◎第12話・謀略の時間
◎第12話・謀略の時間
とはいったものの。
「初手はどうしますかな」
総領にタイロンが尋ねる。
「難しいところだな。王女の居室周り……いや、城の構造を把握するところから始めないと。まあ、フィーネを通じて間者を使えばいいんだが」
「ほうほう」
「それから看守ほか監視の人間を、場合によっては買収などで取り込み……いや待て」
貴樹の眉がわずかに動いた。
「そもそも、王女殿下に帰る気があるのかどうかも確かめないと」
「えっ」
タイロンが面食らったような表情をする。
「いや、総領、王女も帰りたいに決まっているでしょうぞ」
「いや……なんとなく嫌な予感がする。確たる証拠は何一つないが、継承会議での暮らしに満足している可能性を考えないと。一応」
「むむ、しかし総領」
タイロンは納得いかない様子。
「あれほど国王が愛情を注いで育てたのです、里心を失うなど考え難く思いますが。フィーネのように、祖国にとことん冷遇されていたなら別ですが、しかし人質の暮らしに満足するなど、わしには理解できないものですが……」
「逆に、継承会議から丁重な扱いを受けていたとしたら。あの集団が迫害しているのが《兵法家》だけだとすれば、人質をわざわざ締め付けて火種を増やす理由はないと思うが」
「しかし……」
「それに、国王はその辺に言及しなかった。たまたまならいいが、その理由が『王女が心を翻し、帰国の意思を失ったことを知っているから』だとすれば、俺たちは力ずくで王女を連行することになる。国王はそこまで計算して汚れ役を俺たちに押し付けたと……」
貴樹は続ける。
「つまり、継承会議がご機嫌取りに成功し、王女殿下がそこでの暮らしをむしろ捨てたくないと感じているおそれがある、かもしれない」
「それは無根拠な悲観論ですし、万一その通りだとしても、その心変わりは背信、というか寝返りにも匹敵することですぞ。本件の王女ミレディが武将を兼ねていないとしても、限りなく造反に近い心理ですな」
「ないとはいえない。あるとも言い切れないが。ただ、嫌な予感がする」
「むう。まあ、総領のお言葉を信じて、まずは調査と王女の本心を探ってみましょうぞ」
貴樹は腕組みをした。
「いつの世も、人は簡単に懐柔されるからなあ」
二人は話し合いの通り、まず王女を助ける前に、生活の拠点に潜入してそれとなく意向を確かめることにした。
そのためにフィーネに使いを送り、間者を借りて予備的に調査をしたのだが。
「雲行きが怪しいな」
「そうですな……」
間者たちいわく。
王女ミレディと、特に仲良くしている継承会議の青年がいるらしい。
二人でいるところをみるに、ミレディはこれ以上のない満面の笑顔と、空気まで熱くなるような情熱的な目をする。
「まさかこういう事情があるとは思わなかった」
「まあまあ、総領」
タイロンが手をひらひらさせる。
「まだ決まったわけではありませぬ。仮にそうだとしても、説得の余地があるやもしれませぬ。充分な準備をしつつ、本人と接触をしなければ」
「そうだな……しかしとても嫌な予感がする」
「まあまあ」
貴樹は苦い顔をした。
変装と工作をし、王女ミレディとの面会に成功した二人。
世間話の中で、貴樹が慎重に切り出す。
「――ところで、庭園といえば、殿下の故郷に立派な庭園がありますね。私も見たことがあります」
「ああ、ありましたね」
淡白な返答。
「私が見たのは、もう何年も前になりますか、旅道中ですからね……殿下は、あの故国が懐かしく思われるときはありましょうか」
遠回しながらも、核心に迫る問い。
だが。
「今は、正直、祖国以上に充実していますから」
貴樹たちの表情に、一瞬だが電撃が走った。
「充実ですか……いやしかし……殿下が幸せなら、それがよろしいことですね」
「ふふ、継承会議の皆様、特にレクトール殿がよくしてくださいます」
レクトールとは、件のねんごろな青年である。
――ああ、これは駄目だ。
説得の余地すら、きっと皆無だろう。
「レクトール殿とは、もしや、結婚などもお考えで?」
「難しいかもしれませんが、いざとなれば膳東国と縁を切り、一人の女としてあのお方についてまいります」
「……その人はそれを是とされているのですか?」
「ええ。あのお方は、王女としてではなく、私を女として、大切な人として接してくださいます。それは強く、とても強く伝わってきます」
「むむ」
完全に惚れているのだろう。
「あのお方こそが私の生きがいです。おそばにいるだけで世界が彩りに満ちます」
詩的な表現まで出始めた。
王女ののろけを聞き流しつつ、貴樹とタイロンは「無理だ」と目配せをした。
隠れ家で貴樹は頭を抱える。
「まさかここまでこじらせているとは……」
「全くですな」
瞬間、貴樹の頭に、ある策略がよぎったが、彼は沈黙し、のど元で止めた。
だが、タイロンは口にした。
「総領、いま謀略を考えたのではないですかな」
貴樹はわずかに目を見開くが、平静を保とうとする。
「な、なんのことだ」
「そしてその謀略は、おそらくこういうものでしょうぞ」
王女とレクトールが共謀して、互いの国に、機密など渡ってはならないものを漏らそうとした……ということにして噂や流言をし、それを表向きの理由に闇討ちで二人を葬り去るか、または継承会議の人間をして誅殺せしめる。
膳東国国王には、いずれの場合も継承会議が処断したものとして報告し、その「仇」への敵意を煽ったうえで改めて同盟の話を出す。
「問題は、国王に露見しないように、あくまで隠密裏にかつ完璧にやり遂げることですな。そうなると策戦もフィーネからの救援の人選も、よくよく吟味する必要がありましょう。難しいですが、前向きにやり遂げるべきです」
問題点まで含めて、貴樹がのどまで出しかけた案とほぼ同じだった。
「……ちょっと待て」
「なんでしょう。ためらっている暇はあいにくありませんぞ」
彼はあごに手を当てると、自然と視線が下に向いた。
「……あまりに信義に反していないか」
「それはおっしゃるとおりです。しかし反論したいこともありますな」
タイロンは完全に平静を保ちながら説明する。
「確かに、戦略にせよ商売にせよ、信義、信用は第一です。しかしときには、危険に手を出してでも目的を達成しなければなりません」
「むむ……」
「『宝と危険は表裏』ともいいますし、そうでなくとも危険のない人生は幸福も伴うことなどありますまい」
「ミレディ王女の人生には危険が足りなかった、だから暗殺で終わる、と?」
「そのご返答は想定外でしたが、そうともいえますな」
タイロンはうなずく。
「総領、あなたの肩にあるのは、個人の信義などではありませぬ。《兵法家》を救済すべき、大きな大きな使命です。その前では、道義的に綺麗でいたいなど、わがままにも匹敵する手前勝手ではありませぬか?」
わがまま。あまりの言い草である。
貴樹は一瞬頭に血が上ったが、しかしタイロンの言葉は彼にとって正しくも思えた。
いや、正しくはないのだろう。世間の人間からみたら、これは大変な背信行為である。だから闇討ちだの謀略の形をとるのだ。
だが、これは「必要なこと」「しなければならないこと」というのだとすれば、それはその通りなのかもしれない、と貴樹は考えている。
何より、彼自身が直前に同じことを考えたのがその証である。
「……そうだな。作戦を練ろう。前向きにな」
「おお、それでこそ立派な君主でありましょうぞ」
あまり部下に動かされるのも大概にしないといけない。君主らしく、自分の意思が主でありつつ、それを部下が補い、手足となって実行する形でないと、実権を奪われかねない。
とはいうものの、やはり言葉は簡単でも実現は難しいものだ。
なにより、同じことを自分でも考えてはいた。自分から言い出していれば、己の決定権行使であっただろう。誰が先に言ったかで、印象はこうも変わる。
ともあれ、あまりリーダーになったことのなかった彼は、目の前の策略に前向きになりつつも、君主の難しさを思った。
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