君以外にも、裕也くんから暴行を受けたことを知っている人がいる。
その事に少し安心したのかもしれない。
――もっとも。人かどうかはわからないけど。
自称女神のミライ……。
何者なのかはわからないし、言っていることもいまいち信用できない。
けれども悪いヤツでは……なさそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。