一騎討ちのプロトコル――兵法家たちは世界へ復讐の刃を向ける

牛盛空蔵

◎第01話・召喚

◎第01話・召喚


 明らかに不慣れな様子ながらも、それなりの陣を組み、戦闘態勢を備える軍。旗には水明国の証、天秤の紋が見える。

 一方、敵軍は。

「おいおい、本当に来るのかよ……」

「どうする?」

「どうするもこうするも、やるしか……」

「だけどよ、これ、勝てるの?」

 一応整列してはいるが、戦陣というには程遠い。隊伍というより、本当にただの「整列」。

 まるで、集団戦をしたことがない集団のようだ。

「これは違いが出ているな。はっきりと」

 天秤の軍の後方で、貴樹がつぶやく。

 その言葉を拾うのは、彼と同じ「職適性」、つまり《兵法家》適性を持つフィーネ。

「おっしゃるとおり、見ただけで分かるほどですね。しかし、我が軍の練度も、きっと貴樹様から見ればまだまだ足りないのでしょう」

「それはそうだが……まあ、これが『初戦』では仕方がないな」

 そう、これは「初戦」。およそ二百年ぶりに、この場の全員が臨戦する、世界の初陣とでもいえるものだ。

 とはいえ、その中でただ一人、ある程度は集団戦を理解している貴樹……彼に調練を受け、なんとか形になる程度の戦い方を心得た天秤の軍は、「プロトコル」――貴樹が勝手に名付けた古の方法に従い、一騎討ちをただ眺めているだけだった敵軍に負けるはずもない。

「さて、二百年の眠りを覚ます戦い、しっかりこの目で見るとするか」

 彼は満面の得意顔を連想する字面と違い、まるで世界を憎むような眼光を見せた。


 三ヶ月前。

「おお、これぞ救世主様、召喚の儀式は成功だぞ!」

 家でゲームをしていた貴樹は、突然、どこかへ瞬間転移――というより召喚を受けた。

 普通の高校二年生であった彼には、もちろん、それが異世界への転移であることなど分かるはずもなかった。

「え、……え?」

「さあ救世主様、まずは『適性職』の確認をしましょうぞ!」

 周囲を囲んでいた、彼にはわけの分からない人に言われるままに、彼は手を差し出した。

「運命の思し召しのもとに、かの者のあるべき道を明らかにしたまえ。ベク・ヒズ・アトプ・ヨプ!」

 空中にいくつかの模様が浮かび上がる。

 すると。

「なんと……」

「これは、とんだ大はずれではないか」

「よりにもよって正適が《兵法家》……世界の敵だな」

 一気に剣呑な空気になった。

 いきなり転移され、言われるままに何かの儀式を行い、そしてその内容になにやら不満を表現される。

 貴樹としては、意味が分からないなりに、どこか腹が立った。

「あの、私が何か……?」

 しかし返ってきたのは怒声。

「黙れ《兵法家》!」

「世界を乱す悪魔め!」

「とはいえ仮にも救世主……貴人用の離れでしばらくおとなしくしてもらおうか」

 彼には、本当に意味が分からなかった。

「……は? いったいどういう」

「連れて行け!」

「はっ!」

「おい何をする、離して、ください!」

 貴樹は抵抗をするも、屈強な兵士二人になすすべもなく、今度は物理的な力で「離れ」に送られた。


 送られた軟禁用の部屋で、今度は女性と会った。おそらく貴樹と同年代である。

「お初にお目にかかります。あなた様の身の回りのお世話をさせていただきます、フィーネと申します。今後ともよろしく」

 彼女は優雅に一礼した。ゆったりと気品にあふれ、かつ嫌味を感じない。ただのあいさつのはずなのに、訓練を受けたかのような所作で、しかも決して無機質ではない。

 貴樹は日本の外の作法には詳しくないが、どうもこの一礼は、いわゆるメイドというより、貴族のそれのような気がした。そういえば彼女の服装も、メイド服ではない。この地域ではメイド服という概念がないだけなのかもしれないが、しかし、彼は彼女を言葉通りの「お世話係」だとは思えなかった。

 だがそうだとすれば、貴族またはそれに近い者が、なぜメイドのようなことをするのか。

「あの、フィーネさん」

「はい」

「あなたのご出身をうかがっても……?」

 彼はおそるおそる聞いた。この地域の作法が分からない以上、何が失礼にあたるか分からない。

 しかし杞憂だった。

「はい。私はザンデという者を始祖とする、伯爵の家系です。現当主の次女でございます」

 まぎれもない貴族。

 しかも初対面の他人に名乗れるということは、勘当など身分を奪われたわけでもないと思われる。

「……伯爵……家のお嬢様がなぜ……」

 なぜ、俺の雑用なんぞを?

 彼はその質問を、言葉を選んで投げようとしたが、それより先に彼女が返した。

「やはり貴樹様は鋭い勘をお持ちのようですね。さすがは《兵法家》の救世主です」

「……どういうことです?」

「失礼いたしました。あなた様は事情を知る資格があります。私の知っている範囲で、洗いざらいお話しいたしましょう」

 彼女はうれしそうに柔らかく微笑み、語り出した。


 この世界は、貴樹のいた世界とは異なると思われる。

 貴樹のいた世界を地球世界とすれば、この世界は「ファシリオン」という、異世界である。

 そして先ほど、他の貴族たちが不思議な文言で何かを見ていたのは、一言で言えば「適性職の検査」である。

「この世界には魔法があるんですか?」

 少なくともファシリオンの人間は、あれを魔法だとは思っていない。また、適性職識別と異世界からの召喚の他に、あのようなやや不思議な作用を起こす何かはない。

 なお、貴樹とフィーネらとで言葉が通じるのは、召喚儀式の付随的な効果によるものと推測される。

「適性職を見る……しかし見た瞬間、あの場でいきなり態度が変わったような……適性ごときでああも変貌するんですか?」

 それを理解するには、少し話が長くなる。

 適性職の種類は多彩だが、ファシリオンではほとんどの人間が嫌悪感を抱く、というか迫害されている適性職が一つだけある。

 それは《兵法家》。文字通り軍学と戦術の素養を持つものである。

 この世界では、戦争は戦争ではない。国の代表七名が勝ち抜き形式で一騎討ちをし、その結末で国の勝敗を決める。そのような方法で、国同士の問題は決着をつけられる。

 なお、兵士や一騎討ちをしない武将たちは、基本的にその様子を整列して見ているだけである。形式上はなんやかや存在の理由をつけられてはいるが、実際は単なる観衆である。

 この戦争方法、もとい「外交儀礼」は世界中で採用されており、約二百年の歴史を有する。

「なるほど。その外交儀礼……『プロトコル』に兵法家は邪魔なだけですね」

 その通りではあるが、むしろ兵法家迫害の歴史は、そのプロトコルを成立させた際の経緯が主な発端であるとされる。

 フィーネもそれほど二百年前の歴史に詳しくはないので、いずれ別の人間に教えを請うことが必要になろう。

 現在の話に戻る。貴樹は、最近不穏なファシリオンを安んずる救世主として召喚されたが、正適――最適な職は《兵法家》であり、準適――ほかの適性職は《君主》、《論客》だった。フィーネは正適が《突撃兵》、準適が《武芸者》、《指揮官》、《兵法家》である。

「準適が……つまり身分に合わない役目を負わされたのは」

 それは、彼女が準適とはいえ《兵法家》の職適性を持っていたからである。

 もっとも、彼女の適性職は四つもあり、一騎討ちにもある程度適する傾向でもあることから、迫害やら勘当やらまではなされずに済んだのだった。

「しかし……失礼ながら、お嬢様は、想像ですがかなりの冷遇を受けられているのでは」

 全くもって貴樹の想像の通り。ほかの貴族からは腫れ物扱い、家では家族と一緒に食事すらできない。当然縁談もない。その割に一騎討ちのプロトコルには駆り出される。

 ――私と貴樹様は、運命の……苦難を定める運命の糸で結ばれているのですよ。

「苦難の運命か。適性職とやらでそこまで人生が決められるわけですか」

 異世界の険しい道のりは、貴樹にとって、まだ始まったばかりといえよう。

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