第5話 路地での探索

 公社支部はどこでもそうだが、松明を掲げた牛頭の魔物の像が目印だった。それは旧帝国の時代に公社を設立した一人、ミノスという名の迷宮守りに由来していた。彼はこの魔物を召喚する力を持ち、いくつもの迷宮を踏破したという。牛頭たちは「ミノスの牛」という意味の〈ミノタウロス〉と呼ばれるようになり、その姿は公社の象徴となった。


 ブランクは迷宮公社に赴き、転移届けを提出するとともに蟲どもの魔石を換金した。公社付きの魔術師が転移の痕跡を調べ、面倒そうにいくつかの書類に判を押し、仮の身分証が発行された。水底の民ベンシック――蜥蜴人――の受付は堅苦しい口調だが、親切だった。地図の写しを寄越し、ここから地上に脱するまでの道を教えてくれた。床屋の主人が言ったように、ここから下の階層はほぼ何もなく、時折見回りで迷宮守りが向かうのがせいぜいだった。主な稼ぎ場はこの上の階層で、そこにも公社支部を擁する集落があり、大半の迷宮守りはそちらに滞在しているようだ。宿はこの層のほうがいくらか安いらしい。今すぐ外に出ても、ほぼ無一文だ。さしあたっては、この〈フィルの地下迷宮〉で少しばかり稼ぐ必要がある。


 ブランクは公社を出ると武器屋に入り、安物の銃を購入した。魔力を籠めて放つ魔法銃で、消費量が少ないため射程はそうないが、自分の魔力でも十分に扱えるはずだ。


 窓ガラスに写した自分――冷たい目のエルフを見て、この顔に合うのはどのような性格と喋り方なのかをイメージした。空白ブランクならば、自分でそこを埋めることができる。エルフは大抵、少しばかり高慢という風評があり、そしてそれはおおむね事実だった。その自信の根拠の一つとなる魔術の才が自分には欠けている。ならば、冷淡さの中に、いささかのコンプレックスが見え隠れするはずだ。


 酒場に入るとブランクは、冷淡かつ低い声で、紅茶を頼んだ。


   ■


 翌日、昇降機によって上の階層に移動した。そこはグリモの下町のような雰囲気の、妙な場所だった。上を見れば魔導機関から出た蒸気が覆い隠す、灰色の空が見えるかと思ったが、迷宮の高い天井があるだけだった。ただひたすらに路地と、うろつく人々だけがいる。だが安全とは言いがたいようで、負傷者や血痕、死んでるのか生きてるのか分からない横たわる人物などが見受けられた。


 ちょっとでもこの拠点から離れたら、もう油断はしないほうがいい――そう、公社の衛兵が言った。魔物が人に化けている。いつあんたの背中にナイフが突き立てられるかも分からないし、そうなっても誰も捜査も葬儀もしちゃくれない。路地の奥をさまよう、幽霊の一体となるだけだ。


 曖昧に頷きながらブランクは影のさす路地に入り込んだ。左手に拳銃、右手に剣を構えている。何らかの獣の骨や、真新しい血肉がそこいらに散らばっている。空気はひどく生臭い。


 まだ比較的全体像を残していた、獣の骨の一体がゆっくりと体を起こした。ありふれたアンデッドだ。こちらに噛みつこうと飛び掛かって来た、発砲するが、外れた。多少威嚇する効果はあったらしい、少しばかり怯んだところで、頭蓋骨を縦に両断した。宿っていた不浄な迷宮の魔力、胡乱な代用の魂魄が砕かれて、アンデッドは倒れた。


 その後も数体の魔物を片付けたが、魔石はクズ石ばかり手に入り、死体を漁ってわずかなフレイム硬貨を入手した程度だ。モーンガルドの労働者よろしく無気力な迷宮探索だ、とブランクが思ったところで、屋根と壁が半壊した建物から、ゆっくりと、鎧を纏った人物が姿を現した。

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