第4話 装備変更

 この場所〈フィルの地下迷宮〉は、バカンとグリモ両王国の国境付近、つまり大陸中央からやや北上した箇所の、地下に位置しているらしかった。自分がどこで暮らしていたか、家族はどうかといった情報はまったく覚えていないが、まだ歳若く鍛錬も武装もしていない少女が、荒事に手を染め、やくざな暮らしをしていたとは考えにくい。どこかの町で、家族とともに平穏な暮らしを送っていたはずだ。


 だが、ある日この迷宮に転移させられ、元の記憶を失うとともに、迷宮守りの不完全な記憶と、命装が流れ込んだ。本来の身分が明らかになり、家族と再会したとき、彼らはどのように反応するだろうか? 戸惑い、恐怖、拒絶を向けるのか、もしくは、元通りの家族として受け入れるか。だが、この迷宮守りブランクとしての自分は、既に形成され、不可逆なものとなっていると思えた。今後も迷宮に潜り続け、いつかは剣を折った相手と見え、どちらかが死ぬまで戦う。既に名も知らないエルフの少女の日常は完全に変質している。いつかそれを思い出したとしても。


 一つ上の階層には中央塔のらせん階段を延々昇る必要があり、例によって何度も休憩を挟むこととなった。体力のみならず、この肉体はどうやら、エルフとしてはかなり保持する魔力量が低いようで、休息によって回復することはなかった。銃を手に入れれば、戦闘は多少楽になりそうだ。それから、探索に適した格好に切り替えなければ。髪も少しばかり長すぎる。


 上の階層に到達すると、そこは一面緑に覆われていた。天井に設置された魔力灯は、下の階層のものに比べると明るく、太陽にも似た輝きを放っている。そのためか廃墟と化した建物が、繁茂した草木に覆われている。


 半ば崩れかけた門をくぐると市場だった。まったくひと気のなかった下層に比べて、迷宮守りらしいのが何人もうろついていた。まずブランクは古着屋で旅装を買い、次いで床屋に入った。そこの鏡で初めて、自分の顔を見た。灰色の髪と、どこか冷たい目をしたエルフがいた。おぼろげながら、以前の記憶がよみがえったような気がした。やはり自分は、どこかの町で家族と暮らしていた。


 髪を短く切り貫頭衣を纏うと、ブランクはまるで旅人の少年のような雰囲気になった。


 床屋の主人は饒舌なドヴェルで、下の階層から来たというと、あんな何にもないところから? と訝しがった。


「今はアランたちが潜ってたはずだが、がらんとしてて蟲とか低級霊とかがふらふらしてるだけの場所だろ。定期的に誰かが見回りに行くだけだ」


 因果なことにあの階層じたいが空っぽブランクだったようだ。よそから転移したと言うと、


「そうなのか? そいつは災難だったな。だけどもっとヤバい迷宮の、化け物の前に飛ばされたりしなくて幸運だったじゃないか。ならまずは、公社に転移届けを出すんだな」

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