◎第16話・襲撃

◎第16話・襲撃


 これは、貴樹が後から聞いた話。

 タイロンは宴の夜、「用を足してくる」と称して、建物の外に出た。

 用を足すためではない。殺気を感じたからだ。

 物陰に行くと、案の定、三人の若者がぬっと出てきた。

「おい、そこのおっさん」

「なんだね?」

 タイロンは慎重に、気取られぬように絶好の場所を取る。

「有り金を全て置いていきな。でないと……」

 リーダー格の若者が、剣を虚空に振った。

「息の根を止めさせてもらうぜ」

「それは、サンペイタの名にかけてか?」

「その通り。腑抜けたやつらに、サンペイタ主義の健在を示すのさ」

 一人を複数で囲む男の、どこがサンペイタ主義者だというのか。

 あくまでも一騎討ちを三度、連続で行うならかろうじて範囲内だが、相手には明らかにそのようなつもりなど見えない。

 プロトコルを守る気が全くない暴漢。対してタイロン。

「ひ、ひいぃ」

 彼はその場にしりもちをつき、情けない声を上げた。

「あわわ、あわわ」

「くく、相当怖がっているぜ。それでも総領の重臣様なのか? ハハハ!」

 嘲笑。

「お、お願いだ、ちょっと後ろを向いていてくれないか」

「は?」

「も、漏れる、それを見られるのだけは恥だ、頼む」

 必死の懇願に、暴漢たちは哄笑する。

「ハハハ、仕方がねえなあ、なっさけないおっさんだな!」

 暴漢たちが背を見せた刹那。

 闇の帳に、一筋の閃光が走った。

「えっ……」

 ダン、という音とともに、短剣がリーダー格の後頭部に突き刺さった。

 もちろん即死。その場で直ちに事切れた。

「な、な、なんだと」

「おい若造ども。わしは仮にも『総領の重臣』だ。この程度の恐怖に屈するタマだと思っているのかね」

 そのまま無造作にもう一打ち、投げた。

 あやまたず二人目の心臓を直撃。

「ぐえっ」

 あっという間に形勢は逆転した。

「手傷すら負っていない敵に、背を向ける馬鹿がどこにいるのだ。修業が足らんな」

「ぐぐ……貴様の適性に、武人系のものはなかったはずだ、どうしたんだ!」

 タイロンは不敵に笑う。

「適性判断が不十分なだけだ。ありゃあ各職の総合力を重視しすぎだ、個別の力が判定から漏れうる、なんぞよく言われる話なんだがな」

 つまり、タイロンは《武芸者》とは判定されていないが、短剣術や投剣の心得があるということだ。

「さてクソガキ。用意はできたか?」

「助けてくれ、なんでもする用意はできている」

「そうじゃない」

 彼は残念そうに首を振った。

「地獄へ行く用意だ」


 その後、暴漢の死体は発見され、タイロンは貴樹と村長にいきさつを話した。

 村長は口数少なく、淡々と処理した。

 どこか薄気味悪い反応であった。


 これも、後から聞いた話。

 村長は秘密会議の場で、静かに涙を流した。

「あのカイルが、やつらに殺されたんだ……」

 実は暴漢のリーダーは、村長の甥であり、いたく目をかけられていた人間だった。

 いわゆる不良ではあるものの、子どものいない村長にとっては息子代わりの存在であった。また、サンペイタ主義に過度に縛られない自由さも村長にとっては新鮮に感じられていた。

 村長自身はむしろサンペイタ・プロトコルの賛同者だが、かわいい息子の特異さは、得てしてプラスに見えるものである。

 そして。

「彼の死を悼む悪童たちも多いようです」

 出納役が沈んだ顔になりながらも報告する。

 カイルには人望もあった。善か悪かでいえば悪だが、人徳というものは悪の人間にも、素質があれば当たり前のように宿る。

 逆に、善人、というか正義に殉じる者であっても人望の無い人間など山ほどいるし、本人が善のつもりでも多くの嫌悪を集める人もまた、歴史、身の回り双方においてよくみられる。世界は不条理である。

 ともあれ、彼の死去を悲しむ――つまり下手人であるタイロンや貴樹を憎み恨む者も、この村には多かった。

「……敵討ちをする」

 村長は一言、はっきりとかつ強い語気で断言した。

「その言葉、待っておりました」

「もとより、サンペイタ導師の教えを打ち破るなどという不遜な愚か者は、ろくな政事もしないに違いありません。始末したほうが村と世界のためでしょうぞ」

 次々と賛同の声。

「その通り。よくぞ言ってくれた。これは敵討ちであり、かつサンペイタ導師の教えを貫くための、聖なる執行だ。……班長たちを呼んでくれ。策戦を立てる」


 数日後の夜、来客用の棟で寝ていた男二人。

 先に起きたのはタイロン。

「総領、総領!」

「……んう? どうした」

 寝ぼけ眼の貴樹に、冷静かつはっきりと告げる。

「敵意を感じました。この建物の周りを、ぐるりと敵が取り囲んでおりまする」

「敵が? 村人なのか?」

「どうもその通り。どういうわけか我らを殺す気でございます。その気配を強く感じます」

 貴樹はある考えに至る。

「やっぱり、この村と親交を深めるのは無理だったか」

「のん気に構えている場合ではございませぬ。わしが突破口を切り拓きまするゆえ、総領は後ろからついてきてくだされ」

 家臣の後ろをついていく君主というのも、情けなくはあるが、しかしやむをえない。

「分かった。行こう」

 貴樹は、あまり役に立たないと知りつつ、己の剣を取った。


 二人を見て、村の出納役がわめく。

「出てきたか罪人ども!」

「罪人?」

「カイルを殺した罪だ!」

 当然だが、貴樹はその話を事前に、当事者タイロンから聞いていた。

 だがしかし、だからこそ納得がいかない。

「何をわけの分からないことを。襲ってくるほうが悪いのではないか。タイロンは反撃をしただけだぞ」

「悪びれもせずにこれだ!」

 出納役はなおも激する。

「知っての通り、この村はサンペイタゆかりの地だ。そこで天に唾する連中が、飽き足らず村人をいともたやすく屠り去る。これが狼藉でないというなら何というのだ!」

 なにを言っているんだこいつ……と貴樹は思ったが、いずれにしても説得の通じる状況ではなさそうだ。

「総領、東の設営までお逃げください。そこからフィーネに伝令を飛ばし、救援を呼んでくだされ。わしは殿軍をいたしますゆえ」

 彼は短剣を構える。

「つまり、一人で残るのか?」

「ご名答」

「無茶だ、タイロン、お前は武芸者でもなんでもないんだぞ!」

「議論している暇はない、お行きなされ総領、あなたは死んではならない人間です!」

「しかし……!」

「わしも簡単に死ぬつもりはないゆえ、救援まで耐えてみせましょうぞ。さあ行きなされ、行くのだ!」

「タイロン……」

 村人たちが包囲の輪を徐々に狭めていく。

「分かった。すまない、少しでいいから食い止めて、そのあとは逃げてくれ!」

「承知!」

「本当に必ず戻ってくる、だから奮戦して生き残れ、一時の辛抱だ、すまない!」

 言うと、タイロンは戦いを始め、わずかな隙間をぬって貴樹は逃走した。

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