自分によく似たもうひとりの自分

一帆

1.突然の訪問者


 ピンポーン。


 『私達の留守を狙って、天邪鬼わるいひとがやってくるかもしれないから絶対に開けちゃダメ』っておばあさま達が言っていたから、ドアのチャイムの音を無視する。私は、聞こえないふりをして機織りを続けた。


とん とん からり

とんからり 

とん とん からり

とんからり


 機織りの機械が私の気持ちを落ち着かせてくれる優しい音を立てる。おさで通った横糸をたぐりよせれば、トントンと優しい音がする。踏み台を右足で踏んで縦糸の位置をかえる。そして、で横糸をすうっと縦糸にくぐらせる。に繋がっている横糸の先にある車がカラリと動く。いつもと変わらない音の繰り返しは、私の気持ちを落ち着かせてくれる。



ピンポーン。

ピンポーン。


 ドアのチャイムが、乱暴に鳴る。その音は、私の中に土足で踏み込んできて、無遠慮だ。


ピンポーン

ピンポーン

ピンポーン



 私は、 機織りをやめて、息を殺して玄関を見た。私の気配に気づいたのか、どんどんとドアをたたく音と一緒に、大きな声が聞こえてきた。それは、意外にも若い女の人の声だった。


優瓜ゆうり、いるんでしょ? あたし、乃天のあよ! あんたの双子の姉の乃天のあ! 今日は、うるさいババア達が出かけたっていうから遊びに来たんだ! 扉を開けてよ!」


 (乃天のあ?)


 聞いたこともない名前だ。

 

優瓜ゆうり、あたしのこと忘れちゃったの?? 血を分けた唯一の家族なのに?」


 私の戸惑いが伝わったのか、ドアの向こうの声が、今度は切なそうな、泣きそうな声に変わる。乃天のあのことを覚えていないことを攻められたような気がして、胸の奥をきゅっと掴まれたような痛みがはしる。


「そりゃさ、あんたが施設から引き取られたときは小さすぎて、覚えていないかもしれないけど、あたしはあんたの双子の姉の乃天のあだよ?」


 (双子の姉?)


 私は頭の中が混乱して、口の中がカラカラになる。


 私が養女だったってことは最近知ったくらいの話で、生まれて育った養護施設のことは何も覚えていない。双子の姉がいたなんて聞いたこともない。 


「ごめんなさい。養護施設のことは何も覚えていないの。おじいさまもおばあさまも、私が双子だったなんて言ったことないわ」

「ババアが隠していたんだろ?」

「どうして?」

「あたしがいるってわかったら都合が悪いに決まってんじゃん」

「? どうして?」

「そんなの、知らないよ」


  乃天のあの言葉はそっけない。


「あたしさ、施設でずっといびられっぱなしだったんだ」


  乃天のあのセリフが、チクリと私の胸を刺す。お前はぬくぬく育っていていいよなという言葉が見え隠れする。


「殴る、蹴るは当たり前。まともな食事だってありつけない。双子の妹のあんたに会いたいという願いだけが支えだったんだ……」


 (私のことを支えに生きてきただなんて……)


 申し訳ない気持ちでいっぱいになる。  


「…………」

「あんたとあたしは、同じ籠の中に入れられて施設の前に捨てられたんだ。嘘だと思うなら、扉を少し開けてみなよ。あたしの顔、あんたとそっくりな顔をしてるから」

「……」

「疑い深いのはいいことをだけど、悲しいなあ。すっごく傷つくわぁ」

「……ごめん。おばあさまが、開けちゃダメって言ったから……」

「ひでー。あんた、血のつながった姉妹の言う言葉より、ババアのいいつけを守るんだぁ。……、いいよね。あんたは!! みじめなあたしの人生とは違って、こんな家に住んでさ、すきな機織りをしてさ、ぬくぬくと暮らしてさ。姉が訪ねたっていうのにさ、ドアを開けもしない。薄情を通り越して鬼だね」

「…………」


 ガツンとドアを蹴る音がする。私は怖くなって、二、三歩、後ずさりをする。私が怖がったのが、わかったのか、外にいる乃天のあの声が急に優しくなる。


「ごめん。……、言い過ぎた。そうだよね。心配するのも当たり前かもね。ある日、突然、姉を名乗る人間がきたら、混乱してしまうよね。…………、そうだ! のぞき窓からのぞいてごらんよ。そしたら、少し安心すると思うよ?」


 私は、乃天のあに言われた通り、ドアについている小さな丸いのぞき窓から外を見た。玄関の先にはわたしとそっくりな顔がそこにあった。切れ長のまつ毛。ピンク色の小さな口。まっすぐな濡羽色ぬればの長い髪。ほくろの位置は私が右目の目の下にあるのに対して、乃天のあは左の目の下だ。ただ、私と違ったのは、目の中の黒目の部分――虹彩が深紅色をしていた。


「そっくりだろ?」

「うん」

「信じてくれた?」

「うん」

「じゃあ、扉を開けてよ」

「……でも……」

「…………、あたしさ、施設から抜け出して、最初にしたことはあんたの居場所を探すことだった。三歳の時に別れてしまったあたしの双子の妹の優瓜ゆうりはどうしているだろうって。会いたいなぁって。それだけが、つらい毎日で、あたしの生きがいだったからね。それで、会えたら、普通の姉妹がするみたいに、カフェでお茶をしたり、ウィンドーショッピングをしたり、公園に行ってみたいって、思っちゃってね。想像するだけでもワクワクしてね。………………、悪かったよ。あたしの独りよがりだったんだ。あんたは、わたしのことなんてこれっぽっちも覚えていなくて、あんたにとってあたしはただの胡散臭い女なんだって……。……、帰るよ……。ごめんよ。邪魔したね。……………悪かったよ……」


 乃天のあは大きくため息をついてがっくりと肩を落とすと、踵を返して歩き始めた。


「ま、ま、まって! 乃天のあ!!」


 私は慌ててドアを開けた。


 乃天のあの足が止まり、ゆっくりと振り返った。そして、「優瓜ゆうりなら、ドアを開けてくれるって思っていたよ」と、ゆっくりとゆっくりと口角をあげた。

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