第3話 折れた刃

 食料と飲料水、治療薬を分けてもらって親切な徒党と別れた。武器も譲ろうかと彼らは言ったが、ブランクは剣を見せ固辞した――それは念じれば、手の中に現れた。


 尋常の武具ではなかった。迷宮病の症状の一つであり、その到達点。〈命装〉と呼ばれる、魂魄の武装だ。手になじむそれを、戦いとなれば活用できるという確信があった。だが、身体能力自体はお世辞にも高いとは言えない。なんともアンバランスだ。


 どうも単純な記憶の混乱・喪失とはまた違うのではないだろうか、とブランクは考えた。外部から、誰かの記憶が後付けで宿ったように思える。命装の機能によるものか。あるいは迷宮で死んだ過去の霊魂、もしくは迷宮で損なわれた誰かの記憶。さもなくば迷宮が、魔物や財宝と同じく無から作り出した記憶と技能が、自分の内部に流入したのではなかろうか。あたかも転生でもしたかのように。


 上階に接続している中央塔へ向かう、奇怪な道で魔物と遭遇した。そこは天使の石像がいくつも乱雑に置かれていて、例えばその目から熱光線が発射されたりするのではないかとブランクは恐れたがそういったこともなく、その合間から肉色の一抱えもある蟲が数匹のっそりと現れた。


 恐らく逃走することは簡単だろうが、命装を試用すべきだと考え、それを構えた。

 剣はブランクの戦意に呼応したかのように、白く輝き始めた。身体が軽くなる。完全に思い描いた通りに、意志そのものとなり肉の体などはないように、剣を振るった。帝国の士族階級ラバイ人は「剣そのもの」と比喩されることがあるが、まさにそのような動きだとブランクは思った。白い光の軌跡が二匹の蟲を同時に通過し、その傷口はどうやら高熱で焼き斬られたらしい。


 残りを片付け、刃をぶよぶよとした魔物の骸に突き刺し、魔石を取り出した。この剣を使って戦うぶんには、息が乱れることもないようだ。それを知ると同時に、ある事実をブランクは思い出した。


 この刃は、何者かに折られたのだ。そして、自分はその相手に敗北した。再び戦い、勝たなければいけない。その意志は宿命かのように、空白と化した記憶の中にも焼き付いている。

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