第7話 酒神オーマ
迷宮守りが普段食べる安上がりな食事は、ずっと昔から相場が決まっている。
第一に迷宮芋。迷宮内で広く自生し、あるいは箱や袋に詰められてそこいらで見つかる。薄味だが大きく栄養価も高い上に、迷宮の外でも育つ。ただ単に埋めるだけで、荒れ地でも湿地でもどこでも成長する。
第二に人造肉。水槽のような施設で作られる、正体不明の肉塊だ。お世辞にも味は良くないが、味の濃いシチューで迷宮芋とともに煮込まれ、安く大量に食べられる。
第三に赤ドロ。これはその名の通り、赤くてドロドロした液体で、迷宮の内部の管から流れ出たり、瓶に入った状態で発見される。甘ったるく薬臭いが、活動するのに必要な栄養を補給でき、これで命を繋いだ冒険者は数知れず。食べ物というより薬剤だが、これを主食にする偏食家も数多い。
これらと魔導機関の燃料となる魔石が迷宮で見つかることが、神々が人族の存続を望んでいる根拠と聖職者は口にする。だが、迷宮守りたちは一度は考える――ある日いきなり、世界中の迷宮が消える、もしくは食いものが取れなくなる、そんな事態が巻き起こったら? どの国だろうと迷宮からの資源や水・食料に大きく依存している。多くの人々が餓死し、想像を絶する混乱が全世界を覆うだろう――その騒乱たるや、旧帝国末期の大崩壊にも劣るまい。そして同時に、もしかすると、そうなっちまえばいいのかも知れないと夢想し、しかしそうはならずに、今日も彼らは迷宮に向かう。
ロヴィーサと出会った後、ブランクもまたそういった食事を安く食べ、迷宮に潜り続けた。このグリモ人は結構強く、腕力もなく魔術も達者ではないが、立ち回りが巧かった。彼女はいくつも分裂して見える相手の中からあまり戦闘に集中していない者を見つけ、その死角を突いていると言った――だが一人が良くても他の分体が反応するのではないか? とブランクは反駁したが、一人がおろそかなら全員がそうなるらしい。迷宮病の症状については、その罹患者本人の理屈が大抵一番正しい。
ロヴィーサは大陸北部で信仰が盛んな酒神オーマの信徒――彼女らの言う所の〈酒徒〉だったが、量を過ごすことはなかった。
ブランクはオーマの像を見たことはなかった――神々の石像は迷宮内でも街の中でもありふれた存在で、そこらの市場なら富の神ブラニアや市神アシュウ、鍛冶屋なら火の神フィルクなど、小さな像の一つ二つが当たり前に鎮座しているが、酒場ではオーマの像を見かけることはない。
拠点の近くの酒場でそれを尋ねると、ロヴィーサは店の隅にある、布をかけられた、ブランクが荷物と思っていたものを指差し、あれがそうだと言った。オーマの像は、見るだけで酔いが回る神格を宿すものらしい。そこいらの彫刻家が昨日今日作ったものならそうでもないが、時間が経ったり、酒を特に愛する者が彫ったりした像や、迷宮で発見されたものは一瞥だけでほろ酔いを通り越し、足腰が立たなくなる程だという。
望まぬ者を酔わせたり、過剰に飲みすぎること、すなわち酒を毒として用いることをオーマは戒めている。迷宮内で見知らぬ女神の像を見つけたら、凝視しないよう気を付けたほうが良いとロヴィーサは忠告した。その長い髪は酩酊者の視界に映るもののように歪み、渦巻いているという。
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