第28話 くすぐられる心

 「疲れて寝ちゃいましたかね」


 みんなで仲直りをしてから2時間程経った。

 晴は一日中泣いた疲れからか食卓前の椅子に座りながら雑談をしている最中に寝てしまった。

 

 「仕方ない、ベッドに運ぶか?」

 「そうですね、お願いします」


 晴を起こさないように慎重に背中に乗せ、晴を寝室まで連れて行った。

 リビングに戻り、俺は椅子に座る。

 肩の力を抜き、体を伸ばす。

 

 体を伸ばしたことによって少し疲れが取れた気がする。

 今日の出来事は多分、今後の生きていく中で忘れる事は無いだろう。

 妹に襲われ、そしてその2、3時間後には仲直り。

 まるで、アニメみたいな話だな。


 やることも無くなってしまった。

 俺は適当に暇を潰すためにスマホを取り出して、無料のパズルゲームを起動した。

 マナーモードにしてあるため起動音もバイブレーションも何もない。

 このゲームのルールとしては同じ色の球を3球繋げると、得体のしれない生物にダメージが入るため、球をなるべく多く消して、その生物を倒していくというゲーム。

 いたって単純なゲームだが、このゲームがパズルゲームの起源と呼ばれており、リリースされたのも約10年前の古いゲームだ。 


 まあ適当にプレイしているが、如何せん面白いと感じたことはあまりない。

 というか、結構頭を使うゲームなのでどっちかっていうと軽い頭の体操みたいな感じでやっている。


 「何やってるんですか?」


 不思議そうに奈菜美が俺のスマホを覗き込んで来る。

 俺は「暇つぶし」とだけ答えてゲームを続け、今戦っているステージが終わるとそのゲームを辞めた。

 理由としては……


 「……」


 無言で構って欲しそうにこちらを見つめて来る奈菜美の姿があったからだ。

 俺が椅子から立ち上がり、ソファに移動する。

 それと並行して奈菜美もひょこひょこと俺の後ろをついてきて、そして俺がソファに座るのと同時に奈菜美も隣に座った。


 「なんか、真崎さんと付き合ってから怖い事ばっか」


 悲しそうな声でそう言う奈菜美。

 だが、声は震えておらずただ単に悲しさだけが積もった声に聞こえる。

 

 「その……」 

 「あ、その、別に謝ってほしいとかじゃなくて、私、毎日新鮮で凄く楽しい」


 『楽しい』か。

 俺としてはいつもひやひやしながら、毎日命拾いしている感覚なんだが。

 

 「楽しい……?」 

 「そう、楽しい。アイドルしてた頃の私って、恋愛は禁止だしそもそも学校もちゃんと行けてなかったから、だから大学で晴と友達になって嬉しかったし、こんなにも早く、恋愛が出来るなんて思わなかった。それに、非日常的な事が何回もあって、それも毎回楽しい。どれも真崎さんのお陰だと思う」


 そう言った後、奈菜美は俺の唇を奪う。

 だが、激しい物ではなく唇全体を舐め回すようなねっとりとしたもの。


 「晴に奪われちゃったから、しっかりと上書きしておかないとね?」

 

 そう言いながら彼女は微笑む。

 彼女の笑顔は今まで何度も見てきたはずなのに、なぜか今が一番輝いて見える。

 きっとこれからも彼女の一番は更新されていくのだろうが、それでも、今日の笑顔はしばらくの間、トップに君臨するだろう。

 

 「……不甲斐ない俺を、いつも許してくれてありがとう」


 俺はそう呟き、彼女の胸の中に顔を埋めた。


 「ひゃう」という驚いた時に出る可愛い声が、奈菜美の口から漏れる。

 だがすぐに奈菜美は俺の頭を撫で、母性マックスで俺を甘やかしてくれる。

 

 「いいですよ、私もあなたに依存させてもらっているんですから、お互いに依存していきましょうね」


 セーターの少しザラザラとした繊維、それが心地よく、そして芳香剤の香りが脳を刺激する。

 芳香剤の香りによって、次第に睡魔が襲って来て俺はうとうとし始めた。


 「眠たいんですか?」

 「……ああ」


 次第に意識が無くなり始め、なにか柔らかい物の上に俺の頭はダイブした。

 うっすらと見える視界には真っ白な天井と少し出っ張ったセーター、そして微笑んだ奈菜美の顔が見える。

 その三つを見て安心したのか、俺の意識はそこで無くなった。


 ~~~


 もちっとして柔らかく、それなのに吸盤に吸い付かれているかのようにベタっとしていて肌から離れない。

 俺が今、下敷きにしている物は何なのだろうか。

 眠たいせいで頭が回らない。

 そしてなんだろうか、さっきからずっと頬を突っつかれている気がする。

 

 俺は「んん……」と声を出しながら目を開けると、ニヤッとしながら頬を突く奈菜美と晴の姿があった。

 奈菜美は分かるがどうして晴が……?


 晴は慌てて「うわ、お兄ちゃん起きちゃう!」と言った。

 俺はそれを聞いて寝ぼけたふりをして、観察を続ける。

 ほんの少し、ほんのちょっとだけ視界が見えるように目を開ける。

 俺の目の前には安堵の息を吐く晴の姿が、そして俺の真後ろに奈菜美がいるのだろう。

 

 そして位置から推測するに俺が下敷きにしていた物の正体は奈菜美のむちっとした太もも。

 寝る前まではセーターとジーパンという変装する時に着る洋服を着ていたはずなんだが、俺が寝ている間に着替えたのか……?

 そう思っていると俺の視界が急に白い何かで覆われた。

 

 晴の顔や目の前のテレビが見えなくなったので、俺は少し開けていた目を大きめに開いた。

 一面白銀の世界……まではいかないがとりあえず俺はワンピースのスカート部分に覆われたらしく、白色の生地のせいで何も見えなくなった。

 

 「奈菜美って大胆なんだねぇ~」と煽り口調の晴の声が聞こえてくる。

 奈菜美は晴の言葉に反応したのか「ち、違います! ちょっと思いついただけです!」と体を揺らしながらそう言った。

 太ももが大きく動き、頭が揺れる。

 

 反射で出てしまいそうな声を抑えながら俺は寝がえりをうった。

 目の前に現れた一つの物が目に入る。

 

 ピンクの白玉模様。

 真ん中には小さく可愛いピンクのリボンがついている。

 大学生……だよな?

 晴のは洗濯する時、よくカゴの中に紛れてたりしたが、こんなにも可愛らしいものではなく水色や白一色の淡白な物ばかりだった。


 まあ、一応元アイドルだしね?


 だがこの状況、俺の童貞心がくすぐられる。

 このパンツと書いて楽園と呼ぶ場所に俺は顔を埋めたいと思ってしまった。

 まあ、彼女だし、奈菜美は俺にベタベタだし、あっても怒られるぐらいだろう。

 人間、決断する時は早いもので俺は安直な考えをした後、すぐに顔を埋めた。


 「ひゃう!?」


 奈菜美の驚いた声が聞こえる。

 パンツの生地はサラサラで、肌を受け流すような感じがする。

 案外イラストなどでパンツの中央に切れ込みが見える事があるが、現在私が滞在している場所には存在しない。

 多分だが、生地がサラサラすぎて逆にそういう形などは出てこないのだろう。

 俺はなぜか安心しつつ、パンツから顔を離した。


 さて、ここからどうやって起きようか。

 そう思っていると覆われていたスカートの部分が捲られた。


 「ふっ、最初から起きていたくせに。お兄ちゃんの癖は全て把握しておりまする」


 謎の口調の晴が俺の肩を掴み、奈菜美の股にうずくまっていた俺を裏返す。

 

 「……すんません」

 「このバカぁ!」

 「へぶっ」


 奈菜美にキレながらみぞおちに一発重い拳が入った。

 反動により、胸が苦しくなり声にならない痛みが胸を中心に走る。


 奈菜美はと言うと俺を制裁した後「もうほんと変態なんだから!」と言い、リビングから出て行ってしまった。

 はは、悪い事したな。

 だが、俺が今まで変な事をした記憶は無いんだがな。

 俺はそう思いながら、苦しくなった胸を押さえながらまた瞳を閉じた。

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