◎第13話・謀略の果てに
◎第13話・謀略の果てに
数日後、貴樹は物陰から、王女ミレディとレクトールの会話を聞いた。
「私たち、どうにも噂になっているらしいですね」
「僕たちの燃え上がる感情を、嫌う人でもいるのかな」
そうではない。
と言いたかったが、貴樹は我慢した。
「それが……なんでも、私たちが漏らしてはまずいことを交換し合って、両国の工作を行っているとか」
「なんだそれは!」
レクトールは大きな声を出した。
「お静かになさいませ。この瞬間も誰かが見ているかも」
「しかし、僕は、僕たちは、純粋に恋い慕い合ってここにいるんだ。きみもそのはずだろう。それをそんな、ミレディは悔しくないのかい?」
「もちろん私も口惜しうございます。しかし、口さがない者というのはどこにでもおりますゆえ、どうかお怒りをお納めくださいませ」
「うう……ミレディがそう言うのなら……しかし……」
レクトールはまだ収まらないようだった。
「私たちの愛は本物です。レクトール様、私はあなたをいつもお慕い申しております」
「僕もミレディが愛しい。邪魔者など殴ってしまいたいぐらいに」
二人は激しい抱擁をする。
――この二人を、その紐帯ごと冥府へ送るのは気が引けるが、しかし、そもそも国王の願い、ひいては間接的に兵法家たちの悲願を邪魔しているのはこの二人である。
もっぱら政治的な事情だが、許すわけにはいかない。
貴樹は逢瀬を厳しい目で偵察していた。
さらに一週間後。貴樹が後から偵察より聞いた話。
継承会議の審問官たちが武器を持って集まっていた。
審問官というと、文官というか司法、または事務方のように聞こえるが、この場合はどちらかというと「裁判権のある武官」に近い。その中の憲兵将校のような立場といえばふさわしいだろうか。
「王女ミレディ殿と祭礼官レクトールに、死刑を執行する。糺問状と執行令状はここにある。各々方、用意はいいか」
「準備万端でございます、審問団長」
審問官が武器を高く掲げる。
二人のいる小さな塔を、ぐるりと囲んでいる審問団。
「しかし残念だ、王女も祭礼官も、あれほど証拠が出てきては、もはや討ち入りをせざるをえなくなってしまう」
その証拠の大半は、貴樹らが戦略的に造り出して審問官側に回収させたり、高官と「交渉」して提供させたりしたものである。真か偽かでいえば、もちろん偽に属する。
「皆の者、覚悟を決めよ。この塔にいるのは罪人だ。手続として審問はするが、執行令状は原則として覆してはならない」
「存じております、団長。サンペイタ導師の遺志を継ぐ司法尉様のご判断は、最大限の善を有するものです」
後から聞いた話では、審問の前にこういった「分かり切った説明」をするのは、儀式というか慣習のようなものらしい。
「よし、審問を開始する。踏み込め!」
合図とともに、一斉に審問団がなだれ込んだ。
踏み込まれたミレディとレクトールは、ただ驚くばかり。
「わわっ、なんです?」
「……これは!」
「王女ミレディ殿、祭礼官レクトール、両名へ現場審問を開始する!」
審問とはいっても、審問団が確認した通り、弁明の機会は形式的なものに過ぎない。
「罪状、国家機密法第二十八条、守秘義務のある情報を、正当な理由なく、国家を害すると知って他人に漏らし、又は漏らすよう働きかけたこと!」
「なんと……!」
審問団長の告げた罪名に、レクトールは憤慨する。
「そんなこと、していません! 僕はただミレディと愛し合っていただけで」
「証拠はそろっているのだぞ!」
言って、審問団長は「つかまされたもの」を並べ立てる。
「管理掌グランダの証言、書記官エブリストの走り書き、立ち入り制限箇所に落ちていた被告人の筆記具……他にも証拠は山ほどあるが、全て開示するか?」
「そんな、全部覚えがありません!」
「私もレクトール様も、誓ってそのようなことはしていません!」
しかし彼は聞く耳を持たない。
「その否認は証明力を持たないと判断する。参加審問官の意見を聞きたい」
「同旨です!」
「同旨!」
次々に賛同の意を示す審問官たち。
「よろしい。では司法尉様のお達しの通り、死刑を執行するが、異議は?」
「異議無し!」
「異議無し!」
彼はニヤリと笑う。
「そんな馬鹿な、こんなの濡れ衣です、僕たちは――」
「では刑を執行する。代表して私が誅殺の剣を執る」
建前上、継承会議では集団戦は否定されている。ゆえに捕り物までは逃走防止のため集団で包囲するが、反抗が見込まれる時でも死刑執行は一対一で行う。
ともあれ。
「くっ、僕は、僕は……」
有無を言わさず、血の雨が降った。
この報せを聞いて、タイロンは大いに喜んだ。
「完全に思い通りですな、はっはっは!」
「……これでよかったのだろうか」
ぽつりと貴樹がつぶやく
「なにをおっしゃいますか、よかったに決まっているでしょう!」
タイロンは全く正義を疑っていない様子。
「あの二人は、間接的にとはいえ、兵法家たちの救済を邪魔していた目の上のたんこぶ。我々は個人の色恋ごときにひざを屈するほど、軟弱ではないのですぞ」
「……そうだな」
きっと、自分はまだ兵法家迫害のことをよく分かっていないのだろう。だから意識がタイロンやフィーネとずれているに違いない。彼は思う。
実際、彼自身が明らかに不条理な扱いを受けたのは、天嵐国に召喚された直後のときしかない。残りは彼自身へというより、もっぱら政略的でかつ構造的な不利益でしかない。
一方、フィーネは一騎討ちの時だけ駆り出され、平時は不遇を極めたという。それは貴樹よりはるかに長い年月のはず。
タイロンも貴樹よりは迫害に悩まされていたのだろう。そうでなければ王宮を去ったりはしないはず。
つまり、この世界では、というかこの世界の兵法家の中では、感覚が非常識なのは貴樹のほうであろう。
「そうだな。俺は俺の背負っているものと向き合わなければならない」
「そうでしょうとも。我々は、我々の背負うもののために、あらゆる手段で理想を目指さなければなりませぬ」
どうにかして、フィーネやタイロンの感覚を理解したい。仲間たちと認識がずれていれば、きっと後々の禍根になるに違いない。
何かそういう出来事はないものか。
いささか順番の狂ったことを思いつつも、ひとまず彼は今回の計略に納得することにした。
彼はいきさつを、多少の脚色を交えつつ、つぶさに膳東国国王に報告した。
「という次第で、つまり継承会議側がなんらかの理由で、王女殿下とレクトールの罪を糺問し、お二人は……」
国王の顔面は蒼白だった。
「そんな……わしのミレディが、もう……」
しかし貴樹はあえて強い口調で言う。
「そうです。ミレディ殿下はもう帰ってきません。刃を振るったのは、あの継承会議です」
彼は続ける。
「やつらは他国から預かった人質さえ簡単に殺す、狂気の集団です。あるかどうかもよくわからない罪をあげつらい、悲しむであろう者がいる、かけがえのない存在を、いともたやすく、おそらくはささいな事情で処断する連中です」
「むむ」
「そこでご提示するのは敵討ち……というよりむしろ理性的な判断です。導師とやらの教義に酔い、《兵法家》に少しでも関連する国に言いがかりをつけ、人の命を軽率に断ち切る、そんな外道どもとは、手など結べるはずもありません」
貴樹の言葉に熱がこもる。
「私たちと同盟を結びましょう。ともに、かの理不尽と専横を極める継承会議を倒し、この腐れ切った世界を少しでも正していこうではありませんか」
しばらく沈黙。
「……勝てるのか」
「勝てる勝てないではありません。勝つのです。そうでなければ世界はどんどん歪みますし、王女殿下のような犠牲者がいつまでも生まれ続けます」
「……そうだな」
国王はかすかにうなずいた。
「敵討ちのためなのかもしれん。だが、同時にミレディと同じ悲劇を防ぐ、そのためになるのなら、わしはともに手を取り合って戦おう」
「まさに、まさしくご英断です。同盟に感謝するとともに、その尊い志に敬意を表します。ありがとうございます」
貴樹は深く頭を下げた。
若き指導者は、己のしたことに胸が痛んだ。
「むむ……」
「どうしたのですかな?」
タイロンが問う。
しかし彼は本音を漏らさない。
「いや、なんでもない。少し眠いだけだな」
タイロンが信用できないからではない。むしろ彼は、出奔直後から苦楽をともにしてきた、家臣団の中では古参のほうである。
しかし、信用する、しないの問題ではない。
君主は己の決断を悔やんではいけない。それは、ついてきた配下に対する背信にほかならない。決裁権は君主にあるが、自己の采配を覆すのは、その手足となって実行した配下を否定するのと変わらない。
それだけではない。君主がいちいちうじうじしているのを見ると、家臣の志気が下がる。リーダーがへたれてはならないのだ。
というわけで、弱音は呑み込んで腹へ収める。
だが。
「……そういうことは、フィーネのほうが言いやすいのでしょうな。秘密は守りますし、きっと総領の本音も優しく受け止めてくれるに違いない。甘やかすほどに」
「なっ……!」
どうやらその本音は、顔に出ていたらしい。
「なかなかお似合いのお二人になるでしょうな」
「いや、その」
彼はあたふたする。
「フィーネとは、そういう仲では」
第一、フィーネは継承会議の打倒と兵法家の復権という志に燃えている。そこに下手に水を差すわけにはいかない。
ということを説明した。
「その宿願は俺も共有している。だから、下手に冷やかさないでくれるとありがたい」
「そうでしたな。大変失礼をいたしました。……宿願か」
タイロンはぽつりとつぶやいた。
「うん? タイロンはその願いを共有しないのか? それはそれで構わないが」
「いえいえ、全く逆です。わしは誰よりも《兵法家》への迫害を知っているつもりですし、総領やフィーネの苦しみも理解しております」
タイロンは熱く語る。
「だからこそ、願いだの望みだのといった言葉は良くないと思うのです。我らは必ず達成する。目標……いや、宿命と呼んだ方がふさわしいと考えまする」
「なるほど」
貴樹はうなずいた。
だが、やはり彼はまだ、宿命を実感できずにいた。
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