◎第11話・外交努力

◎第11話・外交努力


 この継承会議の動きを受けて、何もしない総領国ではなかった。

「俺たちも周辺各国と交渉に入る」

 会議の間。貴樹は、フィーネらの前ではっきりと宣言した。

「全く異存ありません」

「むしろ、わしのほうから進言しようと思っておりましたぞ」

「問題は人選や順序ですわね」

 サファイアが受けると、フィーネが続ける。

「今の私たちに、それぞれ交渉を一任して一気に諸国に飛ばす余裕は、残念ながらありません。新興国ですし、改新の際にはそこまで考える余裕もありませんでしたから」

「残念ながらその通りだ」

 これには「交渉を一任できるほど、貴樹が信頼をおける人物は少ない」という意味も含まれている。放浪時代から一緒だったフィーネとタイロンはともかく、サファイア、アンガス、ギルバートは完全に新参である。

 要は貴樹の主観の問題でもあり、あまり強調すると主従の絆にまで亀裂が入ることになる。そのおそれは確実にある。

 だから彼は話題をそらした。

「国内の諸勢力も、まだ完全には従っていないから、その調整を続けるのも必要だな。課題は多いし、留守番役も忙しいことになる」

「留守……総領ご自身も交渉へ?」

 アンガスが問う。

「そうだな。この重大事は、やっぱり総領たる俺も行かなければならない。身は一つだから、同時にいくつも接触することはできないが、しかし必要だろうな」

「それがしもそう思いまする」

「全くもって同意ですわ。身分も説得力を持つものと存じますわ」

 複数の同意。

「外回りは俺と、そうだな、タイロンとで行おう。留守と国内の調整は、フィーネに頼もうか。サファイアたちはフィーネを助けつつ、俺やタイロンとのつなぎ役の用意もしてくれ」

「承知しました。大任をあずかり身の引き締まる思いです」

「よろしい」

 自分も君主的な上からの物言いに慣れたな、と彼はふと思った。

「で、どこをどう回って、いかに説得されるのですかな。継承会議のクズどもも動き回っているはずですぞ」

「そうだなあ……まず人材と権威の豊富な継承会議が、もう動いている前提で、とすると、ううむ……」

 貴樹は地図と、間者からの報告書に目を落とした。


 貴樹の思索を眺めつつ、フィーネも思う。

 ……ここが正念場です。

 外交戦。ここでどのような結果を出すかで、運命は確実に分かれるだろう。

 世界が《兵法家》救済、もとい復権の方向にまとまり始めるか、継承会議が勝ってさらに幅を利かせ、憎き戯れ言を吐き続けるか。

 自分は留守居役だが、それでも最善を尽くす。

 貴樹の言う通り、国内の調整もまだ粗めである。継承会議のこそこそ動くカスに、諸派との分断工作をされるおそれもないとはいえない。曲がりなりにも相手はサンペイタの思想的系譜であり、サンペイタこそそのような政治工作に長けていたと聞く。

 というより、それが兵法家勢の敗因の一つになったとさえ説いている者も多い。

 サンペイタは本当に卑劣なクズ野郎だ!

 彼女は心の中で吐き捨てたが、しかし、吐き捨ててばかりいても何も生まれない。

 まずは反国王派……国王はもういないから、反国王派だった者、特に拘束対象から漏れた者をどうにかしなければならない。

 国王に最終的に「反対」というか謀反をしたのは自分たちなのに、反国王派はサンペイタ主義のせいでこちらにまで牙をむく。

 もはや、そのような局面ではないのに。つくづく頭が固く情勢を考えない愚物どもだ。

 彼女は苦虫を噛み潰したような顔をした。

 主君たる貴樹も彼らを煙たがっていた。当然であろう。

 だから代わりに自分が、どうにかして理由をこしらえて表舞台から排除しなければならない。できれば諸勢力に悪影響のないやり方で。

 本当に課題は多く、勝負どころである。

 彼女は頭の片隅で、謀反のシナリオが急造であった、という根本的な原因を少しだけ悔いつつ、それでいて現状を前提に対処することに決めた。


 まず貴樹らが最初に向かったのは、膳東国という国。

 この国が最も引き込みやすい事情を有しているからだ。

 道中の馬車にて。

「事実によれば、王女が継承会議に人質に出されているらしいな」

 普通に考えれば、これだけだと、むしろ膳東国は人質の存在ゆえに継承会議に従わざるをえないようにも思える。

 しかし。

「その原因は、かつて先代の王が縁者の《兵法家》をかくまったことによるようですな」

「そして、現職の王、つまり王女の父は、王女が帰ってくることを強く願っていると、もっぱらの噂だな」

 貴樹がうなずく。

「どうも原因となった咎について、かなり強引な詰め方というか、物事の責め方をしたらしいですぞ」

「つまり、王女を奪還することに成功すれば、継承会議に思うところのある王は、こちらにつくかもしれないということか」

「先代の時代でしかも縁者とはいえ、《兵法家》をかくまっている点も大きいですな。それが可能な程度には、《兵法家》への目がそれほど厳しくないと推察いたしまする」

 タイロンがやや早口で説明した。

「まあ、まず第一には奪還をお願いされるだろうな。荒事にもなりうるか……俺は個人の戦いとか武勇といったものは、からきしなんだが」

「そこはフィーネに人員調達を命じればよいでしょうぞ。国内にも、《兵法家》でかつ武人系の職適性持ちはおることですしな」

「複数の適性持ちはそんなに多くないのでは」

「フィーネのような四つだの、総領のような三つが珍しいだけで、複数持ち自体はいることにはいますぞ。少なくとも砂漠で砂金を探すよりは、ずっと楽に探せる程度ですな」

「そういうものか」

 貴樹はそのあたりの感覚が今一つつかめていなかったので、素直に話を聞いた。

「それに、職適性がないだけで、荒事……に限らず秀でた職能を持っている者もいますな」

「……どういうことだ?」

 彼は首を傾げた。

「どうも適性職というものは、単一の技能だけでなく職業倫理とか、総合的な職能の均衡をも計っているようなのです」

「んん?」

「例えば剣術による人斬りの技能ばかり優れていても、剣を振るう心構え、その向ける先の基準、剣以外の力量といったものがそろわないと、《武芸者》の適性職は適性判断に認められない、という話をわしは聞きましたな」

「ほう」

「逆にいえば、《兵法家》適性を持ち《政治家》適性がないのに、部分的に政略、謀略に長けている人間ですとか、あるいは武人系の適性が無くても、ある種の武器だけ熟練している者もいるらしいですな」

「ほう。それはある意味で適性判断の欠陥なんだろうか?」

「それは分かりませぬ。ただ、巷で適性判断とされているものの、一種の頭の固さではあるでしょうぞ」

「むむ。まあ、俺にはなんともいえないな。その意味を体感するまでこの世界に慣れていないからな」

「まあ、『一口に職人といっても、色々な人間がいる』など、そのたぐいの話ではございませぬかな。そこを適性判断がガチガチに厳しく判断しているのでは」

「そういうものか」

「そういうものです」

 馬車は道をガタゴトと走ってゆく。


 膳東国国王の出した条件は、予想通りだった。

「わしの娘を、継承会議から救い出してほしい」

「ミレディ王女殿下を、ですね?」

「うむ」

 国王は深くうなずいた。

「貴殿もご存知かと思うが、もともとこの国は、というより、王室の家系は、そろって継承会議をあまり快く思っておらぬ」

「お察しします」

「やつらは慈悲も何もない。縁のある《兵法家》を一人保護しただけで、永代にわたって人質を預かるという理不尽をふっかけおった」

「それは、なんとも」

「特にミレディは、わしが年をとってからできた娘だ。いや、特別扱いはいかんのかもしれん。だが……」

 国王は続ける。

「わしの父親としてのわがままもあるのかもしれん。されど、今こそ継承会議と手を切るよい機会なのだと思う。このままだらだら従属を続けていては、きっと未来はない」

 彼は白ひげをついとなでる。

「もし……若き英雄殿に対して失礼かもしれんが、もし総領国が負けたとしても、きっと《兵法家》の勢力はまた現れる。そしてついには、少しばかり行き過ぎたサンペイタ主義を打ち倒し、新しい時代が来る。そのとき、なあなあで従属していたとすれば、我が国は一緒に滅ぼされるだろう」

 話が話なので、当事者の総領である貴樹は、是とも非とも言えなかった。しかし答えは、まさに分かり切ったことだった。

「わしらもできれば自力でそうしたいところだが、きっとそのような立ち回りに関しては、貴国のほうが適する人材や技術があると思うのだ」

「まさにおっしゃるとおりです。なんといいますか国柄が違いますから」

 国の成り立ちも、主要な構成員と傾向も違う。フィーネに相談すれば、それに適応した人員を割り振ってもらえることだろう。

「ともあれ、娘の奪還が同盟の条件です。本当は自国で解決すべきものを、まことに申し訳ないがの」

「お任せください。ただで同盟を強要するほど、私たちは厚かましくはありません。義と道理の筋を通してみせます」

 これこそ是非もない。貴樹は自己の判断で引き受けた。

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