◎第28話・継承会議の庇護

◎第28話・継承会議の庇護


 一方、総領国。

「継承会議はまだ見つからないか……」

 貴樹は憂いを含んだ声で言う。

「閣下、待っていればいずれ継承会議は出てきます。彼らがまだ生きているのに、サンペイタ主義の世界支配をあきらめるとは思えません」

「それはそうだ。どこかの国に居候してでも、教条とともに生き延びようとするだろうし、サンペイタ主義の、まだある程度は残っている権威をもって国々を動員して再戦を挑もうとするだろうな」

「閣下、彼らの心性をよくご存知ではありませんか」

「歴史がそれを物語っている。俺も歴史の成績が特段良かったわけでもないが」

「歴史……それは閣下のもといた世界での歴史ですか?」

 フィーネがややいたずらっぽい言い方をする。

 しかし貴樹は。

「その通りだ。劣勢から盛り返した勢力など、歴史を紐解けばいくらでも出てくる」

 目頭をもみながら答える。

「……閣下、どうやら閣下は疲れておいでです。少し休まれてはいかがでしょうか」

「睡眠はたっぷりとっているが」

「心の疲れですよ。私とともに、城下町を散策でもしませんか。ちょうど夕刻、今日の執務は終わりの時ですよ」

 散策。そして、今日ももうすでに終業の時が近づいている。

「……そうだな。散歩でもしよう」

「私もお供します。護衛代わりで」

 自然な流れで貴樹と逢い引きの約束をしたことに喜んでいるフィーネの心中を、超能力者でもない彼は察することができなかった。


 城下町の中央公園、その長椅子で、貴樹とフィーネは、近くの屋台で買った飲み物を堪能する。

「落ち着きますね。風も天気もいい感じですし」

「そうだな。最近はいろいろあったしな」

 彼は、いきなり召喚されたときからいままでのことを思い出していた。

 召喚後、すぐに軟禁されたと思ったら、フィーネとタイロンの手配で天嵐国を脱した。水明国に拾われたその後、天嵐国に雪辱を果たしたかと思いきや、国王の害意を見抜いて謀反により政権奪取。そのしばらく後にタイロンが大怪我をし、継承会議の全滅を誓う。

 その他、あれよあれよという間にいまの状況に至った。

「閣下。いまの私は……」

「うん? どうした」

 フィーネは何かを言いづらそうにしている。

「これはご無礼を承知で申し上げますが」

「どうした」


 ――私ははじめ、閣下、というより《兵法家》持ちの救世主が召喚されたとき、自分のことしか考えていませんでした。

「どういうこと……?」

 一言でいうと、世界、とりわけサンペイタの追従者に対する復讐の機会がやってきた、と。

 救世主として召喚されるほどの人物でありながら、《兵法家》適性を持っていて、兵法家に味方する理由のある人間。

 私は、あなたを奉じて世間に一矢報いてやろうと考えていました。それは自分の国や家族も例外ではありません。あんな家族、国、私を差別した連中に与えるあわれみなどないと、そう思っていました。

「話が見えてきたぞ。要するに、最初は俺を旗印に利用する気でいたのか」

 はい、恥ずかしながら、そのように愚考しておりました。

 しかし、いまは違います。

「ほう」

 閣下の人となり、冷静沈着な思考、仲間に見せる優しさ、そういったものに私は――

「どうした」

 私は、自分の全てをかけてみようと思ったのです。

 私は、旗印としてではなく、一人の女……もとい人間として、あなたをお慕い申し上げております。

 飾りとしてではなく、道具としてでもなく、私は閣下を一人の親愛なる英雄としてみております。

「ほう……」

 私はあなたと未来を見てみたいのです。閣下の思い描く泰平の世を見てみたいのです。

「泰平の世か。とりあえず継承会議とサンペイタ主義については、排除とまではいかなくとも、満足いくような結果を出さなければならないとは思っている。が、俺はまだ完全な泰平を具体的に計画しているわけではないぞ」

 それでも、私はあなたとともに道を歩んでいきたいのです。貴樹様、あなたの見るものを、私もそばで見させていただきたいのです。

「おお、そうか。とりあえず分かった」

 休憩中に堅い話で失礼しました。しかし、私はあなたと共に歩みたい、それだけお聞きになってくだされば、私は幸せなのです。今後ともよろしくお願いいたします。

「もちろん、こちらこそよろしく」

 ……飲み物が尽きましたね。でも、もうしばらくはこうしていたいです。

「俺は構わない。たまには休むことも大事だ」


 フィーネは「肩をお借りしますね」というと、自分の頭を乗せた。

 風が穏やかだった。


 他方、継承会議はなんとか無事に風雲国へとたどり着いた。

 議長は継承会議首脳の証たるバッジと紋章を示した。

「私は継承会議議長ジョアン。風雲国の国王へ庇護を求めたい」

 面会約束無しの突発的な話になってしまったが、それは仕方がない。この彼らにそのような余裕はないし、そもそもそれが許されるべき存在だ。これはただの思い上がりではなく、実際、彼らは本来それほどの権威のある集団である。

「これは……!」

 番兵が目を見張る。

「生きていらしたとは、しばしお待ちください、至急お伝えしてまいります」

 番兵が走っていった。


 国王が自ら出迎えた。

「議長殿、私がこの国の国王でございます」

 丁重に頭を下げた。

「この度は我が国に助力を申し付けていただき、まことに幸甚の極みです」

 一見野心など感じられないが、来歴や行跡などを見る限り、この男は野心の塊である。

 好意的に見えるからといって、決して油断することは許されない相手だ。

「いや、我々こそ、突然の申し出に快諾していただき、恩に着る次第」

 議長も頭を下げたのを、シグルドは見た。

 継承会議の筆頭が頭を下げるのは、彼にとって珍しい光景だ。

「しかし、わが国でよろしいのですかな」

「うん?」

 国王はあくまでも気づかわしげに尋ねる。

「この風雲国の人々は、サンペイタ導師の教えをそれほど篤くは信仰していない。ああ、決して反対もしていませんし、一騎討ちの外交の儀礼はこれまで厳しく守ってきたつもりです。しかしながら、この国はそれ以上の感情を導師に持っていないのです」

 確認のつもりだろう。継承会議がどれほど風雲国を信用しているか。

「それでも構わないものなのでしょうか」

 もちろん、ここで断るわけにもいかない。それはシグルドにも分かる

「国王よ、この国の状況は私も知っている。しかし導師の教えが浸透していないというわけではないように見える。一騎討ちの教条はきちんと守っていると聞き、また、総領国のように《兵法家》が世界に戦いを挑んでいるわけでも、当然ない。ならば我らを保護していただくにも、なんら支障はないのではないかな」

 サンペイタ主義の浸透などどうでもよい、まずは保護してもらうのが先だ、とはさすがに言えない。それを言ってしまったら、継承会議は信念のある教義集団ではなく、ただの保身の集団になってしまう。

 多少上からの物言いになったとしても、表向きだけでも信念ある集団の体裁を取り繕う必要があった。

 議長の応答はその点で、まずまず合格点だったといえよう。シグルドが採点するものでもないが。

「なるほど。ときに議長殿、貴殿は継承会議の復興を望んでいるのかな」

 またしても言葉を選ぶ必要のある質問。

「結論からいうと、望んでいる。総領国の無法に対抗するためには、いや、あの国のような悪党の国がこの先も出ないようにするためには、導師の教えをきちんと世界に定着させる必要がある。それができるのは、導師の代から脈々と教条を受け継いできた継承会議、我々をもってほかにないと断言する」

 議長が継承会議の人間である以上、推すのは常に導師の教えでなければならない。しかしその言葉は、風雲国への攻撃や、彼らをないがしろにするものになってはならない。

 上手く言葉を選んだな、とシグルドは思った。

「なるほど。しかし《兵法家》たちを倒すには、こちらも集団戦法、兵法を使うしかないとみえますが、それは継承会議としては……?」

「継承会議のはじまりのきっかけであるサンペイタ導師は、二百年前の兵法家たちとの戦いで兵法を使っている。自らの力を保つためには仕方がないものとされている。つまり相手が集団戦法で来るなら、こちらも使うのも致し方ないもの。それはサンペイタ導師も、きっとお許しになるだろう」

「ふむ」

 国王はうなずいた。

「なるほど、だいたいの貴殿らの方針は分かり申した。城の離れが空いておりますゆえ、まずはそこで長旅の疲れをとってくだされ」

「恩に着る。皆の者、行くぞ」

「案内の者をつけます。それほど広い城ではありませぬが、このような辺境、継承会議の皆様は経験がないとみえますゆえ」

「なにも卑下することはない。初めての場所は皆同じだ」

 言葉どおり、各人は使いについていった。

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