◎第17話・各々の考え

◎第17話・各々の考え


 貴樹が救援の態勢を整えているころ。

「はあ、はあ、はあ」

 肩で息をするタイロン。村人のうち、二十数名は倒しただろうか。

「ここまで手こずるとはな。もはや申し開きもできぬほどの大罪人、タイロンよ」

「……これは、正義の戦いぞ。罪どころか、総領も、喜ばれるであろう」

 絶え絶えながら答える。

「導師サンペイタは天上からすぐに罰を下すであろう」

「ただの歪んだ政治屋に何ができる?」

 劣勢でもなお煽る。

「天上から罰? 笑わせるな。やつこそ悪魔の化身であろう。さしずめ貴様らは悪魔崇拝者といったところか」

「……なんと不遜な、この不心得者め!」

 残った村人たちが武器を構える。

「もはややつも限界のはずだ、一斉にかかれ!」

 命のきらめきが、闇の中にぶつかり合う!


 やがて、充分な数の救援を引き連れて総領は戻ってきた。

「タイロン、救援が到着したぞ!」

 しかし、彼らが見たものは、村の表門に吊るされた彼の姿だった。

「……タイロン……!」

「ハハハ、遅かったなクソガキ!」

 出納役が勝ち誇った表情をすると、村長が引き継いで答える。

「貴樹よ、そこの男は許されぬことをした。だからカイルの痛みを味わわせてやった」

「……なんということを……!」

「先にカイルを殺したのはこの男だ。どこの国も、人殺しには相応の刑罰があるものであろう。違うか?」

「防衛のため、やむをえずだ、そこを考慮しない法がどこにあるんだ!」

「カイルは信望があり、この村に新しい風を吹き起こすであろう人間だった。それこそサンペイタ主義を変えるような」

「それがどうした、いくら理念を吐いたところで、やったことは暴漢のそれと同じでしかないじゃないか!」

 そこで衛生兵から耳打ちが入った。

「総領閣下、タイロン殿に反応が見られました。まだ生きていらっしゃいます。すぐに捕縛を解いて救助すべきかと」

「……そうか、そうしてくれ」

「御意」

 しかし彼の怒りは収まらない。鋭い眼光で村長を捉える。

 村長が続ける。

「貴殿らも理念ばかり吐いて、実際には謀反と、あの忌まわしい血煙の呼び返ししかしていないではないかね!」

「同じにするなゴミクズ。俺たちはきちんと理想に向かって歩もうとしている。カイルとやらのただの狼藉とは違う!」

 彼は怒気をはらんだまま、大声で号令する。

「話にならない。……村を包囲しろ。伝令はさらなる救援を呼べ」

「御意。つまりこれは」

「ああ」

 彼は村長を凄絶な表情で見すえつつ言った。

「この村をこの世から消し去る」


 その日、この村では、流血が畑の畝を満たし、浄化の炎が古びた民家を焼き尽くした。

 老若男女をなで斬りにし、村長、出納役ほか役職付きの村民は、厳重に捕縛した上で貴樹が直々に首を落とした。妊婦、幼児、病人、カイルを慕っていた悪童、彼らもその別に関係なく、平等かつ公平に、その生命活動に終止符を打たれた。

 生き残りは一人もいない。全て堅牢な包囲のもと、義憤に燃える貴樹の命を受けた将兵が、一人たりとも違背することなく、その怒りまで共有し実行した。

 弔いの刃と火が燃え盛った。


 翌朝。

 燃えて原形をとどめない家。判別のできない遺骸。

 その中で、貴樹は馳せ参じたフィーネに宣言する。

「フィーネ」

「はい」

「継承会議は敵だ」

「その通りです」

「継承会議がいなければ、《兵法家》への冷遇はなく、タイロンは苛酷な暴行を受けずに済んだ」

 なおタイロンは、衛生兵に回収、軍医に引き渡され、治療の甲斐あって一命を取り留めた。

 しかし、助かったから良いという問題ではない。実際、彼は安静を医師から指示されており、まだ戦いや政治に出られる状態ではない。

「まさにその通りです。叔父のことは私も残念に思います」

 実際、彼女も少なからず、親戚たる重臣の重傷に衝撃を受けているようであった。

「俺は必ず、継承会議を倒す。その幹部の首を、ことごとく世界中の《兵法家》たちに捧げる」

「御意。叔父の悲願でもありますので」

「世界への不服の申立ては、この村の生命だけでは足りない。世界を変え、社会から理不尽を取り除き……そして諸悪の根源の継承会議を葬り去って、はじめて世界への不服の申立ては完遂される」

 この果てしない戦いは、ただのタイロンの敵討ちではない。《兵法家》を救済するという志による戦いであり、決して徒労には該当しないと彼は信ずる。

「そうだ、この怒りこそが《兵法家》たちを突き動かすんだろう。俺はいま、ようやく理解したよ。痛いほど、悲しいほどに理解した。俺は『俺の意思』、ほかならぬ自分の意思で、この戦いに参加する」

 本当の戦いは、ここに始まったばかりだった。


 一方、フィーネは何を思っていたか。

 叔父の重傷が気遣われるのは本当だった。

 世話になった親戚であり、悲願を共有する貴重な古参の仲間でもあったのだから、悲しくないわけがない。

 しかし、彼女の《兵法家》としての、あるいは謀略を考える脳の一部は、このようにも考えていた。

 これは好機。総領国が勢いを増す絶好の機会だ、と。

 この機に継承会議への嫌悪を、うまく矛先を調整して将兵全体で共有、再確認し、怨敵への殲滅戦に向かうべきだろう。

 さすがに国内の元保守派も動揺しているだろうから、改めて終着点の印象を共有するよう働きかけるのもよいかもしれない。

 好機は逃げないうちにつかまないとならない。この時機を逃せば運命は遠ざかる。

 もっとも、外交のための諸国巡りはまだ続く。ここは、国内はサファイアに任せるべきであろう。彼女の手腕と忠誠は、留守の仕事中に見てきた限り、フィーネは充分に保証できると感じた。

 あとでサファイアに言い聞かせ、自分がタイロンの代わりに貴樹の旅に随行する。

 計画は完璧だ。

「総領、お話があります」

 彼女は貴樹に声を掛けた。


 他方、継承会議のシグルドは、毎度のごとく頭を抱えた。

 とうとう貴樹の復讐心に火をつけてしまった。辺境の村長といい、出納役、無頼のカイルといい、件の村にまともな人間はいなかったのか、と彼は嘆く。

 いや、きっといなかったのだろう。まともな判断力で流れを止めようとした村人は、おそらく一人もいなかった。だからタイロンは痛めつけられた。

 これでは、虐殺されても仕方がないではないか。

 実際、総領国側は、この虐殺に疑問を抱かない人間が多いという。それだけではなく、他国の一部でも、これはさすがに仕方がないという声があるらしい。

 問題は戦意を容認し報復に駆り立てる空気だ。非常にまずい。

 総領本人も、どうやら戦いの意思を改めて固めたようだ。

 貴樹と継承会議の決戦の流れは、タイロンの一件により、もはやほぼ確定したのだろう。そうでなくとも情勢は合戦へ流れてはいたが、最後の引き金を引いた感がある。

 カイルとかいうチンピラは限りなく愚かなことをした。取り返しがつかない。

「戦うしかないのか……」

 彼はひとりごちた。

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