第8話 忍び足のオベロンと黒騎士アルフレート
フィルの地下迷宮にブランクは二週間ほど滞在した。獲得物の売値は、迷宮芋や赤ドロ、弱めの魔物から取れるクズ石などはたかが知れていたが、たまに武器や書物、未知の魔導機械などを発見するとそこそこの収入にはなった。熟成された火酒の樽、そしてめったにお目にかかれないが
これらを売り払う前にきちんと手入れをし、適切な店舗に持ち込めば値段に色が付くが、大抵の迷宮守りはそのまま公社に隣接されている店に纏めて持ち込んでおり、ブランクもそうしていた。
この支部にいるのはだいたいがロヴィーサのような流れ者たちだった。モーンガルドにおいて吸血戦役終結から急激に増加した労働者たちのように、まったく戦闘能力がないというわけではなかったが、深層や帝国の迷宮のような危険地帯へ踏み込むほどの腕もないという、イーグロン大陸でありふれた程度の中級たちだ。
ロヴィーサの次に顔見知りとなったのが、バカン出身のエルフ、〈忍び足のオベロン〉だった。彼の名はシュマールの古い王のもので、極めて大勢のエルフたちがそう名乗っているので、実質的に〈名無し〉のようなものだった。〈忍び足〉の方は、彼が履いている魔法具のブーツに由来し、別にこそこそするタイプではないが、頑丈なので愛用しているらしかった。
オベロンはハーフマークという都市に住んでいたが、あるとき朔月の騎士が乱心し、高位聖職者を含む市民数十名を殺傷した事件をきっかけに街を出た。その殺人者は真面目で人当たりも良かったが、彼らが呪いに抗うために埋め込んでいる呪詛が、長い間をかけてその内心を蝕んでいたようだ。その騎士は凶行後に出奔したが、騎士団内の制裁者によって処刑されたそうだ。
「奴らは大陸内、呪いが渦巻くところはどこにでもいる。姿を見かけたらすぐに離れるべきだ。奴らが振るうのは、大昔に存在していた化け物に由来する力だからな」
オベロンは彼自身も、今は亡き殺害者を呪詛するかのようにそう顰め面で言った。彼は、バカンには灰色の髪のエルフが多くいるので、ブランクもそこの出身かも知れないと話した。
ブランクがこの支部でもっとも強いと感じたのは、南の国ヴェントから来たという黒騎士――主君を持たない騎士――の人間だった。くたびれたローブを纏い、草で編まれたサンダルを履いた壮年の人物だったが、目は常に鋭く、猛禽類のようだった。一度、彼がゴブリンに囲まれているのを見たが、炎のように揺らめく銀の光を纏った魔剣を抜いたのだけが見え、一瞬後にはかたが付いていた。
「ああ、アルフレートの旦那かい? ヴェント騎士ってのはおっかねぇもんさ」ロヴィーサが言った。「なにせ奴らは、ずっと迷宮に閉ざされた国で戦を繰り返してたんだからな。外に開かれたのはここ百年ばかりの話だ。あの国は王様じゃなく騎士たちの頭が治めてるらしいぜ。あの光る魔剣は、その頭領から授かった騎士叙任の証なのさ」
それからブランクは酒場でこの黒騎士アルフレートをまた見かけ、彼が自分の宿敵だったのならどうするかと考えた。もしかすると、それよりももっと強力な相手かも知れない。
力がなければ、宿命を全うすることはできない。剣を折った相手に勝利できなければ、すべては損なわれたままなのだ。
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