◎第20話・戦いへ

◎第20話・戦いへ


 それを貴樹の側で見ていたフィーネは、かすかに、しかし満足げにうなずいた。

 彼女の見解は、貴樹と全く同じだった。

 シグルドとかいう使者の提示した条件は、あまりに中途半端で、かつ、それを見栄えの良い言葉でごまかしたものだった。

 サンペイタ・プロトコルは、《兵法家》との共存を図るには、あまりに長い時を経て定着しすぎた。

 有形無形の力で殴られ続けた《兵法家》は、生半可な和睦で満足するには、あまりに傷を負いすぎた。

 サンペイタ・プロトコルの完全打破及び継承会議の壊滅。もしくは《兵法家》の全滅。

 このどちらかでない限り、戦いは止められないし終わらない。

 貴樹もフィーネも、この前提をついに共有できた。いや、他の兵法家たちも心は一つのはずだ。そうでなければ全員が離脱せずについてきたりなどしない。

 貴樹は《兵法家》の復権と血煙の予防を両立する構想を持っているようだが、いずれにしろ先の点については志が一致した。彼女はそう感じている。

 思い浮かぶ到達点は完全に重なり、全ての足並みがそろった。


 帰宅の頃、居城の正門をくぐった彼女は、偶然会ったサファイアに話しかけた。

「おや、サファイア殿、ご機嫌うるわしう」

「フィーネ様、ごきげんよう」

 彼女は一礼する。

「戦いですね」

「ええ、戦いですわね」

 互いに戦意を口に出す。

「一つ気がかりがあるとすれば、私たち兵法家組は、適性職複数持ちを除いて『兵法家』でしかないということですわね。改新のときについてきてくださった将校や兵士は大いにありがたいのですけれど」

「適性職が《兵法家》に偏っていて、それ以外の人材が少ないのでは、ということですね」

 フィーネが言葉を継ぐ。

「仰せの通りですわ。指揮司令、軍事行政、兵站……はまあ《兵法家》もある程度できるとして、突撃兵、守兵といった肝心の主力に、若干の人材不足が危惧されますわ」

「もっともですが、その心配には及びません」

 彼女は首を振る。

「総領の戦闘教義は、あくまで集団が集団であることを前提にしたもの。一人一人の武芸をうんぬんするのではなく、指揮官の命じる通りに動き、静まり、戦列を乱さず、容易には動揺しない。この到達点は適性職によるものではなく、たゆまぬ訓練でたどり着くもの、とうかがっています」

「なるほど。異世界の兵法家の知見は、勉強になりますわ」

「私も正直、驚きましたが、きっとそれでよいのでしょう。総領の戦闘教義はなぜだか疑うところがないと感じます」

「同感ですわ。きっと《兵法家》の根の部分が、それを是としているのでしょうね」

 とうてい若い女性の会話とは思えないやり取りだが、本人たちは結構な勢いで、しきりに盛り上がっていた。


 交渉が決裂した継承会議は、出兵の準備を整え始めた。

 継承会議が自前で持っている軍勢の規模は、大軍と呼ぶには全く足りない。

 そもそも継承会議は権威でもって世界を引っ張る存在。正規軍が小さいのはやむをえないことだった。

 しかし、彼らは自分たちの教義を破壊しようとする者のために、その教義にやむをえず例外を作った。

 集団戦である。

 そして、それを提案したのはあの男。

「シグルド様、急造なれど、この軍は良く動いてくれます。実戦も期待できましょうぞ」

 シグルドだった。

 交渉が決裂したとき、彼は帰り道の空に吼え、平和をついに破ってきた運命を呪い、理不尽なこの世界を痛罵した。

 再び血煙を呼び起こさんとする歴史の流れに、ただ怒り嘆いた。

 だが、さすがにそれだけでは止まらない。

 所与の状況から最善を目指す。彼が講じた策は、軍の再編成と軍事調練。もちろん黄昏国と薄明国を巻き込んでのもの。

 彼は《兵法家》適性を持たない。だから、彼のしている指導が正解かどうかは分からない。外交のほかにおいては、何が最善かも分からない。

 だが、それでも彼は考え続け、試行錯誤を繰り返し、徐々に自分なりの勝利の線、絶望を断ち切る軍法を描いてゆく。

「しかし、これは斬新な発想ですな」

「いや、そうでもない。相手があくまで噂の通りに来るなら、こちらは正反対のやり方で応じるまで」

 それが正解かどうかは、自分には分からないが。

 理想の戦い方を彼は知らない。しかし、前に進む心、少しでも理想に現実を近づけようとする魂を持っているつもりだ。

 今は無理でも、戦いに勝てば、いつか和睦ができると信じる。

 総領、だけでなく《兵法家》とサンペイタの信奉者が共存できる、明るい未来を築くため、いっときの血煙を巻き起こす。

 主義に対する妥協。原則に間隙を作る例外。それが未来を創ると確信して。

 彼は、立ち向かう覚悟を決めた。


 貴樹は同盟各国の王を集めて、戦前会議を開いた。

「始めに申しますと、全ての当事者国が一箇所に集まって決戦をする、という構図にはならないと考えます」

「それは、なぜです?」

 清雅国のマイラが疑問を口にする。

「相手側も国家連合を組んでいるからです。具体的には黄昏国と薄明国ですね。この二国が、地理的に膳東国と窮奇国に相対すると考えます。もっとも……」

 貴樹は地図の中央、継承会議の宮殿を指さす。

「継承会議の本軍は、自前の兵力だけでは少ないですから、そこへ二国とも一部の兵を割いていることでしょう」

「つまり、膳東国と窮奇国が相手にするのは、あくまで黄昏国と薄明国の主力部分に限られるというわけか」

「そう予測されます。一方、我が総領国と清雅国は、継承会議、というか敵の本隊と当たることになります」

 彼は淡々と所見を述べる。

「できれば、膳東国と窮奇国には、敵の連合を打ち破り、その返す刃で本隊に攻めかかっていただきたいところです……が、きっとそこまでの余裕はないかと。ひとまず我々が本隊を打ち破るまで持ちこたえていただければ、それで目的は達せられます」

「何をおっしゃる。わしらは必ずや敵の連合を叩き潰してみせますぞ」

 と、膳東国の王。

「その心意気は非常にありがたいですが、無茶はくれぐれもお控えください。万一、敗走ということになれば、敵に背後を突かれる事態にもなりかねません」

「むむ」

「それから、敵軍はどうやら、独特の戦法を使おうとしているようです」

「独特の?」

「はい。詳しくご説明しますと……」

 彼は戦場を思い描いた。


 軍議は尽くされ、口を湿らせる茶は飲み干された。

 それぞれの軍が、それぞれの戦場へ向かって進軍する。

 多国籍軍による戦いへ。二百年の眠りを覚ます、久方ぶりの広域的な戦争。

 その勝敗を読める者は、異世界の軍学を身につけている貴樹を含めてさえ、いまだこの段階ではどこにもありはしなかった。


 アンガスとギルバート。総領同盟が頼りとする、人生経験を豊富に積んだ賢者と、若くしてその賢者と並び称される俊英である。

 その二人は、貴樹の命により布かれた陣の意味を理解していた。……あくまで「とりあえずは」だが。

「敵の戦法に対抗するのが、この陣なのか」

「むむ、確かに堅そうな陣形ではあるが、相手の戦法を迎え撃てるのかどうか、どうも実感が湧かん。戦いにひとたび突入すれば、また分かるものだろうがな」

 アンガスは白いあごひげをなぜる。

 総領軍は清雅国軍とともに、峡谷の出口に着陣した。そしてこのような、二人の才人が奇妙だと感じる陣形を敷いたのである。

 それだけではない。

「さらにここに、柵と空堀、土塁、鉄の板塀で設備を普請するのか」

「それでもって城砦を立てるわけではあらぬのだったな」

 陣を敷くというより、防御陣を築造する。

 こちらから積極的に攻めていくのではないのか、という疑問が浮かぶ。

 確かに戦場は国境付近であり、どちらが攻め手で、どちらが守勢かには確たる答えはない。しかし、単に守りを固めるだけではにらみ合いに終始するのではないか。城砦を建ててじっくり争うのではないとしたら、なおさらである。

 二人はそのような疑念を抱いているようだ。

 もっとも、それで主君を疑う二人ではない。

「まずは総領の仰せの通りにしようぞ」

「そうですな。きっと凡人には分からない考えがあることでしょうな」

 主君だから、だけではない。

 貴樹の積み重ねてきた実績、この世界の人間にとっては新鮮でかつ切れの良い思考、そして二百年の停滞のない世界で培ってきたであろう知識。

 その全てが、貴樹の信頼性を支え、家臣たちをひたむきにさせる。

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