◎第25話・決心

◎第25話・決心


 ロータスによると、被害者側は殺意を見せたという。

 実際、シグルドが面談をしても。

「僕はあいつらを殺してやりたい」

 凶行寸前の状態であることが見て取れた。

「それは……できない。もしきみがやるというのなら、私は《武芸者》の職適性によってでもきみを止めるしかない」

「そうですか。だったら僕は、リチャードたちへの徹底的な懲罰を望みます」

 それぐらい当たり前でしょう、という彼の表情。

 シグルドが普通の人間ならそうしていただろう。しかし彼はその先を見ていた。

 徹底的な懲罰。それはきっと、言いようもなく苛酷なのだろう。

 ――加害者側が深い憎悪を抱くほどに。

 懲罰により因果応報を実現したとしても、憎しみが憎しみを呼び、結局いじめはより苛酷になって続くだろう。まるで継承会議が《兵法家》にするように。

 あるいは、耐えかねて被害者が凶行に走るか。

 憎悪の循環が完成してしまう。

 もちろん懲罰は与えなければならない。その上で、双方の納得を得る。

 懲罰は手段であって目的ではない。

 被害者が、シグルドらの考える以上の懲罰を求めるようなら、押さえつけるしかない。

「徹底的な懲罰、が果てしなく重い制裁を意味しているのなら、それはできない」

 彼はきっぱりと告げた。

「……それはなぜ?」

「問題の解決にならないからだ」

 いじめが終わらなければ意味がない。それでいて被害者による復讐を防がねばやはり意味がない。

 双方納得しなければならない。人はそれを妥協ともいうだろうが、それは必要な妥協といえよう。

「……僕はこんなにも、こんなにも理不尽な扱いを受けたというのに、リチャードたちはまだ守られるというんですか!」

「そうだ」

 シグルドは答えた。

「彼らへの懲罰は、最大の重さではなく見合った罰でないと、なにより、いじめは止まらないんだ。お互いに憎み合い、加害者側はいじめをどんどん発展させていく。いずれは被害者であるきみも、その殺意を現実化するだろう」

 いじめできみが死ぬか、きみの殺意で加害者が死ぬか、それからではもう遅いんだ。

 彼は言った。

「しかし、遅いならなおさら、加害者を厳罰で報いるべきです、僕は罰の甘さによっては、あいつらを殺す覚悟がある!」

「きみは、加害者たちと結構な期間、一緒にいると思う。持続ができる関係にならないと、お互いにつらいだけだと思うぞ」

 シグルドは説得を続ける。

「人は前向きでなければならない。もちろん、加害者を中心として、今までしたことを忘れてもらっては困るけれど、それでも未来を志向しなければならない。人は過去には戻れないからな」

「……未来を、か」

 被害者は沈黙した。

「確かに、僕は世間に出るまでは、あの忌々しいリチャードたちとやっていかなければならない」

「もちろん配慮はするけれどね。なんの配慮もなく集団に放り込むような真似はしない」

「……持続できる関係か。分かりました」

 彼はようやくうなずいた。

「懲罰の程度も含めて、僕はシグルド先生を信じます。どうか、丸く収めてください」

「きみの、収めようとする努力も必要だぞ」

「努力します」

「分かっているならよろしい。少々酷かもしれないが、託してくれてありがとう。万事差し障りないようにやりたいと私は思う」

 彼はそう言うと、被害者に握手を求めた。

 相手は素直にその手をつかんだ。


 シグルドは次に、加害者たちを呼んだ。

「きみたちは一ヶ月の営倉行きだ」

 加害者たちは一瞬顔をこわばらせた後、ふてくされたような表情をした。

「ただし」

 まだ何かあるのか。

 加害者たちはうんざりといった調子。

「反省の姿勢が見られない場合、営倉生活は延長される」

 加害者の一人、リチャードが「ケッ!」と言った。

 生意気盛りの少年たち。しかしシグルドはそこに、ある影を思い浮かべた。

 継承会議である。

 彼らはリチャードたちと違い、学識があり信仰心が篤い。だから、だからこそ、リチャードたちよりも「自分が正しい理由」をひねり出せてしまう。

 継承会議に説得は効かないかもしれない。そうなったら、やることはただ一つ。

 粛清。政権奪取。反乱。

 どう呼んでもよい。意味することは同じだ。

 もっとも、だからといって、本件加害者たちを腰の剣で斬り殺すわけにはいかない。死による浄化は、仮に相手が悪ガキではなく継承会議であっても、最後の最後、もはや完全に説得の道が断たれたときにしか使えない。

 もちろん、説得をあきらめて刃を振るうことも、必要になることはあるだろう。しかしそれは、もうどうにもできなくなったときに考えることだ。

 話が逸れた。ともあれ加害者たちを誅殺することが正義に反する以上、彼らの心の変化を促すしかない。

「不満があるようだな。……たとえ話をしよう。もし私がきみたちに、なんの理由もなく、遠くまでの水汲みを毎日命じたらどうか。どだい無理な目標を命じて、朝から晩まで、休みも気晴らしもなく釣りをさせたらどう思う?」

 加害者たちはわずかながら動揺する。

「そ、そんなの無茶苦茶に決まってる!」

「そう、無茶苦茶だ。その無茶苦茶をお前たちはあの少年に吹っ掛けたんだ」

 このたとえ話は継承会議が相手でも効くかもしれない。

 手ごたえを感じたシグルドは加害者たちを見回す。皆、神妙な表情をしていた。

「でも……先生がやるのとおれらがやるのとでは、違う」

「そうだろうか。あの少年にとって、きみたちは先生よりも大きな理不尽だった。だから先生に言うことも、反抗することすらもできなかった。そしてそれを可能にしたのが――」

 次の瞬間、《兵法家》が脳裏をよぎった。

「集団で個を追い詰める卑劣な戦法だ。被害者にとって加害者はそれほどまでに大きな化け物なのだ」

「まるで……」

 加害者のうち、早熟な少年が言いかけた。《兵法家》のようだ、と。

「とはいえ、化け物には対峙しなければならない。リチャードよ、彼が決意を固めかけていたことは知っているか」

「なんの?」

「きみたちを殺すことの、だ」

 加害者たちは押し黙った。

「憎しみは憎しみを生む。循環する。手遅れにならないうちに、きみたちには改心してもらわなければならない。分かったかな」

 加害者たちは、やや青ざめた表情ながらも、小さくうなずいた。


 シグルドは自分の道が思い定まったように感じた。

 被害者……《兵法家》といえども、節理のない凶行が許されるものではない。彼らが継承会議に刃を向けるなら、まずはその刃を叩き折らなければならない。

 しかしそれは、《兵法家》の絶滅を意味しない。彼らが武力による現状変更を、とりあえずはあきらめてくれれば、まずはぞれでよい。要は交渉へ移行することができればよい。

 一方で継承会議にも変化の風を取り入れなければならない。議長や幹部たちの意識を改革し、どうにもならなければその座を降りてもらう。刷新というものだ。

 意識改革とは難しいものだ。人の信じ続けてきた教条は、なかなか変わりはしないだろう。

 だから、最後の手段として。

 シグルドが手を汚す。粛清し、サンペイタ以来、幹部の凝り固まった差別意識を、その命ごと切除する。

 むごいと人は言うだろう。しかし信念に固執する人間を変節させるのは、かなり難しい試みである。人が信念に殉じること、それ自体は立派な作用であろうが、得てして人間というものは誤りを認めようとしない。

 ましてや継承会議は、お勉強ができる者たちで構成された組織。誤りを認めないための理屈を、何重にもわたって用意してくるはず。

 そういう人間は――二度と口を利けないようにするほかない。

 彼を修羅と言うか改革者と言うかは、歴史が判定してくれる。一言でいうなら、この粛清に成功すれば、歴史の一ページには「よき改革者であった」と記されることだろう。勝利こそ究極の正当化である。

 とはいえ、直近の課題は兵法家勢に一撃を加えることである。まずは凶行に走る歴史上の被害者たちを制止し、痛烈な措置によってその暴走に歯止めをかけなければならない。歴史上は被害者といえども、まず矛を下ろしてもらわないと、そしてそのために最大限の実力行使をしないと、交渉の卓につくことすらできない。

 さらにいうなら、最も直近の課題は、兵や領地を失った継承会議を、それでも幹部たちは生き残っていると信じ、探して合流することである。

 噂によれば、総領国は幹部たちの身柄を数人しか確保しておらず、議長も未だ逃亡のさなかにあるらしい。

 数人減ってしまったのは残念なことであるが、しかし少しは人数が減ってくれたほうが、粛清の手間も多少ながら省けてよい。

 恐ろしい発想? なんとでも言うがいい。

 シグルドは決然たる意思で、ロータスの隠れ家から窓の外を見た。

 寄せては返す、いつもと変わらないさざ波が見えた。

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