◎第06話・雪辱の動き

◎第06話・雪辱の動き


 将兵の訓練に駆り出された元救世主・貴樹。他の部隊は他の兵法家が調練にあたっており、この中隊は貴樹のために新しく組織されたという。

 しかし軍人たちは、何をすればいいかすら分からず、戸惑っている。

 戸惑っているのは貴樹のほうだというのに。

「計画将校様、誠に恥ずかしながら、我々はどうすればよいのでしょう?」

「集団戦の仕方、というのがどうにも……単に集団で乱戦をすればよいというものではないのは分かるのですが……」

「ひどいな」

 あんまりな隊長と副隊長の言葉に、思わず計画将校はつぶやいた。

 ちなみに隊長は《組頭》、副隊長は《突撃兵》の適性職を持っているらしい。

「兵士たちの適性は、確か個人的武勇の系統がちらほらいるんだったな」

「然り。腕に覚えのある者がそこそこそろっております」

「むむ……その者たちを呼べ」

「御意。話は聞いていたな、集合」

 すぐに強そうな兵士たちがやってきた。男女同数程度のようだ。

「よし、今から大事なことを言う」

 少数精鋭、という言葉でも期待しているのか、猛者たちはわずかに期待の眼差しを向ける。

 しかし。

「個人で武功を立てる、という考えは捨てよ。集団戦は無私の協力、それを各人が尽くしてこそ勝利にたどり着ける」


 精鋭たちは、不満の声を上げる……かに見えたが、そうでもなく神妙に話を聞いていた。きっと貴樹の「救世主・召喚された者」という肩書きが、彼らの不満をぎりぎりのところで抑えたのだろう。

 俊英の計画将校は続ける。

「例えば、そうだな、長槍を十本ぐらい持ってきてくれ」

 言うと、兵士の一人が長槍を持ってきた。

「ここに」

「ありがとう。そこに隙間なく十人横に並んで、この長槍の穂先を前にして構えてくれ」

 言うとおりにする。

「これ、槍ぶすまっていうんだが、どうしてこうするか分かるか」

 隊長が答える。

「突っ込んでくる騎兵、あたりを寄せ付けないためでしょうか」

「だいたい当たりだ。よろしい。これは騎兵に効果てきめんだが、歩兵などに対しても間合いの差で効果がある。もっとも、敵の長槍隊とは『槍を使った殴り合い』、比喩表現ではなくて本当に『殴り合い』になる。だから槍の長さは重要なんだけどな。まあ、やってみれば分かる。ただ……」

 彼はまたも問う。

「この戦法を使うのは、戦が後半に入ってからだ。前半でこれを使っても、おそらく全くの無駄に終わる。相手に傷は与えられず、こちらの兵が全滅しかねない。なぜだか考えてほしい」

 一同は首をひねる。この世界は答えを出せないようだ。

「正解は『敵の弓兵、弩兵が射撃をしてくるから』だ。相手も集団戦を挑んでくるという前提なら、戦いは飛び道具の撃ち合いから始まる。これは俺の国の歴史が証明している。……ということは、俺たちはどうすればいいか分かるな?」

 隊長が答える。

「弓や弩で戦端を開くと」

「その通り。間合いが長槍とは段違いだからな。そこで差が出てくる」

 なお、この世界に銃はまだ無いようだ。二百年間、本当の意味での集団戦がなかった以上、飛び道具の発展が遅いのもやむをえないだろう。

 すると、副隊長が質問をした。

「恐れながら、二点うかがいたい点があります」

「質問を許そう」

「まず一つ、各々が、長槍や弩弓に限らず、得意な武器をめいめい持参して戦いに臨むほうが、効率が良いのではありませんか」

「なるほど。よく考えてはいるが、しかしそれは間違いだ」

 彼は手をひらひら振る。

「装備の規格や種類は基本的に統一したほうがいい。軍政的な、装備調達上の事情もあるが、それだけではない。例えば長槍隊なら長槍隊で、その立ち回りや連携をまとめて訓練すれば、費用対効果や訓練の効率が上がる。で、それは得物の得手不得手による差よりも遥かに大きい。多少我慢してでも、装備はまとめるべきだ。……兵の各々には我慢を強いるが、申し訳ない、そこは割り切ってほしい」

「そんな、とんでもございません、不服などあるはずがございません」

「そうだといいな。で、もう一つの質問とは」

「弩についてですが……」

 この世界の弓は威力が低く、鎧や装甲を充分には貫くことができない。

 そしてそれは弩も同様で、おそらく集団戦で上々の力を発揮するためには、やや大型のものを使う必要がある。

 しかし。

「大型弩は、当たり前ですが取り回しが少し悪いのです」

 大きくて重いものは、取り回しに不便。当然のことである。

「なるほど。速射性に難があるだろうな、とすれば、結果的に威力の効率が悪いと」

「左様。集団戦を想定するなら、きっとあまり優れた成果は出ないかと」

 すると、貴樹はしばし考え、やがて回答した。

「大型弩を、一丁につき二人に担当させよう。射手と補助役だ。具体的な取り扱いについては、これから試行錯誤していこう。俺も弩を自分で扱ったことはないからな」

「承知しました」

 副隊長は特に異議もなくうなずいた。

「二つとも良い質問だった。この隊の未来は明るいだろうな」

「おお、もったいなきお言葉」

「よし、まずは……」

 訓練をしつつ、他の《兵法家》と協議して方針などを統一する必要がある。このままでは、武器の話ではないがバラツキが出てしまう。

 彼は課題を抱えつつ、指導に入った。


 その日の夜、貴樹は他の《兵法家》の面々を集め、国王の立ち会いのもと会議を開いた。

「このたびは、計画将校の連絡会議を招集する光栄を有し恐悦です」

 あいさつもそこそこに、貴樹は自分の腹案を余すことなく話す。

「ということで、この一連の編成計画等を、全軍で共有することを提案いたします」

 基本的な集団戦の心構え。長槍と弩弓の増強。槍ぶすま戦法の導入。弩弓の運用法のあれこれ。

 この提案には、騎兵についてのものはあえて入れなかった。貴樹の考える戦闘教義は、騎兵を主力とはしないからだ。

 それは、単に騎馬隊の兵略にそれほど詳しくないからでもあるが、騎馬戦術に必要な「練度」、乗る「馬の質」、馬を買えない平民や戦闘奴隷が多いという「兵の出自」など様々な理由があった。

 しかし、それとは別に、またも他の兵法家から質問を受けた。

「弩と弓とでは、どちらを主体とするおつもりで?」

「弩です。弓に比べて熟練さがそれほど要求されないからです。なお、弓は長弓を予定しています。短弓では甲冑を砕けないからです」

「連弩はお使いになりますか」

「複雑な構造なので、そのぶん安定性に多かれ少なかれ難が見えます。現段階では見送りましょう。……ただ、例えば弩を扱いやすいように台車などと併用して、手持ち武器の枠を超えた、いわば『兵器』にするのもよいかもしれません。それは今後の経過次第としましょう」

 すらすら答える貴樹。《論客》職適性が活きているのだろうか。いや、この言い方はおかしい、貴樹は討論が得意だからこそ、《論客》の「ラベル」を得たのだろう。

「なるほど。試してみる価値はありますな」

「なにせ二百年の『サンペイタの議定書』がありましたゆえ、何をするにも未知数ですからな。過去の戦闘の資料までほとんど残っていない惨状……」

「嘆いていても仕方がない。貴樹殿の計画に賛同する次第だ」

 異議はないようだった。

「それでは今回の提案を陛下に上奏いたします」

「うむ。承認した。この計画に沿って訓練をし、整備をする。以上、各々の協力を求めた上で散会する!」

 貴樹ほど集団戦に詳しい人間がこの場にいないので、当たり前だが、かなりすんなりと会議は終わったのだった。


 それから一ヶ月後、訓練場において。

「模擬戦、始め!」

 国王が号令をすると、貴樹の担当する部隊と、兵法家「サファイア」の部隊が戦列を整える。

「弩隊、長弓隊、撃ち方始め!」

 大型弩を二人一組で装填。長弓兵は狙いを定めて――模擬矢が互いの部隊に襲いかかる!

 しかし黙って浴びる部隊ではない。短兵が楯を設置し、矢を防ごうとする。

「長槍隊、手はず通り進め!」

 矢の撃ち合いを避け、迂回するようにして槍ぶすまを素早く組む。遅ければ相手の射撃部隊の的になるが、さすがは訓練された兵士たち、いい案配に手早く組み終えた。

「突撃! 敵を突き崩せ!」

「まずいですわ、長槍隊は防御戦列を!」

 サファイアも対応しようとするが、遅かった。

「そのまま押し込め! 本陣を陥落だ!」

 敵は総崩れ、貴樹側の兵がサファイア側の的、本陣のマークを破壊し、勝負はついた。

「模擬戦終わり! 貴樹の勝ちだ!」

 国王が判定の旗を上げ、兵士たちは整列し一礼した。


 模擬戦の直後、貴樹は国王に呼ばれた。

「参上仕りました」

「うむ。兵の集団戦の訓練はだいぶ進んでいるようだな」

「然り。主力ではないまでも、騎兵の集団的な機動突撃もサマになってきているようです」

「ふむ。騎兵は基本的に静と動の切り替え、そして統率のとれた集団行動ができれば、まずは最低限よろしいからな。その程度は余にも分かるぞ」

「まずはおっしゃる通り、ご明察です」

 国王の声は、そこで急に冷える。

「実は、天嵐国に戦を仕掛けようと思っている」

 貴樹は思わず息を呑んだ。

「ついに、戦ですか」

「うむ。調練はもうかなり出来上がっている。そしてあの国は集団戦の訓練など全くしていない。導入すらしていない」

「全く? それは確かな情報ですか?」

「確かだ。優秀な我が間者衆が、徹底的に調べた結果ゆえ」

 国王は断言した。

「なるほど。度の過ぎた口、失礼しました」

「まあよい。あの国は導師サンペイタの活躍が礎になっているゆえ、早々には集団戦を受け入れないだろう。その意味でもおかしくはない」

「なるほど」

 国王は尋ねる。

「このたびの戦、何か異議があれば申せ。決して圧力をかけるわけではなく、純粋に優秀な《兵法家》としての賛否、注意等を訊きたい」

 有無を言わさずではないことは、貴樹も理解した。

 だが、特に反対する理由もない。まして天嵐国は彼を迫害した怨敵。彼としても叩き潰したい相手である。

 だから彼は言った。

「異議ございません。機は熟し、開戦の時です」

「あい分かった。そのように動く。貴殿にも引き続き協力を願うぞ」

「心得ております。微力ながら頑張ってまいります」

 初陣だな。俺にとっても、現在のファシリオンの人間にとっても。この戦で、歴史はどう動くかな。

 彼は声なくひとりごちた。

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