第29話 焼肉
「おーい、起きろよぉ」
誰かに耳元で囁かれ、俺は目覚めた。
みぞおち周辺はまだ痛みが残っており、胸も若干苦しい。
体を起こし、周囲を見渡す。
見慣れたインテリアの配置、変わらず俺はソファで楽になるまで寝ていたようだ。
「みぞおち大丈夫そ?」
俺を起こした張本人の晴が心配そうな声で聞いてくる。
俺は「ああ、なんとか」と言いながら立ち上がろうとしたが晴は「まあまあ、もうちょい座っててよ」と言い、俺を引き留める。
また何かするつもりなのか。
そう思ったが、晴は特に怪しい行動はせずにそっとソファに座った。
「いや、そのさ? なんで許してくれたの?」
晴は俺にしっかりと目を合わし、真剣な表情でそう聞いてくる。
なんで許してくれたの……か。
そう考えてみると理由としては『妹だから』という理由しか出てこない。
だがもし、晴が妹ではなく親友という関係性だったら俺はどうしていたのだろうか。
きっと許さずにそのまま関係を切っていた、もしくは周囲に悪い噂を流していたかもしれない。
まあ、噂を流す相手は居ないが関係は切っていただろう。
「なんでと言われてもなぁ、妹だからとしか答えられない。まあ、家族だし、これからもずっと助け合ったり支え合ったりする関係だろ? まあ、だから関係を壊したくないってのと長い間過ごしてきた仲だ、嫌いになろうとしてもそんな簡単に嫌いになれないよ」
晴は特に泣きそうになるわけでもなく、頬を赤くして「ふーん」と恥ずかしそうにそう言った。
何だかそんな対応をされると言ったこちらまで恥ずかしくなってしまう。
だが言った事は事実、どんなことをしても俺は晴の事を嫌悪したり拒絶したりすることは出来ないだろう。
「そういえば、奈菜美はどこいったんだ?」
俺の問いかけに晴はなんの迷いもなく「まだ帰ってきてないよ?」と即答した。
どうやら晴が追い出したりしたわけではなく、ただ単純にどこかに行ったきり帰ってきてないらしい。
探しに行くかとも思ったが晴が「じゃあお兄ちゃんも起きたし、私は帰るわ。もし奈菜美を見かけたら連絡するし、帰るように促してみる」と言ったので俺は晴に任せる事にした。
晴は持ってきた小さなブラウンのショルダーバッグを持ち、玄関に続く扉を開けた。
「じゃあまた。何かあったら連絡するし、助けを求めてる時は助けてよね?」
「ああ、分かった。必ず力になる」
晴は小さく微笑み「ほんと、優しいんだから」とボソッと小声で言うとリビングから出て行った。
なんだか今日あった事が嘘のように、晴とは馴染めた気がする。
なんだかんだでもう5時過ぎ、奈菜美に甘えて寝て、そしてその後は殴られて意識を失ったのか。
もう、めちゃくちゃだ。
さて、奈菜美が帰ってくる前に適当に飯でも作るか。
俺はそう思いソファから立ち上がるとキッチンに行き、冷蔵庫を物色し始めた。
~~~
夕飯を作り終え、奈菜美の帰宅を待つ。
今日は色々あって疲れただろうし、そもそも昼飯も食っていない。
冷蔵庫を物色した結果、なぜか焼き肉用の肉があったのでそれを使うと思ったが、それだけだと肉が少し少なかったため、近くのスーパーでホルモンなどの肉ともやしや長芋などの野菜も買って来た。
スーパーに言っている間も奈菜美は帰って来ておらず心配だったが、冷蔵庫に買って来たものを詰めている時『ガチャ』と玄関の開く音がした。
奈菜美が帰って来たのかなと思い、俺はエプロンを着けたまま玄関に向かった。
「……ただいま」
「おかえり、待ってたよ」
奈菜美は拗ねたようにそういうとそのまま俺を無視してリビングに入っていく。
どうしたものかと思いながらも、俺もリビングに入り、そしてキッチンに戻った。
肉を焼く用のホットプレートをキッチンの引き出しから取り出し、さっと水洗いしたあと食卓に置く。
近くのコンセントにプラグを指し、プレートを熱するために軽く電源を入れる。
熱が入った事を確認し、キッチンに戻り冷蔵庫から最初に見つけた焼き肉用の肉を取り出してそれを食卓に置いた。
パック詰めされたお徳用のものだが、色はそんなに悪くない。
まあ、2割引きのシールが貼られてはいるんだが。
蓋を開け、中に入っているバランなどを抜いてゴミ箱に捨てる。
「なにしてんの」
急に話しかけられた俺は反射的に「うわっ」と声が出た。
「飯の準備、晴の件で昼飯も食ってないから今日は早めに食べたいなって。冷蔵庫見たら目立ったものはこれしかなかったから準備してた」
奈菜美は不満そうに「ふーん」と呟いた。
俺が「一応他の肉も買って来たけど?」と言うと少し機嫌が良さそうになった。
奈菜美は食卓の椅子に座り、箸を持って肉をつまみ、ホットプレートに肉をダイブさせる。
軽く油を敷いた方が引っ付かなくなるとは思うが、肉の脂で何とかなるか。
そう思い、俺も買って来たホルモンなどを食卓に持って行き各種野菜を水洗いした後、俺も椅子に座った。
「ほら、焼いてよ! 私ホルモン好きだから先に焼いてよね!」
奈菜美の指示により、ホルモンを焼いているのだが数が多すぎてホットプレートの3分の2がホルモンによって埋め尽くされた。
買って来たホルモン全てを焼いているのだからこうなるのは当たり前なのだが、果たして食べきれるのでしょうか。
買って来たホルモンは豚ホルモン、しっかりと火を通さなければ何かの菌にかかってしまうためしっかりと火を通さなければ。
しっかりと焦げ目が付いてから食べるように奈菜美に促し、十分に焼けた事が確認できたので奈菜美の皿にホルモンを盛ってあげた。
市販の焼肉のタレをかけ、奈菜美は美味しそうにホルモンを食べる。
「んん~! 美味しい!」
ホルモンはもの凄く高い物ではなく、一般的な値段の物。
それをこんなにも幸せそうに食べられると、こちらも何だかほっこりしてしまう。
俺も焼けたホルモンをタレにつけて一口。
これは、ご飯が欲しくなる美味さだ。
それになんだろう、人とというか最愛の人と食べているせいかより一層美味しく感じられる。
これが恋人と言う物なのか。
未だに緊張してしまうこともあるが、それよりも幸せを感じる時の方が多くなって気がする。
今も幸せだし、殴られた時も喧嘩したみたいで凄く恋人というものを感じられた気がする。
まあ、無神経だったとは自分でも思うし何より申し訳ない。
適当に肉を食いながら奈菜美と今日あった事を話していく。
晴がどういう態度で俺に迫ったのか晴はどういう人物なのかなど、なんか凄い色々聞かれた。
挙句の果てには俺がS、Mどちらなのかという話になったがそこは「んー、そういう経験してこなかったから分かんないな」とはぐらかしておいた。
まあ、これが後の面倒事に繋がるなんてこの時の俺は全く思っていないが。
二人ともたらふく肉を食い、片付けに入った。
といってもホットプレートのプレート部分をシンクに入れ、それを洗剤に漬けて置き、大きな油が取れるまで放置というもだが。
その間にタレを入れた皿などを洗い、油が取れたのを確認したらプレートも同じ要領で洗った。
体が焼肉臭い。
風呂に入りたいなと思っていたのだが、それはどうやら奈菜美も同じだったらしい。
俺が「先に入って良いよ」と言うと、奈菜美は恥ずかしそうに「……一緒に入ろ」とボソッと言った。
俺が「ん? なんだって?」と白々しく言うと奈菜美は大声で「うざい! 一緒に入ろって言ったの!」と怒り気味で言った。
「もう、絶対聞こえてたじゃん!」
「ははは、ごめんごめん。一緒に……かぁ……」
俺は悩みに悩んだ末、ナンパされた日は一緒に入ったのに今日入らないのはおかしいと思い、仕方が無いが入る事にした。
俺が「まあ良いよ」と言うと、奈菜美は頬を赤らめ「真崎さん、先に入ってて」と言いなぜか寝室に姿を消した。
ナンパされた日、俺たちは一緒に風呂に入った。
だが、一緒に入ったのはそれの一回きり、今の俺は平静を装っていたが心臓は激しく動き、頭も上手く回らない感じがしている。
さて、これからどうしよう。
俺はそう思い、頭を抱えながら脱衣所に向かった。
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