◎第15話・不穏な村
◎第15話・不穏な村
理想を朗々と語った彼は、しかし、現実も見ていた。
「なんだかんだ言っても、この時代の枠組みでは、兵法家を活かす道とは、つまり継承会議の言う『血煙』の方策であることも、まあ事実なんだよな……」
帰りの馬車の中で、ぽつり。
それにタイロンが反応する。
「それで構いませぬ。集団戦としての合戦は、いわば必要な犠牲。継承会議のサンペイタ主義を打ち破り、《兵法家》への不条理な差別を打ち払うためには、まさにやむを得ぬこと」
「それは違う」
貴樹は反論する。
「可能な限り戦争は抑制しなければならない。新時代の兵法家には、そうだな……教育によって、むしろ勝算のない戦いを抑える役目を果たさせたい」
「どういうことです?」
「防衛体制の構築と戦争の予防を教え、注力させたい。他国が容易に攻めてこれないような状況を作り出すのも、《兵法家》の役目といえよう」
「それは《政治家》のすべきことではありませぬか」
「戦争自体の素質がない《政治家》では、まあ不十分なこともあるだろう。つまりこの二者が上手く連携すれば、《兵法家》の新しい活路も見えてくるというもの」
なかなか理解されない概念なのだろう。実際、《兵法家》は、この世界の歴史では、戦争屋として生きてきたのだから。
「そうだとしても、ひとまず継承会議を血の海に沈めるまでは、血煙を見るのはやむを得ないものでしょうぞ」
「それはまあ仕方がないな。継承会議は、俺のみる限り、権威を帯びすぎている。その討伐なくしては偏見の排除もありえない」
「そうではありませぬ」
思いがけない反論に、思わず貴樹は聞く。
「どういうことだ」
「継承会議のふざけた……プロトコル、でしたな……のために、死んでいった仲間たちは、まとめてやつらをなで斬りにしない限り、浮かばれませぬ。理不尽な主義とやらで、失意のうちに死に追い込まれた《兵法家》の弔い合戦は、誠実に、かつ義と道理のうちに実行されなければなりませぬ」
弔い合戦。
「死者のために戦争をすることは、あまり合理的ではないと思うが」
「それは失言ですぞ総領。仲間たちの無念を晴らすのは正義と責務の戦い。これをしなければ、臆病者のそしりを免れますまい」
どうやら、やはり意識の違いがあるようだ。
「……まあ、考えておく」
あいまいに言葉を濁した。
その帰り、貴樹のもとに来客、というか相談者が来た。
「総領、フィーネです」
本拠地に残してきた名代だった。
「おお……居城のほうはいいのか」
「名代の名代を立ててまいりました」
彼女はふわりとほほ笑む。
「サファイアあたりか、大丈夫なのか、色々?」
いぶかしむ貴樹にタイロンが答える。
「総領、フィーネは昔からしっかりした者ですゆえ、こやつが信頼したならまず間違いないでしょうぞ」
「そういうものか」
とりあえず納得して、彼は向き直った。
「で、どうしたんだ」
「それが……」
いわく。
総領国の国境近くの村で、物資が不足している。総領直々に補給に向かえば、民心を掌握できることであろう。
ただしその村は特殊な事情がある。
「一言でいいますと、その村はサンペイタに深い縁がある村なのです」
「サンペイタにって、それはまずいのではないか?」
その村は歴史的な理由からサンペイタ主義に多かれ少なかれ傾いており、総領たる貴樹にそれほど強い帰属心を持っていないと、もっぱらの噂。
「だからこそ、総領が補給と慰労に向かうことで、少しでもこちら側に引き込むことができるのではないかと愚考します。ただ……」
「ただ、危険があると」
「危険といえるほど害意があるかどうかは、正直計りかねています。しかし、まあ、あまり安全な場所ではないとはいえましょう」
貴樹は腕組みする。
「安全ではないか。しかしそういった地道な活動も必要な気がする」
そこへタイロンが口をはさむ。
「行きましょう」
「タイロン、しかし」
「多少の危険は踏み越えなければ、得るものも得られませぬ。安全策ばかり採った戦いは、かえって勝ち目が薄くなりますでしょうぞ。ここは大胆に立ち回るべきかと」
強い口調で、頼れる家臣は言う。
「……それもそうだが、ううむ」
「私は、総領が危険に飛び込むのはあまり好ましくはないと思っていますが……しかるに、この状況が総領の善政を広く知らしめる好機であるのは間違いないでしょうね。難しいです」
「難しくはないぞフィーネ。こう見えてもわしは武芸もそれなりにできるほうだ。《武芸者》の適性こそ無いが、賊の返り討ちぐらいはできる自信があるぞ」
「ですが……」
「いや、行こう、その村に」
貴樹の決断。
「危険はいつも隣りあわせだ。多少増えたところでどうでもない。タイロンは戦闘ができるようだし、俺も戦闘が起きないように、かつ起きても、戦って倒す以外の方法ですぐに終了させられるように、努力しよう。ちょうど《論客》の職適性もあるから、そういうこともできなくもないだろう」
「総領……私は心配です」
「その気持ちはわかる。だけど俺にもやらなければならないときはある」
強く言うと、やがてフィーネは息をついた。
「分かりました。くれぐれもお気を付けください」
「ああ。行ってくる。……まずはその前に補給線の手配だな」
言うと、フィーネは持参した地図を広げた。
フィーネは作戦会議を終えると、「では補給の手配をします」と言って、居城に戻っていった。いつまでも「名代の名代」を置いているわけにもいかないので、仕方がない。
貴樹とタイロンがさっそく村に入る。
「……空気が……」
空気が、どこか淀んでいる。
それが物理的な空気なのか、風土性というべきものなのか、はたまた両方なのか、貴樹には判断がつきかねた。だが、おそらくは両方だろう。
物理的に空気が淀んでいるからこそ、歪んだ風土性が生まれた。……そこまで言えるのは、ひとえに結果論に過ぎないが。
ともかく、二人は村長と面会した。
「よくいらしてくださいました」
言葉は丁寧で、笑顔に見えるが、目は笑っていない。
「ささやかですが馳走を用意しましたゆえ、召し上がってくだされ」
物資不足の中の「馳走」だから、あまり期待はできないだろう。
二人は丁重に礼を言って宴席についた。
宴席の中。
貴樹は未成年のため、酒を回避している。異世界では関係がないのかもしれないが、その辺は彼の律儀さというべきであろう。
もちろんそれだけではない。交渉の場で、しかも敵地になりそうな場所とあっては、簡単に酔っ払うわけにもいかないのだ。
なお、タイロンもちびちびとしか飲まない。彼は決して下戸ではない。きっと貴樹と同じ思考に至ったのだろう。
「この村は……物資が足りていないと聞く。つらい中、本当にご苦労であった。だが安心してほしい、補給物資はすぐ届く。迷惑をかけたな」
彼は励ましと謝罪の言葉を話した。
すると村長は。
「いやいや、物資が足りないのも、きっと我が村が、時代に合わず、サンペイタを尊ぶ人間をまだ抱えているからに違いないのです」
直球の物言い。貴樹は食器を取り落としそうになった。
「……やはり、サンペイタの影響が」
「うむ、残っております」
村長は残念そうな色をにじませる。
「この村は、かつてサンペイタが連戦に次ぐ連戦の休息によく利用した、という話が残っておりましてな、それで彼に尊敬の心を持ってしまう者が少なからずいるのですよ」
「なるほど」
きっとその休息の際にも、サンペイタは「教化」を欠かさなかったのだろう。歴史に残るほどの名政治家であれば、きっとそのぐらいはする。
「村人の中にも、正直、総領のご来訪を」
「よく思わないものがいる、ということか」
「その通りです」
これは大変な敵地だ。彼は思った。
だが、逃げるわけにもいかない。民心の掌握が任務なのだから。
「ただ、村の代表としてわしは歓迎しますぞ。どうぞ、肉でも果実でも食べてくだされ」
村長は形ばかりの笑顔で促した。
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