◎第05話・それぞれの思惑
◎第05話・それぞれの思惑
数日後、水明国に到着した。
「ここが、《兵法家》に寛容な国か」
貴樹は街の様子を見る。
市場では、露天商や屋台の主たちの呼び声が響く。日常の買い物と思われる若い男や主婦が行き交う。酒場の近くでは、まだ陽が高いにもかかわらず、声の大きい男たちがちらほら見受けられる。
スラム街らしき場所もちらりと見たが、まあ、そういう区域もあるのだろう、として、貴樹は特段嫌悪を示さなかった。
むしろあの中に有望な《兵法家》がいるかもしれない、とまで考えた。この国は《兵法家》に寛容と聞いてはいるが、しかし、落ちぶれた人間がいないとは限らない。
もっとも、何をするにしても、この国を詳しく知ってからのことになるが。
王宮の前に着くと、番兵が尋ねる。
「止まれ、何用か」
タイロンが答える。
「貴樹とその従者でございます。これを」
言って、何かの書類を差し出す。番兵は一瞬だけ驚いたような表情をしたが、すぐに落ち着いたふうにうなずいた。
「失礼しました。陛下に取り次いでまいります。控えの間に案内いたしますので、そちらでしばしお待ちください」
言うと、番兵は人を呼びに行った。
控えの間で、貴樹はタイロンに言った。
「本当に態度が変わったな。まともに人間扱いされたのは、フィーネとタイロンを除くと、この世界では初めてだ」
ちなみに道中は野宿なので、例えば宿屋の人間には接客されていない。一応出奔であり、足がつくと困るからだ。
「そうでしょうとも。全てはサンペイタとその追従者が仕組み、維持していることです」
実際その通りではあるのだろう。サンペイタの志を継ぐ者たちによって、この迫害は保たれている。そのせいで貴樹は不遇を強いられている。
……いや、と彼は考え直した。
「もう、迫害は社会の一部というか、当たり前のなにかになっているんだろう。仮に現在、継承会議のような集団がいなかったとしても、この世界……ファシリオンといったか、に来てからの俺の経過は災難だったに違いない」
「そうだとしても、サンペイタがそれを始め、継承会議が強力に続けさせているのは確かですぞ。その辺の説明はわしを信用していただきたく……」
「そうではない。もしこの世界を変える必要があるなら――継承会議を倒すだけでは足りないということだ。……俺が世界を変えるかどうかはともかくとして」
彼がつぶやくと、官吏が来た。
「貴樹様、お待たせいたしました。陛下がお呼びですので、謁見の間にご案内いたします」
まずは庇護を求めるしかない。世界がうんぬんは、いますぐにどうにかできる話ではないだろう。
彼は「承知しました」と告げ、顔を上げた。
結論から言うと、国王は喜んで彼らを受け入れた。
ただし、条件付きで。
「我が国も優秀な《兵法家》を世界中からかき集めていたところだ。貴樹殿が来てくれるなら、余の計画の基盤も安泰というもの」
要するに、客将ではありつつも、実質仕官をしろということだ。
しかし仕方がない。貴樹たちにはこの交換条件を受ける選択しかない。そもそもこのような条件は、貴樹の適性職その他の事情からして、当然というものだ。
だが、気になる点が一つ。
「陛下の計画? いかなるものでしょうか」
「おや、知らなかったのか。では教えてしんぜよう」
要するに、水明国では、今まで禁忌とされていた集団戦の導入を進めているらしい。
この、「争いはあれど流血の最小化がなされた世界」を、血煙の戦乱へと引き戻す悪魔の計画……と人は言うかもしれない。
「しかし、余は《兵法家》の地位をせめて人並みにはしたい」
「その動機は……?」
「深く聞かないでくれ。人には背負うものがあるのだ」
「なるほど。失礼いたしました」
集団戦の導入。ところが世界は一騎討ちのプロトコルに慣れきっており、将兵はなかなか集団戦に適合しない。というより、現在のこの世界の《兵法家》でさえも、集団戦を知らないため、手探りで、適性ゆえの本能や直感を交えつつ、研究や訓練に悪戦苦闘しているという。
「貴樹殿なら、きっとよりよい進捗をもたらしてくれると期待している」
「なるほど。大変なのですね。かしこまりました、新しい時代のため奮闘いたします」
このファシリオンでは、本当にサンペイタ・プロトコルが徹底されているのだろう。《兵法家》でさえ容易には集団戦の訓練ができないほどに。
彼は前途の遠さを思った。
かくして、貴樹は本陣付の「計画将校」相当役職に任じられた。
「計画将校?」
貴樹が首を傾げると、説明役の将校が答える。
「計画将校とは、その……敵と戦う際の計画を立案するお役目となります」
「計画を……ああ、そういうことですか」
要するに軍師や参謀ということになろう。
そして、軍師とか参謀といった言葉を使わないのは、サンペイタ・プロトコル信奉者との不要な摩擦を避けるためだろう。
言葉を変えたところで、内容には関係ないのではないか……とは貴樹は考えなかった。大衆や敵対勢力やらは、ささいな表現も燃料にして、勢力を伸長しようとするものだ。表現は、内容と同等程度には重要だろう、と彼は思う。
だが、ささやかながら疑念もある。
この国は《兵法家》を救済するという建前なのに、「参謀」の言葉を使わないのか?
表現が重要だとするならば、むしろ前面に打ち出すべき表現をなぜ控える?
といった疑問を、将校が去ったあと、フィーネとタイロンに話した。
「むむ、まあ確かに若干の疑問ではありますが」
「気にすることではないように思えますぞ」
「しかし……いや、摩擦を避けるのは分かるが、それでもあえて使うべき言葉では。もしかしたら、《兵法家》救済の志は実際にはおざなり、というかなにか別の意図があるのかもしれない」
「考えすぎではないでしょうか」
フィーネは可憐に首を傾げる。
「もし志が偽物なら、主様をそもそも迎え入れはしないと思います。一応、元の国を裏切って、または脱獄して逐電した、ともいえる人なのですから」
「わしも、貴樹様がお疲れなだけだと思いまする。少し休養をしましょうぞ。それがよろしい」
「む……そうか」
釈然としないながらも、疲れていることは確かなので、貴樹はふうと息を吐いた。
この話を聞いたフィーネは、別の疑念を抱いた。
水明国は、貴樹をただの便利な駒として使い倒すつもりではないか。
兵法家の地位向上の意思そのものは、彼女としては疑う気はない。そうでなければ兵法家を拾い集めるなどという、外交的に大きなリスクをわざわざ背負うことはないだろう。
しかし、その意思は果たしてどの程度の結果を目指しているのだろうか?
率直に言うならば、「継承会議を打倒する」までのつもりはないのではなかろうか。フィーネの悲願である、あの怨敵の殲滅は、必ずしも志してはいないのではなかろうか。
継承会議周りをなあなあにしつつ、ただ己の覇業、この世界の英雄になるためだけに、貴樹をこき使う腹積もりではないか。
そのついでに《兵法家》の地位を中途半端に回復させる程度の志に見えなくもない。
人によっては、それでも充分にマシと考える者もあるだろう。英雄の覇業に貢献したとあれば、《兵法家》は少なくとも迫害を免れることにはなるだろう。
そうしないと今度は国王の地位が危うくなる。
だが……フィーネの考えとしては、あくまで継承会議の滅亡まで完遂させなければならないという腹でいる。
そして、国王はどうも、そこまで意欲してはいないような気がする。それは今までの経緯や貴樹たちへの処遇を総合的に考慮した結論である。
……もしそうだとすれば、どうにかして方針を変えさせなければならない。
繰り返すが、フィーネの悲願は、《兵法家》の完全な復権と継承会議の討伐。これは双方が完遂されて初めて趣旨を達するものである。少なくとも彼女にとっては。
しかし、どうやって国王に志を立てさせる?
……いや、いっそ国王を倒して政権を奪取するか。もとよりあの国王に弁舌で勝てるとは思えない。
我らが貴樹、《論客》適性のある彼でさえ、きっと方針を転換させるほどの大成果は上げられないだろう。あの国王はかなりの志操堅固に見える。
しかし、政権奪取は反逆者の道。世間からは後ろ指を指され、《兵法家》の待遇やら扱いは、一時的にとはいえますます陰惨を極めるだろう。
自分たちの戦略に支障をきたすまでに。
何か口実はないものか。謀反を正当に理由づける何かが。
彼女はただ無言で考えた。
一方、別の趣旨で貴樹の動向を心配する者がいた。
継承会議、その祭司であるシグルドであった。
天嵐国から主人公が出奔し、水明国に身を寄せた報せを聞いて、彼はこう思った。
――下手に「救世主」をも迫害するのは最悪の一手だ。本格的に彼への暴虐が始まる前に出奔できて、本当によかった。
いや、よくはないのかもしれない。すでに貴樹の心には《兵法家》迫害者たちへの憎しみが芽生え始めているのではないか。
推測に過ぎないし、憎しみというほど彼はこの世界にまだ関与していないと彼は思う。しかし貴樹にとってこの世界への心証は最悪に近いだろう。
彼のご機嫌取りさえすれば、兵法家との融和が成功する、などとはシグルドは全く、これっぽっちも考えていない。
しかしかといって、彼を軽んじ、蔑み、害をなしてしまったら、兵法家の象徴でもある彼の意思は必ずや世界に対する戦いに向かうだろう。
貴樹を特別扱いするのではない。《兵法家》へ徐々に歩み寄り、その象徴である彼をも尊重しなければ、融和は限りなく遠のく。
また、救世主を迫害したなら、そのしわ寄せは最終的に、世間的に迫害を指導している継承会議に来るに違いない。
融和の理想を達するためにも、継承会議を死線へ追いやらないためにも、「救世主」貴樹を冷遇してはならない。
しかし、水明国は貴樹以外にも《兵法家》を集めているという。
もしや己の覇業のために、集団戦を復活させ、サンペイタの忌み嫌った「血煙」を再び顕すつもりなのだろうか。
そうだとすれば、それはそれで平和に対する危機。《兵法家》の待遇はましになるだろうが、サンペイタの築いた外交儀礼を破壊し、世界を戦乱の世へと叩き落とす暴挙。
……兵法家迫害を抑えつつ、血煙を避ける手段はないものか。
若き理想主義者は、人知れず迷い嘆いていた。
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