◎第19話・継承会議からの交渉

◎第19話・継承会議からの交渉


 二枚舌国王の領地を出て、開口一番。

「あまりあてにできないな」

「同感です。ちょっと脅しただけでああも手のひら返しをするとは」

 計略を交えたとはいえ、継承会議に刃を向ける確固たる動機がある膳東国。

 少なくとも国王マイラが、その権勢をもってはっきりと宣言し、戦意を固めた清雅国。

 この二国に比べ、説得に対し詭弁で逃げ続け、脅しを受けたらすぐに屈した窮奇国は。

「すぐに裏切るかもしれません」

「むむ、しかし彼らには『あらゆる差別をしない』という建前がある。今後、継承会議から圧力を受けても、一度その建前に向き合う意思を表明した以上、翻意はしない、というかできないのではないか」

「ですが、彼らは二枚舌をいとわない連中ですよ」

「これ以上ふらふら翻意を続ければ、国自体の信用が失墜する。さすがにそのあたりは、彼らも心得ているはず。それに」

 彼は続ける。

「実際、彼らは、継承会議に背くという決断が怖かったという面もあったんじゃないか?」

「怖かった?」

「俺たちは当事者だから、その辺、よく分からないだろう。だが周りからすれば、旧来の権威に刃を向けるというのは、結構なためらいを持つことではないかな」

「ならなおさら、翻意の危険が」

「いや、そういう意味ではない。……一度その線を踏み越えた以上、もう権威側には戻らないだろう。手のひらを回し続けるのも限界がある」

「そういうものでしょうか」

「そうに違いない。推測でしかないが、そもそも物事に推測は避けられない」

 彼はまじめくさって断言する。

「それならいいのですが」

「一応、念のため監視の間者を送り込むんだ。あとはそれで充分」

 馬車はガタガタいいながら、道を駆けてゆく。


 その後、彼らは一度、総領国の居城へ戻った。

「さて、当初の予定はそこそこ上手くいったんだが」

「間者の報告によりますと、継承会議も工作を進めた様子ですわ」

 留守居役のサファイアが述べた。

「どこか、少しでも味方につけられそうな国は……」

「おそらく、もうございませんわ。継承会議は黄昏国、薄明国を完全に従わせており、ほかは遠く離れすぎて巻き込むのに無意味の国になります」

「相手もこの時間を使って、外交をしていたわけだ」

「おっしゃる通りでしてよ」

 なおも貴樹は考える。

「黄昏国と薄明国の寝返りは」

「期待できないと存じます」

 答えたのはフィーネ。

「報告によれば、彼らは政略結婚で縁戚関係まで固めています。あの二国は説得だけで旗を翻す段階にはないと考えます」

「それはきついな」

「もう戦いの準備を進める局面ですわ。同盟関係の手札を嘆いている時は過ぎましてよ」

「その通りだ。決戦の準備に入る。さしあたって、同盟国には軍略的な技術の共有をさせなければならないな」

 一騎討ちのプロトコルを素早く払拭し、同盟各国には集団戦を教えなければならない。それこそが総領国側の優位点である以上、出し惜しみやら独占はできない。

 継承会議も今までの総領国の戦歴から、技術を見て盗み出すおそれがあるとすれば、なおさらのことであろう。

 継承会議が石頭で、あくまでもサンペイタ・プロトコルを保って戦いを挑んでくるなら、むしろ負ける方が難しい合戦となろう。しかし現実にはそうはならない予感がある。

「よし、細かな計画に入ろう。アンガス、ギルバート、何か意見はないか」

 彼は発言を促した。


 継承会議では、シグルドが各国への工作を続けながら、同時に総領国へ和平交渉をしようとしていた。

「私は総領国側と友好条約を結ぶべきと考えます」

 会議の中、幹部たちにざわめきが起こる。

「なんと無道な……!」

「サンペイタ導師の教えをこうもたやすく……」

「だいたい、シグルド殿は戦のための対外工作をしているではないか」

 そのざわめきを彼は静めようとする。

「落ち着いてください。冷静に考えて、兵法家の国と戦って勝つほうが無茶ではありませんか、私は少なくともそう考えます」

「サンペイタ導師は二百年前に戦って勝ったぞ!」

「今回は相手が相手です、貴樹は異世界の、得体の知れない知見を持っており、この世界の並の兵法家と同列には扱えません。そしてもう一つ……導師は《兵法家》適性も持っていました。公然の事実です」

 即座に反論が飛ぶ。

「導師の志を継ぐ、勇壮なる継承会議が、《兵法家》ごときにひざを屈するのか!」

「導師が《兵法家》適性を持っていたのはやむをえないこと、そのおかげで導師は志を果たせたのだ、それをあげつらうほうが不心得というもの!」

「そういう話ではありません!」

 シグルドも一歩も引かない。

「ひざを屈するのではありません。《兵法家》の世界と、その他の世界、この棲み分けを図るのです」

 総領および総領に同調する元首が率いる国と、サンペイタの教えが形成する領国群。これらをお互いに不可侵とする。

 世界の過半でサンペイタの教えを維持し、一方で《兵法家》に対する最大限の尊重と安らかな生活を、総領の領域のみならず、「こちら側」の区域でも保障する。

「職適性への敬意による尊厳と、不可侵の原則、そして彼らへの福利を可能な限り図る。この度合いまで譲歩すべきです。それほどまでに二百年の歴史は、重い。彼らの受け続けてきた迫害の長さ、大きさは、これほどにも匹敵すると愚考します」

 当然だが異論が出る。

「その歴史というのは、元をたどれば《兵法家》ども自身の暴挙から始まったものだ。配慮する必要などどこにもない」

「譲歩が過ぎる。こちら側にも、教えを世界中に確立するまでの、サンペイタ導師の苦難と流れた血の重みがある。それを思えば、《兵法家》を甘やかしてやる理由などない」

 ――物分かりの悪い人たちだ。無謀にも、総領軍と戦って勝てると思っているようだ。教えとやらは、人の眼も曇らせるものなのか?

 シグルドがさらなる反論をしようとしたそのとき、議長が口を開いた。

「わしは、試みとしては異議を唱えない。血煙なしに済むなら、シグルドに交渉を任せてみようと思う」

「議長……!」

「し、しかし」

 あからさまに動揺する面々に、議長は続ける。

「和睦が相成る確率は低い。間違いなく低い。しかし、それでもやる価値は多少なりともある。……そもそもサンペイタ導師が目指したのは、流血の最も少ない未来。とすれば、手を取り合う試みをするのも、決して導師の教えには反しないのではないかね」

「議長……ありがとうございます」

「ただし、交渉が決裂したら、これはもはや、戦うしかない。そのときにはシグルドにも、有無を言わさず戦に従事してもらう。それでもよいな?」

「もちろんです。私も、決裂したら戦うしかないことは心得ております」

「よろしい」

 議長は微笑を浮かべた。

「異議がなければ、シグルドに友好条約の交渉を命ずる」

「御意」

 交渉へ赴く勇者は、敢然と運命に立ち向かう。


 彼が総領国の謁見の間へたどり着くと、諸将がざわめく。

 事前に連絡の使者は送った。日程の調整もした。

 だが、それでも正式な使者がやってきたとあらば、やはりざわめかずにはいられないのだろう。シグルド自身も、仮に貴樹やフィーネが継承会議側に乗り込んできたら、その心は穏やかにはならないだろう。

 しかれど、シグルドはそれだけで交渉をあきらめる男ではない。

「この度、我らが継承会議と総領国の間での、友好条約の交渉に参りました、シグルドと申します。ご尊顔を拝し光栄にございます」

 聞くと、貴樹は苦々しい表情。

 交渉に応じたのは、和睦に乗り気だからではなく、戦う前に交渉を試みたという体裁を取り繕いたいからだろう。

 しかし、それでよい。

 その少し、ほんの少しの思惑から、突破口を切り開く。

「で、どういう条件だ?」

 シグルドは自分の出す互譲の条件を、つぶさに説明した。

「《兵法家》の自治に任せる領域を確保した上で、その外の《兵法家》たちにも最大にして最善の配慮と尊厳を確保します。ここまでの譲歩は相当なものだと考えますが、皆様方はいかがでしょうか」

 しかし。

「あくまでもサンペイタの教え自体は残すつもりか」

「はい。《兵法家》の領域の外では、今まで通り導師の教えに従った政を維持するつもりです。もっとも、繰り返しになりますが、外の《兵法家》にも最大限の敬意を払うつもりです」

「論外だな」

 貴樹は切って捨てる。

「夢物語だ。実際には形ばかりの建前にしかならない。間違いなく迫害は続く」


 いわく。

 継承会議にとって兵法家は、プロトコル――導師の教えを脅かす敵。仮に貴樹の教育政策による方向転換に成功したとしても、継承会議や保守派はそれを頑として認めないだろう。

 プロトコルを捨てない限り、《兵法家》迫害の動機、理由は残り続ける。それが幻影だとしても、二百年分の重みのある幻影は、人々を惑わし続ける。

 兵法家側も大半は、プロトコルこそが迫害の根源と考えている。その完全撤廃なくして、継承会議への敵意の緩和もありえない。

 双方にとって、この和睦条件、しょせんはその場しのぎに過ぎない。

 最大限の尊厳の保障?

 ただの口先だけで、何の意味もない取り決めではないか!


 貴樹は憤激しながら言う。

「だいたい《兵法家》の尊厳が保障されるのは当然のことだ。今まで踏みにじられてきたのが異常だったんだ。その当たり前のことを譲歩などと、自然に口にできるお前は、いったいどれだけ上から物を言っているんだ!」

「そんな……そんなことは」

「サンペイタの身勝手な私怨を受け継いで、それを世界中に広め定着させる、貴様らはただの悪魔の集まりでしかない!」

 貴樹はずいと指さす。

「大切な人間が、迫害で殺される悲しみを当然として、それを防ぐことを『譲歩してやる』などと、よくも言えたものだな、盗人猛々しいというのだ!」

「そうではありません、言い方が悪かったならお詫びします」

「言い方ではなくものの見方。我々が望むのはサンペイタ主義の完全廃止。それがなくば交渉の意味はない。さっさとお帰り願おう!」

 彼はシグルドに斬りかからんばかりの勢いで、怒声をもって追い散らした。

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