2.知らない世界


 乃天のあに連れられて初めて入ったカフェは、白い壁とテーブルが印象的だった。


優瓜ゆうりって、いつも、何をしているの?」

「うん。たいていは部屋で機織りかな」

「機織り? ふるくさ。もっと、ぱあっと楽しいことをすればいいのに」


 おしゃべりしていると、イチゴがたくさんのったケーキが運ばれてきた。乃天のあが記念に写真を撮ろうとスマホで写真を撮る。データ送るためにアドレス交換をする。いろんなことにワクワクする。


「ここのケーキって、タルトケーキの店としてちょー有名で、ちょー美味しいんだって話。あたし、いつか妹とここのケーキを食べたいって思っていたんだ! 夢が叶ってほんと、うれしい。食べよ!」


 ケーキを見つめていた私は、乃天のあに言われて、フォークをケーキに入れた。サクっと音をたてて土台の部分が崩れていく。それをイチゴと一緒に口の中に運ぶ。


「おいひい」

優瓜ゆうり、イチゴタルトを食べるのは初めて?」

「うん。ケーキはいつもおばあさまが作ってくれるショートケーキだから……」

「ふ――ん。じゃあ、あたしの柿のタルト、食べる?」

「……、いいの?」

「もちのろんろん。といいたいとこだけど、あたしにも、優瓜ゆうりのイチゴタルト、一口ちょうだい!」

「わけあいっこね。いいわ」


 いままで、分け合って食べるなんてことをしたことがないから、ドキドキする。


 (やっぱり、双子って関係はいいわぁ)


 「ほら」と乃天のあがケーキ皿を差し出してきた。私は、「ありがと」と言って、柿のタルトをちょびっとだけとって、口の中に入れる。


 「柿なのにトロっとしてあまーい!」


 私も自分のお皿を乃天のあの前に出す。乃天のあはイチゴ一つぶん、ざっくりとケーキをとって口の中に入れた。


「あまぁ!! やっぱ、イチゴ、最高!!」

「そ、……そうだよね……」


 (乃天のあのタルトはほとんどなかったけど、私のイチゴのタルトはまだ半分くらい残っていたから、仕方ないかな……でも、ちょっとなぁ……)


 美味しいねって、乃天のあが笑うから、自分の中のもやっとした気持ちを口にできず、私は紅茶を口にした。

 私は、今度は少しだけ多くのケーキを口の中に入れた。乃天のあはケーキを食べ終えて、私のケーキをじっと見ている。もう一口頂戴って言われそうで、私は、慌てて、残りのケーキを口の中に入れた。乃天のあは何か言いたそうにしたけれど、紅茶を飲んだ。そして、口角をあげると「優瓜ゆうりってさ、男とかいんの?」と、聞いた。


「男?」

優瓜ゆうりのことを嫁に欲しいっていっている奴さ」

「……、それって、三矢財閥の三矢祐輔ゆうすけ様のこと? でも、まだ、正式にはお話をいただいていないっておばあさまが言っていたわ」

「三矢財閥の御曹司なんて玉の輿じゃん! 顔よし! 金持ちだし! それに性格も悪くないって噂だし!」

「私、そんなことで祐輔ゆうすけ様と交際しているわけではないわ。個展にいらしてくれて、私が織った布で作った着物を気に入ってくださったの」


 紅茶のカップを見ながら、私は顔を赤らめた。


「つきあっているとか凄いじゃん! ねえ、今日、着ている着物ってその時の??」

「うん」

「うらやましー!! やっぱ、男は着物女に弱いんだな。でもさ、着物って動きにくくない?」

「そんなことはないわ」


 乃天のあは着物に興味はあるけど、着物を着ることに抵抗があるみたい。私は着物の良さを力説する。初めは着物なんてねーと抵抗感満載の乃天のあだったけれど、だんだん、興味を示してくれた。


「そうだ! いいこと思いついた。ねえ、優瓜ゆうり、もう一つずつケーキ頼まない? 今度はあたしがイチゴのタルト、優瓜ゆうりが柿のタルト。それでね、着ているものを交換するの。そうすれば、あたしも着物の良さがわかるかも?」

「え? なんでもう一度、ケーキを頼むの?」

「そりゃ、ちょっとした悪戯さ。そんなことよりさ、もう一つずつ、ケーキを食べられるんだよ。よくない?」

「え、……でも……」

「じゃあ、柿のタルトをもう一つ頼むのでどう?」


 せっかく、着物を着てみようと思ってくれたんだ。ここで、断ったら、乃天のあはもう着物を着てくれないかもしれない。それに、私がしぶっている理由がケーキの数だと思われるの嫌だった。


「柿のタルトは一つでいいわ。二つも食べるのは難しいもの……」

「じゃ、決まりね。注文して、その間に着替えてこよ!」


 お店の人に相談して、着替えられる場所を教えてもらう。そして、二人で着替えて戻ってくると、私達が座っていたテーブルにガラの悪そうな男の人と女の人が座っていた。テーブルには、新しいイチゴのタルトと柿のタルトがおかれてある。私が不思議に思って、乃天のあの顔を見た。その時だった。私達の姿を見つけた二人は立ち上がると、私達の方にやってきて、乱暴に私の腕をつかんだ。


乃天のあ!! 俺達から逃げられると思ったのかよ! お前の行動なんかお見通しさ!」

「私、乃天のあじゃないわ」

「はぁあ? そのワンピース着て、今日出かけたろ。嘘つくな!」


 (この人達、勘違いしている!! 服でわたしと乃天のあを区別してる!!) 


 勘違いを訂正してもらおうと、乃天のあのほうを見る。乃天のあは黙っている。


乃天のあ! 何とか言ってよ。貴女が乃天のあで、今洋服を交換しただけだって!」

「……、そうだったのですね。今、わたくし、この人に絡まれて困っていたところなんです……」


 着物の袖を口元にそえながら、乃天のあがはあっと小さくため息をついた。驚いたのは私の方だ。思わず、「えええええ????」と大きな声をあげた。


「この方、乃天のあっておっしゃるのですか……。少し、精神にトラブルを抱えていらっしゃるようですが、大丈夫ですの?」


 男の人は、「迷惑をかけたようで申し訳ない。こいつは、妄想癖がひどくてな」というと、私の顔にハンカチを当てた。すうぅっと意識が遠のく。


 だめ、みんな、誤解してる。

 乃天のあ、貴女も、どうして、嘘をつくの……?


 





「あんただけ幸せに暮らしているだなんて、絶対に許せない。


あんたとあたしは同じ顔してんだから、あたしが優瓜ゆうりでもいいでしょ? 素敵な男性と結婚して幸せになるのはあたし。あんたじゃない」


 薄れゆく意識の中、何故か、乃天のあの声が頭に響いていた。



 


 

 

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