◎第04話・タイロン

◎第04話・タイロン


 その後、フィーネの言う通り、国境を越えた先の町で、例の商人と合流した。

「おお、フィーネ、そちらの御仁が例の……」

「はい。我が主、貴樹様です」

「おお、これはお会いできて光栄です、わしがタイロンでございます」

 精悍な様子の商人が、大きな体を折り曲げて丁重にあいさつする。

「ああ、タイロンさん、私が貴樹です。この世界に召喚された者です」

 元貴族である商人。しかしその鍛え上げられた肉体は、《商人》、《兵法家》のどちらにも似つかわしくないような気がした。

 きっと筋肉だけでは適当な適性職がないのだろう。そして彼の本領は、筋骨以上に冴え渡る頭脳なのだろう。

 そう思わないと、つじつまが合わない。

「おお、タイロン『さん』などと、わしは少々悲しいですぞ」

「えっ」

「わしも貴樹様に仕官いたしたく。せっかくの天の配剤ゆえ、『わしが呼び捨てにされるような仕儀』を望んでおります」

 なるほど、と貴樹は思った。

「確かに、味方は多いほうがいいな。しかし商家のほうは」

「何人かの番頭格に任せましたゆえ、ご心配はご無用」

 タイロンはなぜか得意顔で答える。

「なるほど」

「主様、叔父はこう見えて信頼できる人です。家臣に加えるに充分と私が保証します」

「むむ。そこまでいうなら」

 貴樹は大きくうなずいた。

「タイロン、俺に従ってほしい。まだ住処も定まらない身だが、どうか俺とともに栄光を目指そう」

「ありがたきお言葉、このタイロン、誠心誠意付いてまいりますぞ」

 大男は深く頭を下げた。

 貴樹は壮年の大男に上からの言葉を使うのに、少しためらいを覚えたが、気にしないことにした。気にしていては大業は果たせないのだろう、きっと。


 合流まではガタガタと、お世辞にも快適とは言えない旅路だったが、タイロンが手配したまともな馬車に乗り換えると、割と緊張の解ける行程になった。

「水明か」

 貴樹がひとりごちる。

 天嵐には数週間滞在したが、ほとんど離れに幽閉されていたため、滞在したという感じはしない。少なくとも城下町は、脱出のときに一瞬通過したのみである。まともな町を見たのは、タイロンと合流したところだけである。

 そういえば、その町でも余計な行動はしていない。文明の具合をつぶさに観察する、などという余裕は無かった。

 そのため、この世界における文化、町の発展具合というものが、貴樹には今ひとつ分からない。

 だが、水明で庇護を受けることができれば、その時間も確保できるのだろう。

 ようやく世界の案配を知ることができる……といえば大げさかもしれない。国や市街によって文化はまちまちであろう。水明の首都を見て、全てを分かった気になってはいけない。

 しかし、それでも彼は、街をぶらぶら見て歩きたかった。この世界はまだ分からないことだらけだから、せめて自分の見ることができる範囲では、自分の目で世界の様子を見たかった。

 分からないことだらけ。

「そういえば」

 彼は思い出した。

「フィーネさ……フィーネからは継承会議について、ごく大まかなことしか聞いていなかったな。タイロンは詳しいか?」

「おお、まさにフィーネよりは、継承会議のことを知っている自負がありますぞ」

 タイロンがニカッと笑う。

「これでもわしは、若き頃は継承会議について、書物を読み漁り議員どもの説教を聞いたものです。いつかやつらの詭弁を打ち破るために!」

 姪も姪なら、叔父も叔父である。

 ともあれ、貴樹は請うた。

「ぜひ話を聞きたい。この世界のことを少しでも知っておきたいからな」

「お任せあれ!」

 タイロンは語り始めた。


 要約すると以下のようになる。

 約二百年前、日本人と思われるサンペイタがこのファシリオンに召喚された。呼んだのは天嵐……の前身となる国だという。

 彼は職適性として正適政治家準適兵法家《思想家》を有していた。もっとも、彼の現役時代にはまだ兵法家差別は無い。

 記録によると、サンペイタは数多の戦において指揮を執り、おびただしい数の戦死者を見たという。

 それに心を痛めた彼は、戦乱の最小化を決意。そのために「戦争を一騎打ちの試合とする『外交儀礼』」を考案し、その定着に着手した。

 しかし、そこへ主として兵法家が立ちふさがる。

 この時代の兵法家は、すなわち戦争屋、敵を打ち倒して軍功を挙げることこそが存在意義だと固く信じていた。貴樹が豆知識として聞きかじったような、戦争の勝敗を予見し、無理な戦いには事前に歯止めをかける、といった課業は、少なくとも彼らにとって是とするものではなかった。

 サンペイタは兵法家たちと死闘を繰り広げつつも、戦術というより政略で怨敵を追い詰めていった。

 そして辛くも戦争屋の連盟を退け、戦いに終止符を打った。

 だが、サンペイタはその直後にとある決断をする。

 《兵法家》の職適性を有する人間は、いつか必ず戦争屋となり、災禍を引き起こす。彼が来てからの激闘の歴史を見れば、それは容易に推測がつく。ならば……。


 ならば、《兵法家》を徹底的に迫害する。平和を乱す不穏分子は、その頭角を現す前に、身勝手な野心と闘争への意思を、全て叩き折る。二度と血煙の戦乱を引き起こさないために。


 こうして《兵法家》への徹底的な迫害は実行され、サンペイタや後継者たちの莫大な努力により継続し、社会にとって当然の規範となって今に至る。


 以上のことを、タイロンはサンペイタらへの罵詈雑言をちりばめながら話した。

「そしてサンペイタのゴミ野郎は、自分が何をしでかしたかすら理解できぬままに、安穏と寝台の上でポックリ逝きやがっ……死去したのです!」

 とりあえず、《兵法家》がサンペイタをどう思っているかは、貴樹にもしっかり伝わった。

「……あれ、ちょっと待って、サンペイタも準適で《兵法家》持ちだったのか」

「その通りですぞ、あのカスは自分の適性を看過する矛盾野郎だったのです!」

 タイロンは額に青筋を浮かべながらまくし立てる。

「あのカスの掲げた理念とやらからすれば、まず真っ先に自分を始末するべきだったというのに!」

「いや……それはまあ……仕方がないのでは。サンペイタは血煙の兵法家と戦う指導者だったのだから、自分が死んでは何もならないぞ。……おっと、サンペイタを正当化するわけではない、うん、全くだ」

 貴樹はタイロンの怒気を見て、あわてて言葉を継ぎ足した。

「しかし、だいたい歴史は分かった。思ったより根は深いな」

「なに、単純明快なことですぞ、サンペイタの継承会議どもを根絶やしにすれば全部」

「あまりそうカッカするな。どこに敵がいるか分からないぞ」

 戒めると、タイロンは「御意」とつぶやき、大きな体をちぢこめた。

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