「――死ね」


 身長三メートルの大男に変じた武器商ナニカが、千晶に向けて巨大な拳を振り下ろす。


「【斯く在り給ふA M E N】ッ!」


 その拳が、消し飛んだ。

 千晶ちあきが放った『大天使弾アークヱンジェルバレット』によって!


「な――ッ!?」


 今や正体を現した筋骨隆々の悪鬼オーガが、驚愕の表情を浮かべる。


「キサマ、ヱ―テルはもうないと――」


「【AMEN】ッ!」


 さらに、悪鬼オーガの片足が吹き飛ぶ。


「ええ、スッカラカンでしたよ」


 千晶は南部式の硝煙を『ふぅっ』と吹き散らしながら、笑う。


「体内の、ヱ―テルはね」


「キ、キサマ、謀ッタナァァアアアアッ!?」


「こちらのセリフなんですがねぇ」


 さらにもう片方の足を撃つ千晶。


大天使弾アークヱンジェルバレットは強いのですが、燃費が悪いのが悩みの種ですねぇ。咲、もらいますよ」


「ひゃんっ!? コラ千晶、いきなり尻尾をつかむな!」


 さきの抗議の声。

 咲の麦わら帽子が脱げて、中から銀色に輝く髪が出てくる。

 さらに、髪の間からはキツネのような耳。

 そして尻からは八本の光り輝く尻尾が生えており、そのうち一本を千晶が左手でぎゅっと握っている。


 その一本が、千晶の腕の中に吸い込まれていく。

 と同時、千晶が握る南部式が直視できないほどの光を帯びはじめる。

 千晶が悪鬼オーガの頭部に銃口を突き付け、


「【AMEN】ッ!」





   ❖   ❖   ❖





「二本も使うな、莫迦ばか千晶」


「相手は悪鬼オーガ――雑魚悪霊デーモンなんかじゃなく、受肉マテリアラヰズした丙種悪魔デビルだったんですよ? 妥当な消費でしょう。いいじゃないですか、減るもんでもなし」


「減っているだろうが!」


「一晩も寝れば、また戻るじゃないですか」


「いちいち尻尾を握られて、私の尊厳が減るんだ!」


 咲が――姉の忘れ形見がぷりぷりと怒っている。


「はいはい、ごめんなさいってば」


 千晶はそんな咲の頭を撫でる。


「こら、ごまかそうとするな、莫迦千晶――」


 ポカポカとこちらの胸板を叩いてくる咲だが、本気で怒っているふうではない。


 ――阿ノ玖多羅あのくたらさき、十二歳。

 九尾狐きゅうびこをその身に宿す、若き阿ノ玖多羅家当主である。

 彼女の母――千晶にとっての姉――の死に伴い、未熟なまま九尾狐を受け入れた咲は未だ、九尾狐の力を制御できていない。

 だから、銀髪や耳、尻尾という形で九尾狐の膨大なヱ―テルが体内から溢れ出てしまっているのだ。


「【オン・アラハシャノウ――文殊慧眼もんじゅけいがん】」


 千晶の瞳が光を帯びる。


「う~ん……今のが主力だと思っていたのですが、より大きなヱ―テル反応がいますね。残り七本というのはちょっと心許ない。咲、しっぽ、もっと生やせません?」


「無茶を言うな――ひゃん!? し、尻をまさぐるなヘンタイ千晶ッ!!」


「この撫で心地、良き――へぶぇッ!?」


 咲が物理アッシャー状態モード具現化マテリアラヰズさせた鉄槌ハンマーに頭を殴られ、ぶっ倒れる千晶。


「いててて……当たり所が悪かったら死にますからねコレ?」


「死ね、ヘンタイお尻ソムリヱ!」


「咲を引き取ってからもう一年になりますか。最近ますます姉さんに似てきたんじゃありませんか?」


「そ、そうか? お前は母のことが大好きだったから――」


「あー……でも、胸の方はまだまだ」


「死ねぇッ!!」


 胸をまさぐってくる千晶の頭部に、咲は容赦なく鉄槌ハンマーを打ち下ろした。





   ❖   ❖   ❖





悪鬼オーガというと」


 咲と二人、屋敷の中を歩き回りながら千晶が言う。


七大魔王セブンスサタンが一柱、『憤怒』の紗嘆サタン眷属けんぞくですね」


「まさか紗嘆サタンが黒幕だと?」


「そんな大物に出てこられた日には、神戸が滅びますって。でも、もう何人もの悪魔祓師ヱクソシストたちが異人館通りで行方不明になっているんです。大悪魔グランドデビルに匹敵する脅威が潜んでいるのかもしれませんね。

 ――阿ノ玖多羅咲訓練生、七大魔王セブンスサタンの名前は覚えましたか?」


「莫迦にするな。

 いち、傲慢の羅貴経ルシファー

 、憤怒の紗嘆サタン

 さん、嫉妬の霊毘阿坦リヴァヰアサン

 よん、怠惰の鐘比業ベルフェゴール

 、強欲の魔門マモン

 ろく、暴食の鐘是不々ベルゼブブ

 なな、色欲の阿栖魔台アスモデウス


「よくできました!」


「頭を撫でるな、子ども扱いするな! まったく――お前も七大魔王セブンスサタンの眷属みたいなものだろう? 本当に紗嘆サタンが出てきても、案外勝てるんじゃないのか?」


「人をバケモノみたいに……」


「バケモノじゃないか」


「バケモノなのはお互い様でしょう。――と、ここですね」


 千晶が壁に触れると、


「ん? 何もないじゃないか――えっ!?」


 壁が扉に早変わりする。


「初歩的な認識阻害魔術ですね」


「……初歩的とか言うな」


「あはは。これから一緒に勉強していきましょう――あっ」


 ドアを開いて、千晶は固まった。


 四体の巨大な悪鬼オーガたちが、テーブルを囲んでいたからだ。

 そしてテーブルの上には、今まさに悪鬼オーガによって腹を切り開かれんとしている少女イケニヱの裸体。


「――――ッ!!」


 千晶は、南部式を握る右手に力を込めた。

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