◎第14話・演説
◎第14話・演説
城に帰ると、彼はフィーネに報告した。二人きりの場である。
「おお、それは良かったです。総領、お疲れさまでした」
「うん、まあ……」
経緯を聞いてなお、本当になんの屈託もなく笑うフィーネを見て、むしろ彼は一種の恐怖を感じた。
「どうなさいました?」
顔をのぞき込む、美しき腹心。
「あの……なんとも思わないのか?」
「どういうことでしょう? 私は同盟が成って、とてもうれしいですよ?」
本心から分からないようだった。
「いや、この計略で国王を、その、欺いたことに」
言うと、彼女は微笑を浮かべた。
「……ああ、気に病んでいらっしゃるのですか。総領はとてもまじめな方ですね」
言われて気づいたようだった。言われても気づかなかったら大いに問題だが。
そして、彼女は彼を優しく抱きしめた。
「総領は人を尊重されるのですね。それは美徳の一つなのでしょう。ただ、これからもこたびのような、尊厳を傷つけざるをえないことは大いにあることでしょう」
「我慢か」
「いいえ」
彼女はしっかりした声音で言った。
「私が受け止めて差し上げます。なんでも言ってくだされば、私があなたと、この世のままならなさを分かち合いましょう。半分こというものです」
彼は、服越しに彼女の心音とぬくもりを感じた。
「だから、そんなに悲しい顔をなさらないでください。私はいつも、あなたの心の安らぎを望んでおります」
心が落ち着く。
「フィーネ……」
「これだけは忘れないでください。私はいつも、あなたを思っております」
その温かさは、永遠であるかのように彼には感じられた。
次の目標は清雅国。
どういう国かというと。
「適性職の無い者たちの国ですな」
タイロンが馬車の中で話す。
「そういう人間も、《兵法家》ほどではないにしろ、社会で冷遇されてきた。そうだったな、タイロン?」
つまり、手を取り合える可能性が高いということだ。
だがタイロンは渋い顔。
「無適性の将兵が、果たして戦力になるのかどうか、わしはあまりそうは思えませぬ」
「……集団戦は個人戦ではない」
「それはそうでしょうとも。それが何か?」
忠臣が問い返すと、総領が答える。
「つまり、一人一人が天性の技術に長けている必要はない。あくまでも集団として統率がとれて、命令通りに整然と行動して士気を維持できれば、それはよい軍隊だ。そしてそれらは訓練で身につくもの」
「しかし総領」
タイロンはまだ納得しない様子。
「彼らは《突撃兵》や《守兵》といった兵士的な適性職も持っていないのですぞ」
「多少持っていたところで、集団戦に適合できる条件と訓練の方向性は変わらない」
「それに、前も言いました通り、適性職がないということは、何かの分野で職業倫理に欠けているおそれがあります」
「それが将兵としてのものかもしれない、と?」
「まさにその通り!」
タイロンは熱弁する。
「職業倫理に欠ける将兵が、統率性などを訓練で身につけられるとは思えませぬ」
「むむ。……あくまでも『おそれがある』だけで、全体としてはおそらく少数派だろう」
「しかし!」
「タイロンよ」
貴樹は穏やかに諭す。
「お前は《兵法家》の復権に目を向けすぎている。その適性がない人間を軽んじるのでは、差別を再生産することになってしまう。それでは継承会議と同じだ」
「むむむ」
「それに、手を組める勢力とはなるべく連合したい。同じ冷や飯食らいの境遇なら、きっと同盟に承諾してくれるに違いない」
言うと、タイロンは巨体をしょんぼり縮めた。
「それは、そうですが……」
「まあ落ち込むな。今はできることを着実にやっていこう」
指導者として板についてきた物言いで、彼は古参の将をなだめた。
だが、やはり清雅国は一筋縄ではいかなかった。
女王マイラに面会し、同盟を結びたい意を話すと、国王はその場で家臣に諮問した。
貴樹やタイロンがいるその場で、である。
「意見を募りたい。遠慮なく申せ」
すると、本当に遠慮のない意見が飛び交った。
「無適性のほうが、《兵法家》よりは上等です!」
「戦争と流血を好む人間を受け入れる道理は無いと思いまする」
「《兵法家》は負の烙印であり、それがない我々は少なくとも負の価値がついていない。矜持を持ちましょう」
ひどい言いようだった。
マイラはその美しい顔を曇らせた。
「貴樹殿、我が国としてはこのような状況で……」
かすかに、彼女自身としては同盟を結びたい気配を感じた。もしかしたら、継承会議が先に工作を仕掛けているのかもしれない。
ここは説得を試みるべき場面だ。貴樹はそう判断した。
「皆さん。あなた方はとんでもない思い違いをしている。……適性職で人間の上下などない。これは我々の一貫した思想だ」
考えてもみてほしい。《大工》と《商人》の適性職をそれぞれ持つ二人がいたとして、その格に上下をつける人がどこにいようか。大工は大工であり、商人は商人だ。単に個性や傾向が違うだけだ。
無適性と《兵法家》も同じこと。
ご存じの通り、職適性の判断構造は決して完全ではない。適性に関する複数の判断軸のうち、一つまたは少数の力が部分的に欠けていたり、職業倫理が水準を満たさないだけでも、適性無しと判断される。
つまり無適性は、得意不得意が適性判断に表れていないだけで、決してなんの得意分野もないわけではないと考える。
「ならば《兵法家》より我々が優れているとお認めになるのだな!」
そうではない。話を聞いてほしい。
……さて一方、《兵法家》が兵学に優れ、集団戦の活路を開く存在であることは間違いない。それは我々の戦績から明らかであると考える。
とすれば、無適性の国は《兵法家》の国から軍略による支援を受け、我々は清雅国から、適性判断では見えない、未知数の技能による様々な恩恵に与かるのが、両者の突破口だと考えている。
そこには無適性による冷遇も、《兵法家》が呪われた適性だという偏見もない。お互いが利を得て、互いに冷遇を免れるため、ともに継承会議と世にはびこる歪みを打ち破り、筋と道理に貫かれた道を歩みたいと思う。
時代を変えよう。我々は偏見に屈し続け、ゆえなき厄介者扱いを受け続ける、その時期は終わりを迎えようとしている。
ともにこの腐った時代に終止符を打とうではないか!
拍手喝采……は起きなかった。たかが演説ごときで大きな感銘を受けるような純朴な人間は、この場にはいない。
しかし、少しばかり流れは変わったようだ。
「皆の衆」
マイラは凛とした声で呼びかける。
「貴樹殿の言う通りではないかね。我々は偏見によって酷い扱いを受けてきた。その根本にある適性至上主義は、たどっていけば継承会議の作り出したものだ。違うとは言わせぬ」
諸人は静まり返る。
「ならば、《兵法家》の指導者として理想を目指す貴樹殿に、同じくこの偏見を打破するため、我々は協力し、継承会議との戦いに加わるのが筋ではないか」
ひょっとしたら、貴樹の演説をさえぎらずに許したのは、マイラが上手く締めるこの瞬間を導くためではないか。――貴樹への拍手喝采や、彼の論理が単独で場を制するのを期待していたのではなく。
そうだとしたら、きっと彼女は適性職がないとしても、頭の切れる人物ではあるのだろう。彼女自身が、無適性者への「偏見」についての反例であるに違いない。
「まあ、女王陛下がおっしゃるなら……」
「陛下の一存なら、我々も異議は……」
諸将もしぶしぶといった体でうなずく。
「ならばとるべき選択は一つ。貴樹殿、手を取り合って、この腐った時代に決着をつけようではないか。偏見の天下は、もうこの代で終わりにしよう。少しばかり理想に走るのも、また粋であるに違いない!」
「ご英断、感謝いたします」
彼は深々と頭を下げた。
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