◎第10話・継承会議
◎第10話・継承会議
水明国の政権を奪取した貴樹は、国王でも謀反人でもなく、「総領」という肩書きを称した。
新王朝の国王という形式を採っても悪くはないが、「《兵法家》を救済する」という貴樹の政治方針の新規性を強調するため、従来の王位請求者となる形を避けた。
もっとも、王位を新たに形式上承認する存在がいないという事情もあった。かつてその立ち位置にあったのは、旧帝国の皇帝だったが、現在は皇帝も帝国も存在しない。
フィーネは「主様を陛下とお呼びしたかったです……」と残念がっていたが、仕方のないものは仕方ない。
閑話休題。
貴樹は国内の各派を呼び、今後のための意見聴取という名目で会議を開いた。
真の目的は言わずもがな。国内の諸勢力は、兵法家集団とそれに与する道を選んだ軍人たちを除き、ほとんどが敵であるといっていい。官吏や貴族に至ってもおそらく同様。
その全てを力で鎮圧するのは、さすがに無理がある。恐怖政治は長続きしない。
戦って勝利することは、集団戦の経験という有利要素がある貴樹側にとって、不可能ではないだろう。しかし諸勢力を全て壊滅させるのは、国の破壊にさえなりかねない。
「緊張していらっしゃるようですね」
「総領、私たちもついておりますわ。深呼吸をなさいませ」
「むむ」
貴樹は会議の間で、しきりに頭をかきつつ扉と換気の格子をチラチラ見た。
やがて人が集まり、会議が始まった。
案の定、荒れる。
「《兵法家》が国を握るとは、感心しませんな」
「わしらをないがしろにする懸念がありましてな」
「歴史的にはサンペイタ導師の敵……正直得体が知れないのですよ」
「国王陛下を弑逆して何が総領だ、不忠者にしか思えませんぞ」
最後の台詞を言ったのは、かつての反国王派、そのうち捕縛対象外の人である。
よくその口で言うものだ。貴樹は思う。
味方は兵法家組と軍人勢のみ。ほかは大なり小なり敵対、不信の意思。
だが、分かったことがある。
言い分などというものは半ば方便で、本当の心理は別にあるのではないか、という見通し。こう思っているから反対、なのではなく、反対の理屈を無理にひねり出す。
だから反国王派は恥知らずな言葉をしらじらしく吐くのだろう。
これはこの世界に限った話ではない。貴樹の現代日本でもそうだった。
ともあれ、とすると、反対の意を述べる人間の中には、例えば「とりあえず周りが反対だから自分も異議を述べよう」とか「兵法家組が劣勢気味だからちょっと距離を置く」といった者が少なからずいるのではないか。
心の底から兵法家――というより目の前の貴樹一党を侮蔑している人間は、ある意味多いだろう。それがサンペイタの影響というものだ。
しかし同時に、揺さぶれば寝返る人間も多いのではないか。
貴樹には緊張している暇などないのだ。気づいたら抗弁するしかない。
「諸君、口の利き方に気を付けてほしい」
全員が目を見開く。
「私は新しい時代、兵法家と他の人間が手を取り合って共に栄える世界のために、こうして立ち上がった。迫害のない、真に犠牲者のいない世界を切り拓くために」
「なんのお題目だ、そんなものを聞きたいのではないですぞ」
「いいから聞け」
貴樹の一喝。
「アブザイン国王の志が偽物であったことは、特に反国王派は知っていることだろう」
「知ったことではあらぬ」
無視して続ける。
「私はこの迫害を終わらせるため立ち上がった。だから私は、兵法家の頂点であると同時に、ともに笑い、平和を享受できる世界の一員でもありたい。だから、この志に同意できる人間は、《兵法家》でなくとも歓迎する。むしろそうでなければ私は決起などしていない」
後付けであるが、これこそやむをえない方針である。
「繰り返すが、私は《兵法家》の特権やら専横を目指しているわけではない。ともに手を取り合う世界こそ理想なのだ。……それすら拒み、抗うというのなら、その者はかの愚かな継承会議と同類!」
少しざわついたが、かまわず続ける。
「私は、我々は、《兵法家》と大衆の上下逆転を目論んでいるのではない。全員が等しく嫌悪を逃れることこそ真の悲願。それすら邪魔するのなら……《兵法家》が二百年にわたって研いできた爪を突き立てることも、容赦はしない!」
要するにビジョンの提示と脅しである。根回しをする時間がなかったので、この場の勢いで味方を勝ち取るしかない。
フィーネが微妙な顔をしていた気がするが、気のせいだろう。
「我々の悲願のどこに蔑まれる点がある? 言ってみるがいい。言えないで不平を垂れるなら、それは理のない中傷、迫害のゆえなき維持保存でしかない。我々はそれを全力で打ち砕くのみだ!」
言い切ったが、ムッとしている人間もいるにはいた。
無理もない。強引な展開ではあった。利害が未知数な状態で、言葉だけで大賛成するほど人間は愚かではない。
だからこそ、今後の政略も貴樹は注意して行わなければならない。
しかし、まずまず翻意には成功したようだ。
「まあ、むほ……改新が為ってしまった以上、仕方がないことか……」
「今後を考えて、その理想とやらと利益不可侵のの確約を頂きたく存ずる」
「安い脅しだな。だがまあ、題目は立派なことですな。しばらく静観いたす次第」
「国王陛下を誅殺しておいて寝言を……」
またも最後の台詞は反国王派である。
これは後で処理が必要だな。貴樹は思った。
「大勢は、とりあえずは許容していただけたようだな。感謝するとともに、期待を裏切らない統治を約束する」
言うと、フィーネが総領念書を用意し、彼は調印の筆を執った。
このことを受けて、継承会議では「公議」……すなわち継承会議内の会議が行われた。
「《兵法家》が国を造った。これはサンペイタ導師の継承会議設立以来の大事である」
議長が難しい顔で告げる。
「このことは、ひいては継承会議の存亡にもかかわる難題にもなろう。そこで今後のため、広く意見を募りたい」
その末席で、シグルドは腕を組む。
新しい水明国の存在を承認し、二百年分の復讐を控えさせたうえで協調を図る。
――それはまず夢物語であろう。
継承会議の現在の空気がそれを決して許さない。これは間違いない。
それに、新しい水明国、いわば「総領国」の側も、継承会議と対峙する姿勢を積極的に見せているようだ。
当然である。《兵法家》としては、二百年にわたる暗黒の時代、その報いを、最大の「罪人」である継承会議に受けさせなければ、収まりはしないだろう。
継承会議では「導師様」サンペイタの教えが呪いのように和平を遠ざけ、総領国では長年の酷遇が彼らを報復に向かわせる。
どちらにおいても、制動をする理由が壊れ、吹き飛んでいる。互いに拍車をかけている。
実際、公議での意見も。
「戦いに向かうしかありますまい」
「相手は集団戦の怪物、こちらも同盟を呼びかけ、包囲網と共闘の絆を創りましょうぞ」
まっしぐらに血煙へ。
「お待ちください。包囲網とか共闘とか、まるでこちらも集団戦を是認するかのようなご意見ではございませんか。サンペイタ主義に則るなら、それ以外の手段が妥当と考えます!」
シグルドの反論。サンペイタ主義を尊重するようなことを標榜しつつ、実際には戦争へ向かわせないために方便を用いた論である。
例え方便でも、そうしないと異端者扱いされかねない。
しかし、ある意味でそれは杞憂だった。
「シグルド殿、ではどうするのだ。《兵法家》は集団戦……血煙の所業を仕掛ける気であるのは明らかだぞ。こちらも対抗するしかないではないかね」
「サンペイタ導師ですら、《兵法家》との戦いではやむをえず兵法を用いた。これは主義に対する例外ととらえないと、硬い頭では会議が滅ぶのみだ」
いちいちもっともだった。
「しかし、《兵法家》の憤怒を力で鎮めるのは……たとえこたびの紛争を乗り切っても、いつか爆発する時が来るに違いありません!」
「シグルド殿」
老練の議員が口を開く。
「現実を見なされ。我々はやつらに壊滅を企図されているのですぞ。その理由が激情によるのであればあるほど、戦い以外での解決は無理ではないかな」
「むむ……!」
「《兵法家》は迫害されなければならない。それはサンペイタ導師が、苦悩の末に出した結論と聞いておる。根こそぎ、見つけ次第なで斬りにしなかったのは導師の優しさでもあり甘さでもあった。導師の寛容な不徹底をも、知りつつ受け継いだ我々なら、せめてやるべきときには例外をもって戦わなければ、導師も草葉の陰で泣くことになろうぞ」
空気が完全に支配された。
何もできないシグルドは、ただ「うう」とうなった。
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