◎第21話・激闘の果てに
◎第21話・激闘の果てに
一方、シグルドは清雅国マイラ女王に面会を申し出た。
「お人払いを……」
察したマイラは、家臣たちをひとまず退出させ、改めて向き直った。
「それで、用件は?」
「短刀直入に申しましょう。こたびの戦、我々についていただければ、と」
女王の表情がわずかに変わる。
「それは、どのようなことですか」
「そもそも、この戦いは、《兵法家》とサンペイタ主義者の戦いです」
シグルドは根本を説く。
「つまり、総領国が勝って得をするのは、第一には《兵法家》たちにすぎません。無適性者ではないのです」
「しかし、社会のはみ出し者同士、手を取り合って戦うと貴樹殿は言っていたのですが」
「手を取り合うのは戦いの場のみでしょう。彼らは《兵法家》であって無適性者ではない。彼らとは人の種類が違うのです。彼らはあくまで自分たちの利益のために戦いを始めた。これは推測ではなく確固たる事実です。一方……」
彼は雄弁に語る。
「我々が危惧しているのは、ひとえに《兵法家》の増長と彼らが起こす血煙です。無適性者とは本来、戦うべき理由がありません」
「とはいっても、無適性者冷遇は『確固たる事実』ですが……」
女王は己のあごをなでる。
「もちろん、その改善はお約束しましょう。最大限の努力をもって、その冷遇の除去に全力を尽くしましょう。しかし、貴国が与すべきは血煙でも《兵法家》中心の社会でもなく――旧きサンペイタ導師の教え、血煙を避けるべく打ち立てた、一騎討ちの儀礼ではないでしょうか」
「むむ」
「何度も申しますが、われわれ継承会議と無適性者の間には、本来戦う理由がないのです。こうなったのは別の軸としての冷遇であり、そこは我々としても心より改善を誓います。ですが、《兵法家》に与するのは、理由がないどころか、血煙にさえ加担することではないでしょうか」
「む……」
マイラは考える。
「確かにそうかもしれませんね」
「積極的に総領軍を叩けとは申しません。義理と体面があるでしょうから。ただ、賛同していただけるなら、情報のやり取りを申し込みます。もちろん清雅国とは交戦を避けることをお約束します」
「そうですね……分かりました。その約定、内密に同意します」
彼女がうなずくと、彼は深々と礼をした。
そのしばらく前に、総領が女王と打ち合わせをしていたことは、言うまでもない。
シグルドが陣営に戻ると、不穏な空気。
「ああ、シグルド祭司将殿」
「どうしました」
「実は……」
怪しい人間が、部将格の武官と何かやりとりしているとのこと。
「誰とです?」
「複数です。名前はいくつか挙がりますが、例えばローエングラム殿、デストラーデ殿、メスメル都尉あたりです」
「なるほど」
いずれも派閥政治やら党利党略やらに長けているものだった。
だが、もう一つ共通点があり、それゆえに工作は効かないと推測する。
「それはなんでしょうか」
「導師の教えに対する畏敬の情です。信仰といってもよいでしょう。彼らは……その、派閥を作る部類の人たちですが、教えに叛意を持っているという話は全く聞きません。彼らはこのたびの敵が誰であるかをよく理解している方々です。信じましょう」
「そういうものですか」
「総領同盟側の工作は失敗に終わりましょう。ここは信じて戦うべきです」
「なるほど。卑劣な工作にひるまぬよう、配下にも訓示をしておきます」
「それがよろしいでしょう。では」
彼は自分の定位置へ戻っていった。
私利と信仰は、必ずしも矛盾するものではない、ということに気が付かずに。
その日の夜。
「大変だ、物資が燃えているぞ!」
「なんだと!」
シグルドは仮の寝所から飛び起きた。
「あっちか!」
火の手は大きく上がっている。間違いなく簡易の物資庫から。
中に入っているのは兵糧だけではない。調達関連の書類、武具、矢、作業用具、衛生用具など多岐にわたる。
「犯人捜しは後だ、すぐ火を消してください!」
すでに燃え上がっているが、それでも消火に当たるしかない。
彼は「火事だ」とだけ触れ回り、敵の火計によるであろうことは、士気に配慮して一切黙っていた。
翌日、早くも犯人が分かった。
「サリバン卿……か」
総領国の工作部隊が頻繁にコンタクトしていた人物の一人、とされる。もっとも、密会をしていたという確たる証拠はなく、噂の出所は分からない。
大方の推測では、サリバンが工作部隊のそそのかしに応じて、何かの利益と引き換えに悪魔に魂を売り、物資を焼いて利敵しようとした、とのこと。
巧妙に証拠は隠されていたが、彼の陣の位置、派閥の敵対等の状況、《兵法家》に同情的な最近の言動からして、疑いは濃厚であった。
もっとも、本人は全面的に否定している。工作部隊になど会ったこともないし、自分はあくまでサンペイタの教条を深く信仰しているという。だからこそ、主力となりうる大きな部隊をあずかっているのだと。
しかし、口では何とでもいえる。刑罰を止める理由がない。
これは、敵の計略というより、その失敗と考えるべきだろう。確かに予防はできず物資は焼けたが、裏切り者があぶり出せたのは悪くはない。
利敵罪、重大行為加重で死刑が妥当。
彼は、可哀想なサリバンの言い分を信じる気を全く起こさなかった。
シグルドの認識では、戦前工作は互角。これ以上グダグダやっていても、機を逃すだけ。
だから彼は上申する。
「僭越ながら申し上げます。今こそ兵事の好機、先だって申し上げた戦法により……今こそ総領同盟との戦端を開く時です!」
諸将がうなずく。誰も異議はない。
というより、異議を発せない。積極的な要素として清雅国マイラ女王から敵情を把握し、消極的な要素として物資を結構な量で焼失した。敵情は水もので流転しやすく、長期戦を挑むだけの物資が手元には無い以上、もはや決戦を挑むしかない。
工作が長引けば、疑心暗鬼を生じ、敵味方ともに混乱をきたすという事情もある。ともかく現状としては可及的速やかに勝敗を決するのが、シグルドの認識では最適解であったし、諸将もおおよそ同様に考えたのだろう。
「よし、全軍に下知をせよ。総領同盟を叩き潰す!」
全軍――とはいってもほとんどは黄昏国と薄明国からの借りものだが――へと伝令が向かい、しばらくして突撃の鼓笛が掛かった。
ここに激闘を知らせる風が吹いた。
「始まったな」
アンガスとギルバートが指揮態勢に入る。
継承連合の陣から、プロトコルの理想に燃える精強な兵士たちが、隊伍し戦列を組んで――こなかった。
その代わり、一人一人、戦闘系の適性職を持っているであろう将兵が、各々の多彩な武器を持ち、広く散開しながら、全体として包囲陣に似た動きで、総領同盟の防御陣に迫る。
……貴樹が事前に読んで説明していた通りだった。
「総領は本当に先読みしておられたようだな」
「これはなんとも……」
戦列を保たず、散開することによる戦闘。貴樹によれば、地球世界ではこの時代よりずっと後に始まった戦術だという。
もっとも、地球世界のそれとは、やっていることは同じでも、理念というか経緯、目的が異なるだろう、とも言っていた。
端的には、地球世界での前提となる「何発も連射できる小銃」がこの世界にはまだ無いという事情と、継承会議は適性職を重視して、新奇ではあってもこちら側とは違う戦法を採るべき一定の要請がある、とのことだった。
継承会議には、《兵法家》かはともかく、頭の切れる責任者が実際にいるようだ。
ただし、貴樹はその欠点も予知していた。
前述の通り、いきさつはいかにせよ、地球世界とは前提が異なるため、この戦法は継承会議の利益とはならない。恐れる必要はない。
すべては総領の英知のままに、防御陣と独特の部隊配置でひたすら防ぐ。
今はまだ、攻勢の段階ではない。
「全体、防御陣を活かすのだ! 敵の腕前は強い、地形と立ち回りで、常に一人に大勢で向かってゆけ!」
アンガスが大声で命令する。
しばらくして、ようやく戦いと工作の全容が現れ始めた。
「戦闘に参加しない隊が複数います!」
「なんだと?」
継承会議側のシグルドは、思わず采配を落とした。
「メスメル都尉はじめ、いくつかの部隊が、全く動きません!」
それだけではない。
「清雅国マイラ女王から得た敵の内情も、どうやら全くの虚偽のようです。配置も設備図面も、果てには兵科や兵数まで、重要な部分ほどデタラメにまみれています」
「サリバン殿も……今言っても仕方がありませんが、無実で死刑、の見込みが強く……。その手勢だった者たちも、戦場から離脱した模様です」
「それは……!」
全て貴樹の手のうちだったということか。
彼はどっと出てくる脂汗をぬぐった。
真面目に戦っている部隊も、徐々に劣勢になり始めた。
そもそも継承連合の散開戦法に対し、布陣の段階から総領同盟は対策をとっていた。
総領同盟は、峡谷の出口を背にするように、敵に向かって半円型の陣を組み、防御設備を普請した。
つまりこの陣、散開によってどこから攻撃されたとしても、全方位に対応できる。
編成も長柄や射撃武器が中心の平時と異なり、短兵中心で、入り組んだ防御陣で戦う際の邪魔にならない武器を選んでいた。もちろん多対一もしっかり教え込んだ上でのこと。
何もかも対策されていた。
誰に?
継承会議が蔑み、長きにわたって社会から蹴り飛ばしていた《兵法家》に。
やがて継承連合が明らかな劣勢となり、攻撃の手が緩み、浮足立つと、総領同盟の騎兵隊が姿を現した。
軽騎兵中心だが重騎兵も混じっている。この機のために温存されていた戦力。
ギルバートも騎乗し、号令をかける。
「好機! 騎兵隊は敵本営へ突撃!」
命ずると、勇壮なる騎馬隊は継承連合の本営へ――まばらに散開し戦意を摩耗させた将兵の間を突っ切り、稲妻のごとく疾走する。
当然ながら、継承連合にこれを阻止する余力はないし、陣形も組んでいないのだから、この紫電の一閃を食い止めることなどできはしない。
シグルドはこれを見て、素早く退却……というより敗走を提案した。
「このまま本営で、議長や上級祭司様方に討死されては、もはや何も残りません。ここは山中へ身を隠してお逃げを」
「やむをえんか……」
「殿軍を置くことも……まあ無理でしょうね。全軍に戦場離脱を告げましょう」
「待て。継承会議の天領を捨てるのか?」
「大願講堂に籠城したところで、結果は見えています。どうせわずかな領地ですから、ひとまず放棄して、どこかへ身を寄せるべきです。それをどこにするかは、いま考えるべきことではありません」
「そうだな……」
「うむ。決まったな。離脱して再起の時をうかがおう」
会議は、これが最後の集会になるか否かについては否定しつつ、締めくくられた。
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