「ひゃんっ!?」


 いきなり尻尾をつかまれたさきが、悲鳴を上げた。


「コラ、莫迦ばか千晶――」


 だが今は、咲の抗議を聞いているような場合ではない。

 少女が、今まさに悪鬼オーガたちに喰い殺されんとしているのだ。


「【海隠しのヴァルナ・十二天の一・龍の化身たる水天すいてんよ】」


 だから千晶は、奥の手を使った。

 千晶の目の前に、水天を描いた曼陀羅まんだら幻影イメージが立ち現われる。


「【神の言葉を伝えし者・大天使聖ガブリヱルよ・清き水で穢れを祓い給え】」


 続いて、生命樹セフィロト現像イメージが浮かび上がる。

 二つの現像イメージが動き、曼陀羅まんだらの水天と、第九のセフィラ――大天使ガブリヱルを表す『基礎イェソド』が、銃口の前で合一する。

 日本の地脈からヱ―テルを吸い上げ、それを対西洋妖魔用の攻撃術式に変換する第七旅団の奥義『生命樹セフィロト曼陀羅まんだら』である。


「【AMEN】ッ!!」


 千晶は撃った――悪鬼オーガたちの食卓の、天井に向かって。

 青く輝く弾丸が天井に当たり、


『ぱんっ』


 という音とともに


 強力な聖水――悪魔デビルにとっては猛毒――が、悪鬼オーガたちに降り注ぐ!


「グギャァアアアッ!?」

「ガゴァァアアアア!!」


 聖水が悪鬼オーガたちの皮膚を焼き、蒸気を立ち上らせる。

 無論、聖水は少女にも降り注ぐことになるが、人間には害はない。


 悪鬼オーガたちが悶え苦しむのを横目に、千晶は素早くテーブルに駆け寄り、テーブルクロスで少女をくるむ。

 少女が無傷か確かめたかったが、


悪魔祓師ヱクソシストメェェエエエエッ!!」


 浴びる量が少なかった一体が、殴りかかってきた!


「くぅッ!」


 千晶は悪鬼オーガの巨大な拳を左腕で受ける。

 千晶の細い体が吹き飛ばされる――が、


「千晶ッ!?」


 吹き飛ばされたその先は、部屋の入口――つまり咲が立っている場所である。


「この人を頼みます!」


「千晶は!?」


「ここでこいつらを食い止めます。――全部、もらいますよ?」


「分かった」


 千晶の左手が咲の尻尾に触れる。

 七本あった咲の尻尾が、すべて千晶の体内に吸収される。


 泣き出しそうな顔を見せながらも、咲が少女を負ぶって部屋を出ていく。


「だいぶ成長しましたね。嬉しいことです。――さて」


「ウガァアアアアッ!!」


 復帰の早かった悪鬼オーガの、大地を揺るがすような猛烈な突進!

 千晶は飛び退きながら、


「出し惜しみはなしで行きましょうかね!」


 弾薬盒だんやくごうから、『能天使弾パワーズバレット』と刻印された弾倉を取り出し、南部式に装填する。


 天使弾ヱンジェルバレット大天使弾アークヱンジェルバレットと、それを上回る威力を誇る権天使弾プリンシパリティバレット

 その三種が属する『下級三歌スピリットクラス』のさらに上。

中級三歌サンクラス』に属する能天使弾パワーズバレット


「【AMEN】ッ!!」


 悪鬼オーガの頭部が吹き飛ぶ。

 だが、残りの三体が態勢を立て直しつつある。

 さらには――


「新シイエサダ!」

「殺セ殺セ殺セェエエッ!!」


 部屋の奥から、続々と増援が。


「ふぅ~……」


 千晶は、術式詠唱のとき以外では神に祈らない。

 術式の触媒としての神は信用していても、神を信仰していない。

 神が実在していて、それが善なる存在ならば、絶対に実在を許さないであろう陰惨な現場を何度も見てきたからだ。

 いや、そんな職業経験をも笑い飛ばせるような壮絶な過去を背負っているからだ。


「私の――俺の戦いぶり、しっかり見ててれよ、莫迦ばか姉貴」


 代わりに、死んだ姉に祈った。

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