◎第08話・決意

◎第08話・決意


 しかし貴樹の感じた不穏さは、どうやら本当に、国内の対立を示唆しているらしい。

 王宮の中にいるうちに、徐々に派閥が分かってきた。

「国王陛下は本当になげかわしい」

「選択を間違えたようですな」

 貴樹に与えられた、執務のための個室。そのすぐ外で、国内の重臣たちが会話をしている。

 彼の部屋の前で、というのはあまりにうかつだが、しかし、現に話しているものは仕方がない。

「《兵法家》を厚遇とは、いやはや」

「一騎討ちの儀礼をないがしろにして、継承会議からもつつかれていると聞くが」

 つまり彼らは、《兵法家》の登用に反対であるらしい。

 ますます、貴樹の近くで話すべきことではない。もっとも、彼らはこの部屋の主のことを知らないのかもしれない。《兵法家》を蔑視しているのだから、その筆頭の所在になど興味がないのだろう。

 いずれにしても、彼らの立ち話は不自然とまではいえない。頭が鈍いとはいえるが。

 貴樹はじっと黙って話を聞こうとする。

「だいたい、あんなうさんくさい連中、この高貴な王宮にはふさわしくないのだ」

「左様。品位が疑われます。特に……ナントカとかいう異世界の人間」

 そのナントカさんは、今すぐこの二人を殴りたくなったが、さすがに我慢した。

「黒髪黒目とかいう異相。あれは不気味だ」

「話す言葉も、どこか人のものと違いますな」

 悪口三昧。

「全くだ。何かよからぬものでも呼び込まなければいいがな。お互い気をつけようぞ」

「然り。あの男は伝統を壊し去ってしまうような気がしますな、うんうん」

 悪口はまだ続いたが、貴樹にとっては諜報的な成果であった。

 兵法家蔑視の勢力は、この王宮内にもいる。それも、王や筆頭計画将校を罵倒できるほど確固たる不満を持って。

「むむ」

 貴樹は知らず、短くうなった。


 しばらくして、フィーネとタイロンから報告された。

「やはり策謀が隠れていたようです」

「策謀……」

 結論からいうと、兵法家を厚遇したのは、兵法家迫害派に対する政争の一環にすぎなかった。

 迫害派は、保守勢力であり、過去の国内紛争において国王と対立した側だった。今は一応、国王に恭順しているが、常に失脚の機を狙っているらしい。

 それらに対し、国王は対抗できる力の確保、及び人気取りのため、《兵法家》の適性者を広く集めるという政策に出たようだ。

 そこまでなら貴樹たちにとってどうでもいい。問題は、兵法家迫害派の主要メンバーを失脚させたら、改心を演出すべく、国王は兵法家たちを用済みのため切り捨てるつもりであることだ。

 王といえども、兵法家登用の「汚名」はいつか切り捨てなければ、主に継承会議絡みで、自分も不利になるおそれがあるらしい。

「その切り捨てるというのは、やっぱり」

「ええ。処刑のおそれが大きいですね。追放で済めばましですが、調べた限り、そうはならないようです」

 身勝手だ、とは貴樹は思わない。国王も国王なりに、保守派との争い方を考えた結果、そうなったのだろう。己の保身といえば保身だが、自分を犠牲にしてまで行う政治は、きっと、かえって良くないに違いない。

 とはいえ。

「処刑の危機が目前に迫っているのは確かだな」

「然り。保守派を排除し次第、国王は兵法家……計画将校たちを始末しにくるでしょうな」

 タイロンが言うと、重苦しい沈黙。

 それを破ったのはフィーネだった。

「主様。一つ案がございます」

「言わないでくれ。分かりきっている」

 謀反。それしか生き延びる道はない。またどこかへ逃げたところで、今度は庇護してもらえるあてがない。

 しかし、軍事クーデターを起こす決断は、やはり、大きな勇気が必要だった。

「ちょっと考えさせてくれないか。俺は平気でそういうことができるほど、成熟した人間ではない」

「承知しました。……しかし主様、あなた様の肩には、他の兵法家たちの命運もかかっていることもお忘れなく」

「……分かっている。それでも考えたいんだ」

「承知しました」

 二人が退出すると、彼は腕組みをした。


 時は少し遡る。

 貴樹は後から知ったことだが、我らが才媛フィーネは、サファイアほか数名の《兵法家》と密談をしていた。

 国王の真意を話したフィーネは。

「単刀直入に言いましょう。ともに謀反を起こしませんか」

 一気に張り詰める空気。

「謀反……穏やかならざるお言葉ですわね」

「穏やかならざる?」

 フィーネは小首をかしげる。

「サファイア女史も考えていらしたのでしょう、同じことを」

 少なくとも表面上は、ピクリともしないサファイア。

「貴女だけではありません。懇意のアンガス殿、ギルバート殿、貴殿らもこの一択しかないと、貴樹様を総大将に奉じて事を起こすしかないと、すでにお考えのはずです」

「……それがしは……」

「腹の探り合いは無用に存じます」

 ぴしゃりとフィーネは言った。

 彼女に話術系の適性職は無いはずだが、流れるような弁で華麗に話す。

「貴方がたとて、国王陛下がまともに兵法家を救済するような人間ではないことはお分かりでしょう」

「むむ……」

「貴樹様……我が主こそが最も《兵法家》の頂点に適しているのだと、言われずとも悟っていらっしゃるはずでしょう」

 そこで彼女は一拍置いて、言い放つ。

「まさにこれは、好機なのです」

「……造反のですかな?」

 アンガスが返すが、さらに畳みかける。

「造反? とんでもない。あるべき者が、あるべき地位に立つための儀式……運命にそれを認めさせるための神聖な礼典にほかなりません」

 彼女は異様な熱を帯びつつも続ける。


 もとより、貴樹様自身が君主として配下を指導しなければ、悲願、つまり継承会議の打倒と《兵法家》の真の救済はありえません。

 誰かの下にいるのではなく、最大の当事者である貴樹様自身が頂点でなければならない!

 継承会議との戦いも、特別な《兵法家》である我が主の指導の下でなければ勝てません。これは確信、《兵法家》としての魂が私にそれを告げているのです!

 敵は《兵法家》ではないといえど、それほどまでに強大です。世界の隅まで染みついた、腐った理不尽は、血煙をもって排除されなければなりません!

 一般人の意識改革も並行して行う必要がありますが、これも、異世界の知見を有する貴樹様でなければ成しえないと考えます。

 もう一度、はっきりと言います。――選択肢は、謀反以外、ありえない。


 サファイア、アンガス、ギルバートのいずれも、ただ黙って聞いていた。

 三人とも、さすがは《兵法家》の職適性を持つ者、ただ圧倒され思考を停止したわけではないようだ。

 しかし、だからこそ分かる。

 理性的に考えても、選択肢は一つしかないのだと。

「分かりましたわ。私はその神聖な儀式に参加しましょう」

 サファイアがうなずいた。

「サファイア殿……」

「ギルバート殿。貴殿の慎重さは分かっているつもりですわ。しかし、ためらっていては好機もただ通り過ぎるのみ。どうです、一緒に大船に乗りませんこと?」

「それがしは乗りまする」

 アンガスが答える。

「使い捨ての駒として死ぬか、新しい世界のために礼典を行うか。それがしなら後者を取りましょうぞ」

「そう、ですね」

 ギルバートも静かにうなずく。

「俺も死の運命へ突入する気はありません。汚名を着てでも、《兵法家》の新しい世界とやらに賭けましょう。仕方がないことです」

「皆さん、ありがとうございます。まずは正当な儀礼をもって、ともに夜明けを手繰り寄せましょう」

 フィーネは満足げに口の端を吊り上げた。もしここに貴樹がいれば、きっと恐怖を感じたであろう表情だった。


 一方、貴樹のためらい。

 生きるためには、国王を討つしかない。仮に逃げおおせたとしても、もう貴樹たちを拾ってくれる国は無いだろう。それほどまでにサンペイタ・プロトコルと継承会議の影響力は強い。

 分かりきっている。

 しかし、そのためにやらなければいけないことは、クーデター。造反。謀反。

 反逆者の汚名を背負わなければならない。《兵法家》でかつ謀反人。継承会議や、その教えに強く賛同する多くの民は、完全に敵に回るだろう。強烈な向かい風を浴びなければならない。

 ……いや、そのような問題ではない。貴樹にとっては。

 彼は現代日本においては、幸か不幸か、権威にたてつくような人間ではなかった。己の意思で、権威に対して大きな造反をした経験がないのだ。

 もっとも、仮に彼が不良青年だったとしても、軍事力をもってする、殺人を伴うクーデターには、多かれ少なかれ抵抗があっただろう。このような行為は、素行不良という域をあまりにも大きく越えている。

 しかし、そうだとしても、彼が不良青年でなかったという経歴は、やはり謀反に対する抵抗感を大きくしているはずである。

 大人に逆らったことも、そんなにないのに。そこへ国王に対する謀反などとんでもない。

 彼の葛藤を一言で表すと、だいたいこのようになるだろう。

 生きるためにはそうするしかない。到達しなければならない結論は、彼にとっては明白。

 だが、そうであっても、彼は一歩が踏み出せずにいた。


 しばらくして、フィーネの声がした。

「主様、どうか入室のご許可をいただきたく」

「……分かった。入れ」

 入ってきたのは、フィーネとサファイア。

「サファイア、殿……?」

「申し訳ありません。無断でお連れしました」

 フィーネが言うと、サファイアは一礼をした。フィーネとは違い、それほど熟練した一礼ではなかった。

「いったいなぜ……」

 そこで貴樹は悟った。

 サファイアは全て知っていた――わけではないだろう、さすがに。しかし彼女はきっと、今回の事情をある程度は把握していた、または推測していたに違いない。

「貴樹様。計画将校一同は皆、あなた様についてゆく覚悟ですわ」

「同意をとりつけたのですか」

「然り。あなた様が総大将となられるのなら、一人残らず従うと、皆から意思を確認いたしましたの」

「しかし、兵士たちは」

 計画将校はすなわち参謀。自分が率いる兵士はいない。

「ええ。訓練の際の伝手で、隊長格の方々からも、協力の約束をいただきましたわ」

 彼女は大きくうなずいて言った。

「準備は万端ということですか」

 情勢は確実に、謀反の方向へと流れている。

 決断するしかない。ここでためらっては、むしろ準備が露見してしまう。

「立ち止まることさえ許されないってことか……」

「仰せのとおりです。私たちはもう、戦うしかないのです」

 フィーネが迫る。

「謀反の計画も、もう九割方できていますわ。あとは勇気あるご決定を待つのみ」

 サファイアがじっと見つめる。

 実行するよりほかに、道はない。やらなければならない。

 彼は言った。

「……分かった。俺は、俺と仲間たちのために、戦うよ」

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