◎第03話・はじめての家来
◎第03話・はじめての家来
城、というか天嵐国の国境から十分に離れた某所。
ひたすら畑の続く、ひなびた道を荷馬車が走っていた。
人を乗せて。
「ここまで来れば、まず大丈夫ですね」
フィーネが言う。
「そういうものですか」
「はい。あの薄汚れた『連中』は、もう追いつかないでしょうね」
彼女は独りうなずく。
「はあ。それなら、もう聞いてもいいですか」
「ええ。全てお話しします」
彼女は貴樹に向き直った。
いま私たちが向かっているのは、水明という国です。
「水明?」
はい。この国は非常に珍しく、兵法家適性を持つ人間を広く募っている国です。私たちも、あの国でなら、ひとまず処刑されることはないでしょう。
「それはいいですね」
おっしゃる通りです。特に貴樹様は救世主として召喚されたお方ですので、かの国も丁重に遇することでしょう。
「他国が召喚した男だとしても?」
きっと関係ないと思います。万一斬ってしまっては、もう他国から兵法家がやってくることは二度とないでしょうから。
「それもそうです。そしてフィーネさんも斬られることはないでしょうね」
ふふ。
……ところで、なぜこうもあっさり逃亡に成功したか、不思議に思われませんでしたか?
「ああ、ちょうど聞こうと思っていたところです」
実は、私の叔父が手引きなどしています。
「叔父さんが、ですか。しかし、その叔父さんは今どちらに。場合によってはその人に危害が及びませんか?」
もうすぐ合流する予定です。
「合流……その方は城の外にいる……んですか、城内にいたのなら一緒に逃げるはずですし」
ご明察です。叔父タイロンは別の地で商家を営んでおります。あの国に仕えていたのは遠い昔の話です。
そして、タイロンは正適が《商人》、準適が《兵法家》です。
「兵法家! なるほど、だいたい分かりました」
はい。お察しの通り、叔父はその適性ゆえにとことん疎まれ、出奔して商いを始めました。手引きができたのは、ひとえに宮仕え時代のつながりと多少の財力のおかげです。
「タイロンさんに救われたようなものですね。ぜひ合流して直接お礼を申し上げたいです」
ふふ。私にも感謝してくだされば幸いです。
話を聞いて、貴樹はフィーネの腹の内まで理解した。
要するに彼女は、最初から、というより少なくとも貴樹の適性が分かった時点から、天嵐からの出奔を考えていたのだろう。
そのためには味方は少しでも多いほうがいい。特に救世主として召喚された貴樹を引き込めれば、ある種の権威も手に入るし、才智も頼りになることだろう。
また、そう考えれば、叔父タイロンに早いうちから根回しなどを頼んだであろうことも容易に想像がつく。手際の良さからして、準備はきっと早期から行われたはず。
貴樹が考えを巡らしていると、彼女は急に真剣な声で言った。
「貴樹様」
「えっ、はい」
彼女は一拍置いて、また口を開く。
「失礼ながら貴樹様には、《武芸者》など、個人的な武勇に関する適性職がありません」
「そうみたいですね」
「きっとあなた様の、剣術や武術の才は、並程度かそれより下です」
「そうですね。自分でも、武術が向いているようには思えません」
「そこで」
彼女はまっすぐに貴樹の目を見る。
「私は貴樹様の家臣として、お仕えさせていただきとうございます」
芯の通った声でそう言った。
「家臣?」
「私の適性職には《武芸者》や《突撃兵》があります。もしあなた様が危機に陥った際には、培ってきた技で敵を討ち倒すことができます」
「なるほど」
「同時に《兵法家》として、あなた様と同じ苦難を分かち合うこともできます」
「そうですね。この世界は《兵法家》とそれ以外とで、線引きがあるみたいですし」
話が本当だとすれば、《兵法家》同士が手を携えて困難に立ち向かうことは、まずもって妥当なやり方だろう。
「私は、あなた様が何か大業を果たせると信じております。微力ながら、そのお手伝いを私はしたいのです」
「……その大業というのは、継承会議を倒し、兵法家の報われる世界を作ることですか?」
彼はそう反問した。
せっかくなら本音で話をしたい。この女性はかなり頭の回る人であるから、せめて本心だけは聞いておきたい。
彼女は答えた。
「半分は合っていますが、半分は違います。可能なら継承会議を討ち倒し、全ての《兵法家》が不当な仕打ちから救われる世界になったほうがよい、そう考えてはおります。しかし、実際に私たちがどういう命運をたどるかは、私にも分かりません。相手は強大でありますから、無理は無理かもしれません」
「それもそうですね」
「ただ、たとえそれを果たせなかったとしても……私は、あなた様の切り拓く道を見てみたいのです」
彼女は静かに、しかしはっきりと言う。
「私の見込みでは、継承会議を滅ぼすかどうかはともかく、あなた様はなにか大きなことを成せる方です」
「そうかなあ」
「とすれば、あなた様に付き従って、その大業をお手伝いしつつ、そばで見ていたい、と思っております」
「むむ」
「それに、その大業の成果を筆頭の家来として、少しばかり賜りたいとも」
ふふ、と彼女は笑った。
この人は本当にこういう算用が得意だな。彼は思った。
「分かりました。フィーネさんを第一の家来とします。主君として足りているかどうかは分かりませんが、よろしく」
「家臣に敬語も敬称も要りませんよ。お気持ちは嬉しいですが」
「そうですか。……そうか、フィーネ、これから俺をよく支えてくれ、よろしく頼む。……こういうことか?」
家臣を持ったことなどないので、彼は若干不安だったが、彼女は満面の笑みで応えた。
「承知いたしました。長い道のりになると思いますが、よろしくお願いいたします、主様」
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