◎第26話・合流
◎第26話・合流
それからシグルドは、たびたび街へ出向き、情報を収集しつつ議長たちの行方を追っていたが。
「こんなところにいらしたのですか、祭司将シグルド殿!」
なんと幸運にも継承会議のほうから彼を見つけ出してくれた。
「こんなところとは、いささか失礼ではありませんか。ロータス殿、ご無礼をお許しください」
「なんの、別にいいよ。隠者の家なんて立派なところではないからね」
ロータスが言うと、継承会議幹部が「はて?」といぶかる。
「ロータス殿? 聞き覚えがあるような、ないような」
「ああ、歴史上に残っているロータス殿とは同名の別人です」
「おや、そうでしたか。いや、確か追放された祭司にも同じ名前の者がいましたゆえな」
シグルドは、この幹部がロータスの顔を知らないことに深く安心した。
元祭司、追放された身の男と知られれば、余計ないざこざを招きかねない。
「ロータス殿、シグルド殿を保護してくださったのでしょう。深く礼を申し上げますぞ」
「なんのなんの。彼には私もお世話になったからね。特に子どもたちに勉強を教えたり、いさかいを収めてもらったり、さすがは学を積んでおられる方ですね」
彼はロータスの言葉に、思わず頭をかいた。
どこまで本気なのか分からないようにも思えるが、きっとこれは隠者なりの礼なのだろう。素直に受け取るべきだ。
シグルドは改めて大恩の隠者に向き直った。
「ロータス殿、出立の時が来たようです。いままで大変お世話になりました。私を救ってくださった恩義と、教えていただいたこと、決して忘れません」
「ふふ、きみが分かったことはきみのもの。けがの治療はともかく、私が教えたのはあくまできっかけにすぎない。全てはきみが悟った、思い至ったことだよ」
横で幹部は首をかしげている。
「なにか、聡明なシグルド殿がいまさら教わることがあったのかな」
「何も。私は何も教えていませんよ」
「……たとえそうだとしても、ここできっかけを得たのには変わりません。改めてお礼を申し上げます」
「……まあいいか。シグルド殿、議長様方は南の街で、分散して宿をとっていらっしゃる。まずは合流しましょうではないですか」
「そうですね。ではロータス殿、ありがとうございました。またお会いできれば望外の幸せです」
「うん。きみの栄華栄達と、満足できる結果を出すことを願うよ。ご無事で」
シグルドは幹部が用意した馬に乗った。そしてロータスに見送られながら、議長と合流するため、ゆっくりと馬を歩かせた。
ロータスの姿は、やがて遠く離れ、見えなくなった。
街に着くと、議長と数人の者が出迎えた。
「おお、シグルド、待っていたぞ」
「ただいま帰参いたしました、議長」
「無事でよかった、本当に生きていてよかった。殿軍の際は苦労をかけたな」
「いえ。それが職務ですゆえ」
言いながら、シグルドは目の前の議長も、いずれは粛清しなければならないものなのだ、と己に言い聞かせた。
議長とて決して話の分からない人間ではないし、シグルドにも友好的に接してくれるよい上司だ。
しかし、それでも、粛清の対象とせざるをえない。
議長はかなりの強硬派だ。シグルドが一時しのぎや単なる戦争の回避としてではなく、本気で《兵法家》との共存を唱えたところで、議長は一笑に付し、その案を蹴り飛ばすだろう。
やらなければならない。彼の思い描く未来にとって、議長は敵だ。
ともあれ、総領国とまさに敵対中のいま、それを行ってはまずい。大きな混乱が生じ、貴樹にそこをつけ込まれるだけだ。
面従腹背。それがシグルドの道。
「迎えまでしてくださり、本当にありがとうございます。合流まで抜けていた分、誠心誠意頑張ります。全ては平和な世のために」
彼は反意など、全く感じさせない様子で頭を下げた。
一方、総領国。
フィーネをはじめとして、首脳陣は継承会議探しに躍起になっていた。
「間者からなかなか報告が来ませんね」
「そうだな……」
彼女の言葉に、貴樹がうなずく。
あちこちに間者を派遣して、継承会議の幹部とシグルドを探し回っているが、全く捕捉できていない状態だった。
彼女、いや、彼女だけでなく貴樹とその他の総領国の人間にとっても、継承会議の全滅は必ず果たさなければならない課題だった。
継承会議根絶なしに、《兵法家》の未来はない。
必ず、ことごとくなで斬りにしなければ、《兵法家》に対する不当な差別は解消されない。
継承会議を根絶すれば全て終わる、というわけではないが、終わるためには必須の通過点であるはず。
少なくともフィーネはそう思っているし、きっと貴樹や、例えばサファイアなども同様であろう。
差別の根源は、潰されなければならない。
「俺が自ら探し回るわけにもいかないしな……」
「それをされては困ります。総領閣下は閣下のお仕事をされませんと。それに間者が一人増えた程度で、どうにかなるものではないかと」
「そうだな」
そこでふと、貴樹が思い出したかのように。
「……タイロンの具合も気になるが……これも俺が何かして、どうにかなるものでもないしな」
「タイロンのことならお気になさらずに。命に別状はないのですから、あとは回復を待つだけです」
「俺もそうは聞いているけれど」
結局は時間か。待つしかないのか。
フィーネには貴樹の心中がありありと察せられた。
「継承会議がらみの報告も、タイロンの具合も、いまは待ちましょう。手は尽くしています。これ以上は時間が経たないとどうにもなりません」
「そうだな……」
彼はなおも憂えるように。
「継承会議全体も気になるが、シグルドとかいう祭司将も気にかかるな。先の戦の作戦を立てたらしいし、交渉の場にも立ち、フィーネとの一騎討ちは互角に近かったとも聞いている」
「閣下、集団戦は一騎討ちで決まるものではありませんし、その作法に乗ってやってもいけません。継承会議の思うつぼです。……まあ、あのときはそうするしかありませんでしたけれども」
「そうだな。ただ、シグルドが生きていたら何かと厄介だと思っただけだ。やつは凡百の祭司とは違うように思える」
「なるほど。閣下がそうお感じならそうなのでしょう。しかししょせんは継承会議、まとめてなぎ倒せばいいだけです」
「まあ、違いないな。いまはただ続報を待とう」
彼は「ふう」と息をついた。
フィーネはそんな彼にも、どこか総領らしからぬ苦悩を感じ、可能であるならその苦悩を分かち合いたいと思った。
一方、継承会議では。
「我々は、雨露の森を抜けて、風雲国へ行こうと思っている」
議長が告げる。どうやらこの方針は、シグルドが帰参する前にすでに決めていたものであるらしい。
「風雲国ですか。ここからはそう遠くもないですね。しかしあの国では特段、サンペイタ導師の教えは定着してもおらず反意を持ってもいないと聞いておりますが。それに、いや、それ以上に、国王が野心的であるとも……」
「そうだな。その通りだ。しかし」
議長はため息をつく。
「導師の教えが深く理解されている国では、先の戦いでの大敗によって、動揺しているようなのだ。そのようなところへ助力を求めても、きっと良い結果にはなるまい」
「動揺ですか。確かに内紛が予想されますね」
「一方、もともと風雲国は導師の教えに無関心……とまではいわないが、とりあえず一騎討ちの外交儀礼に従うという程度で、先の敗戦にもそれほど動揺していないようなのだ」
「なるほど」
とすれば、集団戦法を導入しても、あまり反発は出ないだろう。
シグルドは皮算用をする。
そもそも集団戦の心得は、総領国のほうが圧倒的に上回る。しかしそれでも、相手が一騎討ちの作法に応じない以上、こちらも集団戦法で対抗せざるをえない。
「あとは……野心だな。我々はそれを利用させてもらう」
「利用、ですか」
「その通り。継承会議の権威は、先の敗戦でだいぶ揺らいだものの、まだ通用する水準にある。その我々が助力を求めたとあれば、野心のある者はこれ幸いと祭り上げるだろう」
「お待ちください。それほどの野心家であれば、いずれ継承会議の排除を試みるのではないでしょうか。覇道の主導権を我々に譲り渡すとはとうてい思えません」
「うむ。それは正論だ。全くもって正論だ。しかしだなシグルド。いまの我々に、他にどのような手がある?」
聞かれて、彼は言葉に詰まった。
サンペイタ導師の教えが深く浸透している国ほど、動揺が大きい。野心を持たない国は、いまの継承会議を積極的に庇護するとは思えない。
そして何より、いまの根無し草の状態は、一刻も早く脱したいところである。これは単に生活の不便さとかいうものではない。
危ないのだ。
いつ総領国側の間者に発見されるか分からない。もし見つかれば、暗殺を仕掛けてくることもありうる。
この点、どこかの国の庇護下にあっても、総領国側からの暗殺の危険はないわけではない。しかし、守ってくれる国もなく放浪の身では、死の危険は常にまとわりついてくる。
「……確かに、速やかに風雲国に行き、保護を求めるしかないようですね」
「そうだろう。特に、我々はすでに何度か命の危機に遭っている」
「命の危機に! それはそれは!」
「心配せずともよい。よく見よ。祭司たちは一人も欠けてはいないだろう」
確かに、幹部級の中に欠けている人間はいない。
もっとも、シグルドが殿軍をしたときに議長らに同行したはずの兵士たちは、一人も残っていないようだが。
だが、それを気にしても仕方のないこと。
「ひとまず、風雲国を目指しましょう。なるべくすぐに発ったほうがよいかと」
「うむ。今日は宿で休み、明日の早朝、五の時から出発する予定だ」
「御意」
シグルドは頭を下げた。
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