◎第27話・再認識
◎第27話・再認識
翌日。行路に時間をかけて野宿する羽目になることがないように、早朝に彼らは出立した。
最短距離を行くべく、雨露の森へ差し掛かった。危険があるとしたらこの森である。
「ここは可能な限り早めに通り過ぎましょう」
シグルドは促す。
馬はない。戦場から逃げるのに使った馬は、すでに過酷な逃亡劇で使い潰されており、新しく買うには金もない。
馬車を使う?
全く首肯できない。御者に素性を知られることになりかねないし、そもそも馬車はそれほど速くない。
歩いてゆくしかなかった。
「しかしうっそうとした森だな。ここは危険ではないのですか、議長」
「危険ではあると聞いた。しかし最短の道のりを行く必要があるし、なにかあれば私を含めた皆で敵を打ち据えることはできよう」
「なるほど。祭司の中には《武芸者》の職適性を持っている方も多いですしね」
この中ではシグルドが最も強いと思われるが、彼以外にも《武芸者》はいる。
一騎討ちを教条とする集団であるから、そういった人材は厚遇されやすいのだ。
ともあれ。
「ですが、危険であることは確かですね。皆様方、気を抜かないようになさってください」
シグルドが注意を呼び掛ける。
するとそこへ、まるで待っていたかのように。
「おう、お前ら、いい身なりをしてるじゃねえか」
「金目のものを置いていってもらおうか」
凶賊。絵に描いたような賊。
「くっ、来たか!」
「全員、迎え撃ちましょう!」
説得の余地はない。財物が目当てであり明らかに凶賊である以上、交渉を成立させたところで、守る気もなく殺してはぎ取るだけだろう。
幸いにも、凶賊の人数は十程度。継承会議には七人の《武芸者》持ちがおり、他の者も腕前にはそれなりの自信のあるものばかり。
勝てる。
「おう、抵抗する気か。聞いて驚くなよ、お頭は《武芸者》と《兵法家》の二個適性持ちだぜ」
「クク……俺の武芸と兵法で葬り去ってやる!」
「ほう……」
シグルドと議長が少しだけ表情を変えた。シグルドは《兵法家》へのわずかな憐憫と、《武芸者》への警戒。議長は《兵法家》への根深い嫌悪。
「頭に一つ聞こう。ほかに《武芸者》適性持ちはいるか」
「いねえよ。俺一人で充分だからな!」
「《兵法家》は?」
「俺たちのほとんどがそうだ! だから俺たちは一騎討ちを採用する気はない、お前ら、囲むぞ!」
賊たちが包囲の構えを見せる。
「残念だったな凶賊たちよ。私たちも《武芸者》適性持ちは山ほどいる!」
継承会議の面々は、それぞれの武器を、一分の隙も無い様子で構えた。
圧倒的だった。
継承会議側の《武芸者》が荒れ狂った。烈風のごとく、つむじ風の通り過ぎるように、それは竜巻か否か。
ちぎっては投げ、ちぎっては投げ。
対抗できるような職適性を持たない凶賊たちは、継承会議の猛者たちによって次々とその数を減らしてゆく。
なお、継承会議は一騎討ちを主旨とするはずであったが、相手が集団戦を挑んできたため、やむをえず集団戦として応戦した。相手からしきたりを破ってきた以上、こちらだけが愚直に従う必要はないという判断だ。やむをえなかった。
ところで凶賊たちの
この職適性は、たかが十人ほどの戦闘で本領を発揮するような代物ではない。そもそも奇襲でもなく真正面から戦いを挑んでいるため、この戦闘に限っては効力を感じる余地のないものであった。
この戦いは、適性として《兵法家》があっても、軍学を使う気がなければ意味がないという好例となるであろう。
ともかく、《武芸者》適性を有する凶賊の頭領を除いて、賊は継承会議幹部たちの奮戦によって全滅した。
頭領もあっという間に追い詰められた。
「く……お前ら、まとめて《武芸者》適性を持っているな?」
「左様。最初から力の差は圧倒的だった」
シグルドが剣を突き付ける。
「……そういえば、お前たちはほとんどが《兵法家》適性を持っているのだったな。それはなぜだ?」
聞くと。
「別に俺が《兵法家》を集めようと思って集めたわけじゃねえ。世間の《兵法家》迫害は知っているだろう、というか、知らないわけがないな。社会からのあぶれものを俺たちに迎え入れた結果、そうなっただけだ」
つまり、彼らのような賊を生んだのは――サンペイタ主義そのもの。
導師の教えが、凶賊を凶賊とした。
シグルドは、危うく剣を落としそうになった。
「導師の教え……やっていることは社会から《兵法家》をつまはじきにして、平和のためとか言って俺たちのような凶賊を生んでいるだけだ。継承会議とかいったか、あんなもの、俺に言わせれば悪の集団だ。二百年も前のいざこざを今にまで持ち込んで、大した理由もなく適性職で人を差別して、恥じるところのない悪そのものだ」
「シグルド、話を聞く必要はない!」
「確かに話を聞く必要はないかもな。話すまでもなく継承会議は、俺たちのような人間を社会から追い出してやまない」
「一つ聞こう。総領国で拾ってもらおうとは思わなかったのか」
シグルドはかろうじて冷静さを保ち、たずねた。
「無理だ。総領国は確かに《兵法家》の楽園だが、俺たちは賊働きの人間だ、さすがに拾ってはくれないだろう。《兵法家》なら誰もが総領国に仕官できる、などとは思わないことだ」
賊の頭はかみしめるように言った。
「シグルド、もういいだろう、そやつにとどめを刺せ」
「シグルド殿、《兵法家》の言になど、耳を傾けるだけ無駄ですぞ」
催促の声。
やむをえない。たとえ彼らを生んだのが継承会議、サンペイタ導師の教えだとしても。
全ては継承会議の自業自得だとしても!
「すまない」
小声で言った後、シグルドは頭領に最後の一撃を浴びせた。
どう考えても、この賊たちは継承会議によって、というか継承会議が維持してきたサンペイタ主義によって生まれた。
迫られる内省……本来なら継承会議の面々は、目の当たりにしたサンペイタ主義の負の側面を、正面から再検討しなければならないはずであった。
いまはそのような時間も余裕もなくとも、いずれ直視しなければならない課題であるはずだった。
しかし。
「これだから《兵法家》どもは世界の敵と呼ばれるのだ!」
「《兵法家》の分際で我々に罪をなすりつけようとするとは、大した横暴ぶりだ!」
「サンペイタ導師の教えに唾を吐きかける、まさに邪悪とはこのことだ!」
凶賊の成り立ちを聞かされた祭司たちは、ひたすら《兵法家》をなじっていた。
これは、もはや救いようもない。
シグルドは思った。賊たちにではなく、同僚たる祭司たちについて。
これほど現実を見せられ、総領国の武威が迫り、いまもって放浪、というか逃避行の最中にあるというのに、己の主義主張をなんら疑うことなく、サンペイタ主義をあくまで信じ抜き、総領国のうんぬんをはじめとする戦乱も、凶賊の成り立ちも直視せず、いまだ総領国
というか兵法家勢力を壊滅させられると思っている。
救えない。
いや、救えないのはとうの昔に分かっている。だからこそ粛清の決意をしたのではないか。
目標点をぶれさせてはいけない。《兵法家》とその他の、平和的な共存……はすぐには無理でも、とりあえず相互不干渉と《兵法家》の尊厳確保のためには、この救えない狂信者たちを浄化しなければならない。
これは決して極端な思い込みなどではない。現実を直視しない人間は、説得したところで話を聞かない。
信条に浸かりきった人間は、もう処分するしかない。
いかなる主義であれ、反対意見を聞き入れないほどに入れ込んだ人間は、もはや物理的に排除するしかない。
いまはまだその時ではないとしても、いずれ……継承会議が勢力を回復したあかつきには、これを実行し、幹部たちの流血をもって兵法家勢力への譲歩の第一歩としなければならない。
シグルドは凶賊の頭領の遺体を見ながら、改めて決意を固めた。
だが、幹部たちは道中もずっと、凶賊に対して不満をあらわにしていた。
「自分が落ちぶれたのは、ひとえに己の自業自得というものであろう。《兵法家》適性があったことは、まあ、仕方がないが、それを恥じて隠し、平和と導師の教えを守り抜くことを天に誓っていたなら、まだ賊を生業とするまでには落ちなかっただろうに」
「その通りだな。《兵法家》適性は、適性者にとって生まれながらにして有する罪。その悪業をあがなうという姿勢なくして、まともに陽のもとで生きようとすることは野蛮そのものだ」
「正義は導師の教えにあり。ならば悪とは《兵法家》適性にあろう。導師と戦って血を流し続けた、その悪の責めにありったけの慎みと善行をもって応えなければならん!」
シグルドは閉口した。
彼らには何を言っても通じない。
兵法家たちが長年の迫害に耐え、ついに戦乱を巻き起こそうとしている現実よりも、サンペイタが血煙により撒いた動乱の種を、いたずらにののしり、サンペイタの善の面ばかりを称揚し、その教えに理由もなく熱狂している彼らには、シグルドのより現実的な言葉は届かないだろう。
分かってはいたことだった。しかしこうも実際の吹き上がりようを見ると、改めて空恐ろしさと愚かさを感じずにはいられない。
どうしてこうも現実を見ないのか。
サンペイタの、もはや更新の必要しかない理想を唱えれば、戦乱は鎮まるとでも考えているのだろうか。いや、本気でそう思っているに違いない。
ゆがんだ理想ばかり口にする。高らかな悪意のみを信じる。
……そもそも、総領国側の集団戦法に対抗するためには、こちらも集団戦法を採るしかない。たとえ勝って兵法家たちを全滅させたところで、サンペイタの教えとやらは、何歩も実務から後退するだろう。それをどう収束させる気でいるのか。
いや、そもそも勝てると思っているのか。こちらも《兵法家》の助けなしには、あの貴樹に勝てるとは思えない。彼は異世界の戦術を習得している。《兵法家》以外で対抗する展望が浮かばない。実際、シグルドは戦術を担当して散々に負けた。
この点、彼の奉じる正義においても、少なくとも一度は総領国を打ち破る必要はある。だから彼は、自分に味方する強力な《兵法家》を探そうと思っている。総領国連合と一戦交えるのはその後からにせざるをえない。
継承会議はたいそう嫌がるだろうが、そこは彼の弁舌と強引な説得でどうにかするしかない。
それに、継承会議は領地を失っている。少なくとも自分の領域を確保するまでは、風雲国や他のどこかに居候せざるをえない。そのありさまで、権威は保てるのか。他人を自分たちの言葉に従えさせられるのか。
実際、総領国に味方する国はいくつかある。その調子で、《兵法家》勢が勢力を伸ばしてきたら、対抗することはできるのか。居候の身で、なお世界の正義を主張する座を維持できるのか。
行く先には闇しかない。
だから、シグルドは頑迷な幹部たちとは別の理想に向かう。一度燃え広がった火を、教条といびつな信念のみで消せるとは思えない。
彼は黙って一団の先頭を歩いた。
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