◎第24話・教え導くこと

◎第24話・教え導くこと


 なんのために、何を目指してゆくのか。どこへ向かって生きるのか。

 シグルドにその答えがないわけではない――はずだった。

 彼の主張は共存。《兵法家》が報われる国と、サンペイタの教えが浸透した平和な国々の戦いを、まずは止めて、主にはそれぞれの領域で、それぞれの尊厳を守りつつ暮らす。対立が和らいできたら、少しずつ友好的な交流を始める。

 貴樹ら《兵法家》は戦時でしか本領を発揮できず、ゆえに戦争を求めるのではないか、と人々は懸念しているが、貴樹の展望――兵法家の力を国防や戦争の予防に使うというものを、風聞で耳に入れる限り、その辺りは問題ないとシグルドは見た。

 しかし。

 そもそも、このシグルドの主張は、目の前の戦争を、さらにいえばその戦争で継承会議が滅ぶのを、当面回避するためのその場しのぎのものではないか。

 実際、彼も目前の危機を避けるために、和平のために、よくいえば必要に駆られて、悪くいえば後先を充分には検討せずにひねり出した案であった。

 それで本当に和平は長続きするのか。世界は最適な状態に保たれるのか。

 きっと兵法家側と継承会議側、双方から、交渉の矢面に立った彼へ圧力が生じ、板挟みになるだけではないか。双方のくすぶる不満が非難となって、彼に降り注ぐだけではないだろうか。

 シグルド自身は、自分が苦労するのは構わないと思っている。それが仮にも継承会議の祭司将たるものの使命でもあるからだ。

 しかし、それはそれとして、この構想が実現しても、不満を持つものは少なくはないかもしれない。そうなったら、他人の不満を彼が肩代わりすることはできない。その不満を譲り受けて、彼が飲み込んで消化することは不可能である。

 また、和平のために働くのは彼だけではない。シグルドが仮に主導するとしても、たくさんの人間が「板挟み」になることは必至である。それをまとめきれると断言するほど、彼は愚物ではなかった。

 少なくとも彼にとって、難しい問いである。

 実際、兵法家とサンペイタ追従者の間で絶滅戦争をするわけにはいかないので、両者がどこかで妥協をすること……つまり和議は絶対に必要であろう。

 しかし、どのような形で和睦を成すかは充分に吟味されなければならず、その内容による和平をどうやって成功まで導くかは大変に練られなければならない。

 間違いなく、シグルドの人生で最も悩み苦しむべき時間だった。


 ある日、シグルドは魚を釣るべく、近所の釣り場へと向かった。

 先客がいた。

「おや……?」

 見知った顔。普段、物を教えたり教わったりしている子どもたちだ。

 しかし剣呑な雰囲気。

 彼らは四人いるが、四人というより三人と一人といった気配。しかも、明らかに一人のほうが気圧されている。

 尋常ではない。彼は直感で、これが非常に良くない何かであることを予感した。

 そして、三人のほうが一人を蹴って川に落とそうとした。

 もう観察している時間ではない。

「何をしている!」

 彼は駆け寄り、蹴られた少年をかばった。


 彼はいじめ加害者を捕まえて、ロータスのもとへ行き、事の次第を報告した。

「どうしますか?」

「うぅん、そうだね……」

 現在、加害者、被害者、シグルドたちはそれぞれ別の部屋にいる。

「シグルド殿、貴殿ならどうするかな」

「私ですか?」

 問われた彼は、しかし言葉に詰まった。

 どうすればよいのか、いかにこのいじめを収めればよいのか、とっさに答えが出なかった。

「難しいですね……」

「一つ教えよう。貴殿が助けてくれた被害者の子は、加害者に対して殺意に近い感情を持っている。さっき事情を聴いたときに、ぽろっと言っていた」

「殺意……!」

 彼は目を見張った。

「そう。だから、これは単純に加害者に言い含めるだけで済む問題ではない。だからこそ、この問題はぜひ貴殿が解決してほしい」

「このいじめ問題をですか」

「その通り。きっと参考になることだろう」

「参考に? それは継承会議と《兵法家》の争いに関してということですか」

「さあ、どうかな」

 とぼける隠者。

「むむ、いや……むむむ、確かに参考になるかもしれません」

 継承会議と《兵法家》の争いを、継承会議によるいじめだというのなら、何か共通点はあるかもしれない。

 しかし、その「いじめ」が理由のあるものだということを、シグルドはひとまずは信じていた。あくまでも継承会議側の言い分のみではあるが、彼は勉強のため、たくさんの資料に触れてきた。

 されど、ロータスがそれを「いじめ」と表現するのならば、まずはその二つ、継承会議のしていることと「いじめ」は結び付けてもよいのかもしれない。

「分かりました。私がこの案件を解決させてみせます」

「よく言った。まあ、どうしても分からなかったら私に聞いてもいいけどね。人に頼ることも生きることの一つだ」

「それは最後の手段でしょう。私が請け負った仕事は、私のものです」

「まあ、そうだけどね……」

 無理しないようにね、とロータスは付け加えた。

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