咲は、少女を負ぶって走る。


(泣くな、泣くな! 戦え、戦え!!)


 泣いているヒマなどない。

 一刻も早く屋敷から出て、神戸鎮台ちんだいに応援を呼びに行かねばならないのだ。


(――見えた! 出口!)


「ん……ぅ……」


 そのとき、咲の背中で少女が身じろぎした。


「良かった、気が付いたのか!? 起きたてでつらいだろうが、自分で立ってくれ」


 咲が少女を下ろす。

 少女の肩からテーブルクロスが落ちる。

 現れた裸身には、無数の火傷の痕があった。





   ❖   ❖   ❖





「はぁッ、はぁッ……」


 千晶は己の血と返り血にまみれながら、さらなる隠し扉の先を進む。


「ゲホゲホッ……クソッたれの神様め。今日も生き残ったぞ」


 細く薄暗い石壁の通路の果てにあったのは、


「……うっ」


『拷問部屋』と称するにふさわしい、拷問器具の数々が置かれている部屋があった。

 四人の女性――行方不明になっていた女性悪魔祓師ヱクソシストが、いた。

 いずれもベッドや椅子に縛り付けられ、手指などは見るも無残なことになっているが……


(【オン・アラハシャノウ――文殊慧眼もんじゅけいがん】。良かった、全員生きてる!)


 生きてさえいれば、治癒の術式で癒すことができる。

 とはいえ心の傷までは癒せないので、現場復帰できるかどうかは彼女たち次第だが……


「う……あ……」


 椅子に縛り付けられている年若い娘が、顔を上げた。

 目が合う。


「ひ……ひぎぃぃいいいいいやぁああああああッ!!」


「落ち着いて! 落ち着いてください! 救援です!」


「救援……?」


 娘の目が、じょじょに焦点を結び始める。


「た、助かったの、私たち……?」


「ええ、ええ! 大丈夫です。よく頑張りました。悪鬼オーガたちは一掃しましたから」


「あの女は……?」


「女? 全部祓っちゃいましたし、メスの悪鬼オーガがいたかどうかはちょっと」


「ち、違うの! あの女、あの悪魔の女が――」


「…………え?」





   ❖   ❖   ❖





 少女の全身に刻まれた、火傷の痕。

 真新しいその傷が、ジュクジュクと泡を立てている。


「そ、それは……」


 咲は後退あとずさる。


「聖水による火傷――ッ!!」


 少女の手が、咲の胸の中に潜り込んだ。


「ごふッ――」


 ずるり、と咲の心臓が引きずり出される。


嗚呼ああ……嗚呼ぁ……ち…あき……逃げ…………」


 そこから先の記憶はない。

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