第6話 迷宮守りロヴィーサ

 友好的な相手ではなかった。それどころか、恐らく鎧の内部には誰も入っていない。このエリアに出る魔物の情報は公社の資料ハンドアウトで確認済みだ――ゴブリンの追い剥ぎ、霧犬、アスファルト豚、アンシリーコートのスリ……そして生ける鎧リビングアーマー。死者の魂魄が鎧に宿った存在。


 両手で剣を構え、じりじりと鎧は迫って来る。一体だけだ。問題はない。ブランクは折れた刃の命装を発現させ、白熱させた。


 生ごみが満載のゴミバケツを蹴り飛ばして鎧が踏み込み、上段から斬り下ろした。大振りだ、容易い。横に飛びのき、ブランクは振り下ろした直後で停止している手首を狙い、斬り払う。手甲部位が消失し、武器を振るうことができなくなっても、鎧はまだやみくもに体当たりを仕掛けてきた。だがブランクの次の一撃で、魂魄の宿る胸部を貫かれ、大袈裟な音とともに地面に崩れ落ちる。


 戦闘を終え、ブランクは獲得物として生ける鎧の落としたはずの剣を探したが、それは鎧の手首ともども見当たらなかった。どこかに転がっていったのだろうか?


「お見事。助けはいらなかったみたいだね」


 声がしたので振り返ると、若い人間が立っていた。背が高く痩せた女性で、妙な武器を持っている――モップに包丁を括り付けた手製の槍だ。


「あんたの戦いっぷりを拝見させてもらったぜ、なかなかやるね。特に九番目のあんた・・・・・・がな」


「見世物じゃないのだけれど」そう言いつつ、ブランクは敵意のないことを示すために命装を仕舞った。


「かといって見たら石になるってわけでもねぇだろ? あんたは、アランの部隊が見つけたっていうエルフだよな? 転移してきたばかりで、まだ不慣れなんじゃねぇかって話だったが、別にそういうわけでもなさそうだな」


「私はルーキーじゃない。迷宮守りとしての記憶と技能がある」


「らしいね、命装も出てるわけだし、大したもんだぜ。ま、ここいらで活動すんなら今後よろしくな。あたしはロヴィーサ、フィギルのロヴィーサだ。四番目のあんた・・・・・・・以外はあんまし歓迎してくれちゃいねぇようだが」


   ■


 ロヴィーサはその出身地と北部訛りから明確なように、グリモ人だった。各地の迷宮都市をふらふらしている流れ者で、この地下迷宮も来てしばらく経つので、そろそろ他所に移ろうかといったところだ。ブランクももう少しここで旅費を稼いだら近くの街に移ると言ったら、そのときに同行したいと申し出た。最寄りの都市はグリモ最南端のリムハースという街で、まずはそこを目指すのが良いとのことだ。


 彼女は迷宮病の症状として、人や魔物が数倍に分裂して見えるという妙な症状を抱えていた。魔物と戦う際には、そのうちもっとも弱そうな個体を狙って突くことで、格上の相手をも時には狩ることが出来た。


 周囲の魔物をいくらか倒し、今日明日の宿代と食事代くらいを稼ぎ拠点へと帰還する途中で、ロヴィーサが尋ねる。

「ブランク、記憶がねぇってのはどういう気分なんだい? 特にエルフのあんたは、 真名トゥルー・ネームが分かんねぇってのは辛いんじゃねぇのか?」


 多くのエルフは本当の名を両親や配偶者、部族の長老以外には教えない。その代わり植物や動物、伝説的な英雄や王などの名を纏名クロークド・ネームとして用いる。それは呪術的な防御だ。呪いに抗する朔月の騎士や、多くの迷宮守りたちがこれを真似ている――あるいは素性を探られたくないために――だが、エルフの住まう大陸シュマールの外では、実際廃れつつある風習だ。


 ブランクは別に気にしないと言い、それよりも未来が不鮮明なほうが厄介だと付け加えた。


「ああ、まったくその通りだぜ、なんてこったいジョリー・ラッツ、あたしもお先真っ暗さ。我ら誇り高きしみったれた迷宮守り、こんなときは飲むしかねぇな」



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