3.乃天《のあ》の正体

 目が覚めた場所は、薄暗い部屋のソファらしきものの上だった。もやっとした白い霧にいるようで、何もかもがはっきりしない。


 私がごそごそっとしたことに気がついたのか、大きな人の影が近づいてきた。頭に角がある?? ぞわっと背中に寒いものが走る。悲鳴をあげたいのにあげられない。怖くて歯ががちがちとなる。


「わたしは、優瓜ゆうりよ。乃天のあじゃないわ。だから、ここから出して、うちに帰して!」

『あの家にはもう、がいる。ヒヒ』


 今まで聞いたこともないような低くてしゃがれた声だった。


「それが間違いなの!」

『お前はもう優瓜ゆうりではない。ヒヒ』


 断定する言葉に、ひゅうっと心臓が止まりそうになる。


「どういうこと???」

『我らは、秘密結社天邪鬼。願いを叶える妖集団。お前は乃天のあに家を、衣服を、食べ物を分け与えた ―― つまり、身代わりの術は成立した。ヒヒ』

乃天のあの言うことは嘘だったの?」

『同じ女から生まれた同じ魂、同じ顔の人間が幸せでいることは許せなかったらしい。天邪鬼のくせにな。ヒヒ』


 その人が何を言っているかわからなかったけれど、一つだけはっきりしている。乃天のあの嘘を信じたから、私、こんな怖い目にあっているんだ。許せない。絶対に許せない。


『食料として喰われるか、俺達に奉仕をするか、選ばせてやろう。ヒヒヒ』 

「どちらも嫌よ! 家に帰る!!」


 私は、やみくもに白い霧の中を駆けだす。

 

 ひゅんと何かが風を切る音が耳に届いた。

 

 胸のあたりに熱くて鋭い痛みが走る。立っていられず、私は胸に手を当てて、うずくまった。

 

 ごぼっ。ごぼっ。


 咳と一緒に大量の鉄臭いものが口から吐き出され、胸をおさえていた手の隙間から熱くてどろりとした液体がこぼれていく。



 ざくりっ。


 自分からこぼれていく正体が血だとわかる前に、耳元で大きく何かが切られる音がした。目に映る世界がぐわんと跳ねる。


 最後に私の目に映ったのは、血の海に倒れている首のない自分の身体だった。






 



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