◎第02話・出奔

◎第02話・出奔


 それから貴樹は、フィーネからこの世界のことを、軟禁の暇つぶしを兼ねて色々教わった。

 この国は天嵐ということ。一騎討ちのプロトコルは、約二百年前の名宰相「サンペイタ」が忌々しくも定着に成功させたらしいこと。そのサンペイタは、貴樹と同じく異世界から召喚された人間であること。

「そのサンペイタとやらも、召喚された者なんですか」

「はい。多数の文献に残っているそうなので、それは間違いないと思います。世間的には、偉人です」

「サンペイタ……二百年前、つまり江戸時代後期の『三平太』という名前の人物かな?」

 もちろんそんな人物は、貴樹の知る歴史には残っていない。あくまで憶測である。

「いや待ってください。召喚の儀式はここ二百年間、行われなかったんですか?」

「はい。召喚には『天命の門』が開くことが必要で、これは約二百年に一回開くのです」

「うーん、そういうものですか」

「ええ、そういうものです」

 彼女は微笑みながらうなずいた。


 そしてさらに数日が経った。

 彼は思う。このフィーネという女性、どうも何かを計画しているような気がする。

 貴族の中ではとびっきりの冷や飯食らいで、それでいて一騎討ちには動員させられる。その戦功に報いられることはなく、ひたすら冷遇を受けている。

 さらに、その中、彼女からみれば馬の骨であるところの貴樹の世話を献身的に行い、何も不平不満を表に出すことがない。普通なら多少は不満を表現することもあるだろうに、と彼は考える。

 加えて、なんとなくだが、彼女は彼を何か、「彼女の側」に引き入れようとしている。プロトコルに関しては微妙に否定的に語り、兵法家迫害を「苦難」などと称して、徐々にマイナスイメージを付与しようとしている。これらは彼女がプロトコル周りで嫌な思いをしているからに過ぎない、といえばそれまでだが、しかし彼女の誘導の仕方は、単なる嫌悪にはとどまらないような気がする。

 しかし、それでもいい、と彼は考えた。

 彼自身の生殺与奪の権は、いま、己には無い。脱走しようにも、この城のことを全く分からない以上、どうにもならない。運命を変えようにも、彼から行えるアクションは、今のところ何も無い。

 とすれば、何かを企んでいるようなフィーネの思うままに動くしかない。業腹ではあるが、とりあえず彼女は彼を殺そうとはしていないだろう。そうでなければ少なくとも、このような態度はとらない。

 色々考えた末、彼は状況を静観することにした。


 あるとき、フィーネとこのような話をした。

「一騎討ちのとき、兵たちは何をしているんですか」

 実質的に観衆に過ぎないとは聞いたが、一応引き連れてくる以上、形式的に何らかの役割があるはず。

 そう考えて問うた。

「建前上は、一騎討ちをする戦士が作法に違反したときに、制裁を加えます」

「うん?」

 彼は首をひねる。

「そうだとすると、判断に不服、賛同の敵味方でもみくちゃになって、集団戦をすることになりませんか?」

「審判役の協議の上で制裁は加えられるので、乱闘にはなりません。そもそも、一騎討ちの作法に反する行為があること自体、まれです」

「むむ、なるほど」

 一騎討ちのプロトコルは、かなり強固なシステムとなっているらしい。


 またあるときは、こんな話をした。

「サンペイタ継承会議というものがあります」

「継承会議……名前の通りですか?」

「はい。兵法家適性者たちにとって、最大の敵です」

 継承会議は、サンペイタの教えを受け継ぎ、そのプロトコルを世界中で維持することを目的とする勢力。その権威は高く、一国の君主といえどもおいそれとは逆らえないという。

 近世ヨーロッパにおけるヴァチカンに近いようだ。もっとも教会勢力と違い、全国に支部や教会を持っているわけではないらしい。

 もう一つ違いを挙げるとすれば、神の教えと秩序をあまねく広めることではなく、「世界平和のための」プロトコル維持を目的としていることか。

「世界平和のため……実に反吐が出る!」

 こう言ったのは貴樹ではなくフィーネである。

 言われた彼は、突然の語気に驚いた。

「おお、うん、そうですね……」

「おっと失礼しました。うふふ、私は礼節をわきまえた淑女であり、反吐などという無粋な言葉は使っておりません。そうですよね、貴樹様?」

「おお、うん、そうです……」

 なぜか貴樹が威圧されることに若干の疑問を覚えながらも、彼はうなずいた。

「しかし、それほどまでに継承会議は」

「ええ。兵法家迫害を先頭に立って推し進めている、諸悪の根源です」

 サンペイタが兵法家迫害を始めたのなら、その主義を継承する会議がそうするのも、うなずけることであろう。

 もっとも、それを受け容れる気は彼女にはないようだが。

 ……いや、貴樹とて受け容れる気はない。なぜならそれは、迫害をおとなしく受け続けることを意味するからだ。

 とりあえず、継承会議をどうするかはともかく、目の前の迫害に対処しなければならない。

「継承会議か。根深いですね、色々」

「反吐が出……もとい、いささか目に余るものと私は思います」

 きっちり淑女らしからぬ言葉を聞いた貴樹は、しかしそれはそれとして、「根源」の名を頭に刻んだ。


 二週間が経った。

「貴樹様」

「なんです、フィーネさん」

「そろそろ、この幽閉の状態にも飽きてこられたのではありませんか」

 やぶから棒に言う。

「いやあ、まあ、そうですね。というか、もしかしたら危険もあるんじゃないかと思い始めて……」

 つまり、この天嵐国が貴樹を処刑するのではないか、という危惧。

 話を聞く限り、兵法家がこの世界では呪われた適性職であることは常識のようである。仮にも「救世主」として召喚された人物が、その呪われた適性を持っているというのは、きっと許されざることなのだろう。

 となれば、その矛盾に満ちた人物を、速やかにこの世から退場せしめるという判断に至ってもおかしくはない。

 いや、勝手に呼んでおいて、変な判定によっていきなり息の根を止めるというのは、おかしいといえば充分におかしい判断である。貴樹でなくとも意義を申し立てたくはなる。

 しかし、かといってフィーネが嘘八百を並べ立てているとも思えない。

「おっしゃる通り、どうやら国王陛下や重臣たちの会議では、徐々にではありますが、貴樹様を……処刑する方向に論が傾きつつあります」

「やっぱり」

 彼は黙ってやられるほど惰弱ではない……が。

「しかし、いったいどうすれば。フィーネさん、何か秘策は」

「よくぞ聞いてくださいました」

 話を振ると、急に彼女は喜色満面になる。

「結論から申しますと、実は、私の持つ諜報工作に関する色々で、逃亡の手配を済ませてあります」

「えっ」

 突然の吉報に驚く貴樹。

「逃亡の手配……いや、どこへ?」

「ふふ、全ては私にお任せください」

「フィーネさんに?」

 彼は首をかしげる。

「えっ、まさか、あなたも逃亡、というか『出奔』するんですか?」

「そういうことになります」

 あまりの動勢に、面食らう。

「ちょ、ちょっと待って、いったいどういう」

「貴樹様」

 彼女は真剣な表情で問う。

「あなた様は、ここで命を散らしたいのですか、それとも生き延びたいのですか」

「……生き延びたいに決まってる」

「でしたら、答えは一つしかありません。私についてきて、一緒にこんな国を捨てましょう」

 彼女は真摯な瞳で彼を見る。

「……そうですね。ここにいては何も始まらない、どころか、終わるだけです。私はフィーネさんと一緒に脱出します」

 彼はうなずき、荷物をまとめ……るものもないので、ひとまず身一つで立ち上がった。


 見張りの兵士を無力化し、ときに組打ちの技を用いながら、出口へひた走る。

 ……といった特殊部隊のようなやり方ではなかった。

 どうも内通の根回しをしていたようで、兵士が不自然なほどに気づかぬふりをし、自分がここにいるのかいないのかすら困惑しながら、ひたすら横を小走りに駆け抜けた。

 フィーネは伯爵家の冷や飯食らいである。その彼女に、ここまでの根回しができるだろうか。この安全極まる脱走を実現できるほどの権力、権威、または財力があるのだろうか。

 きっとそうではない。

「不思議がっておいでですね」

「いや、だって、それは、うん」

「後で全部ご説明します。いくら私たちでも、ここでお話しするのは得策ではありません」

「まあ、そうですね」

「行きましょう。もうすぐですよ」

 言って、彼女は扉を開いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る