第27話 これからも仲良く
足早に実家を後にして、俺は奈菜美のマンションに帰って来た。
俺が慌てて帰ってきたせいか、奈菜美も心配して玄関まで俺を迎えに来てくれた。
「真崎さん……! 大丈夫……?」
「ああ、ごめん。ちょっとね」
あの時の行為が脳裏に焼き付いて、今の俺は上手く物事を考える事が出来ない。
実家を出る前までは奈菜美が居たら晴の事を話そうと思っていたのに、急に脳内に「この事を話して良いのか」という謎の疑問が出てきた。
俺は心の中で「絶対に話さないと後々面倒になる、話すんだ俺」と唱え、俺はひとまずリビングに移動した。
食卓となっている机の前の椅子に座り、対になるように奈菜美を反対側の席に座らせて話を始める。
「その、何個か話があるんだけど、ひとまず謝らせて欲しい。ごめんなさい」
奈菜美は俺が突然謝罪したことに驚きもせずに真剣な表情で「何があったの?」と聞いて来た。
「その、今日は晴に呼ばれて実家に一回帰ったんだけど、その時に晴に襲われて……それで奈菜美が晴と一緒に俺の家に来た時に、実は奈菜美の事を全部晴に教えてて……襲った事を奈菜美に言ったら奈菜美の情報を文春に全部売るって言われた」
俺はぶつぶつと念仏を唱えるかのように俯きながら喋る。
奈菜美の顔が怖くて見られない。
「そっか、大変だったね。私は良いよ、文春に売られても。だからさ、一回晴をここに呼ぼ?」
意外な反応に俺は驚き、そして顔を上げた。
声のトーンからして全く怒っていないように伺える。
だが、顔を上げてみると奈菜美は笑ってはいるものの、完全に作り笑いで口を引き攣らせている。
「……すみません」
「いいのいいの、ぜーんぜん怒ってないからぁ!」
俺は奈菜美に軽く頭を叩かれた後、LIMUでメッセ―ジを送る事にした。
晴から「さようなら私の恋心、そしてありがとう、あなたの良心は私をここまで育ててくれた。でも、私が壊れそうな時は手を貸してほしい。」と謎の文面が送られてきていたが、そんなものはおかまいなし。
俺が『奈菜美のマンションに来い』というメッセージを送ろうとした時、奈菜美に手を叩かれた。
衝撃でスマホが床に落ちる。
「待って、なんで真崎さんがメッセージを送ろうとしてるの?」
「いやだって、俺が送ったほうが晴は……」
「それは過去の話! 今のあなたがメッセージを送った所で彼女は来ない。私が電話で家に遊びに来るように言うからちょっと待ってて」
奈菜美はそう言うとスマホを取り出し、誰かに電話をかけ始めた。
奈菜美は電話相手に俺の存在を悟られたくないのか、リビングから出て行き、そして話し声が聞こえたくなったのと同時にリビングに帰って来た。
「晴、ここに来るって」
「……そうか」
「まあ私は、たとえ情報を売られたとしても一生あなたと一緒に居るって決めてるから。真崎さんも裏切らないでよね?」
奈菜美はくるっと振り返り俺に笑顔でそう言ってくる。
だがその笑顔に余裕は見られなかった。
~~~
一時間ほどしてチャイムが鳴った。
奈菜美が「ちょっと出て来るね」と言い、リビングから姿を消す。
きっと訪問者は晴。
これからどんなことが起こるか想像もつかない。
それでも、俺は目の前の現実と向き合っていくしかない。
リビングと玄関を繋ぐドアが開いた。
奈菜美が楽しそうに話しながらリビングに入ってくる。
そして、奈菜美に続いて晴も。
「あの教授ちょっと面倒だけど、簡単に単位くれるから案外良いよね~」
「だよね~、私も……」
晴は俺の姿を見つけたのか楽しそうにしていた顔も一気に暗くなり、そして無言で部屋から出て行こうとした。
だが、それを予測していたのか奈菜美は素早く晴の手首を掴み、逃走を阻止した。
「いやだぁ! 離して!」
「なんで逃げようとするの? 前にお兄さんと話していた時は凄く楽しそうにしてたじゃん」
俺の事がよっぽど嫌いなのか晴は奈菜美の拘束を振り切ろうと、手首を上下に動かして離させようとする。
だが、案外奈菜美の力が強いのか奈菜美の手は全然解けない。
そして晴は拘束を解くのは無理だと判断したのか無抵抗になり、奈菜美に連れられてリビングの食卓に座らされた。
晴の正面に俺と奈菜美が座り、奈菜美が話を始める。
「晴、話は全部真崎さんから聞きました。キスをして、それで私の情報を使って脅したと」
「いや、違う……私はただ、二人の為に――」
「晴! 黙って!」
「ひっ……」
聞いたこともないような怒鳴り声が部屋の中に響く。
俺も晴も恐怖し、怯えるかのように震えている。
だが、恐る恐る奈菜美の顔を見てみるとその目には涙が溢れ出ていた。
「私、晴がそんな事するような子じゃないと思っていた。変装して、陰キャを演じている私に一番初めに話しかけてきたのは晴だった。変装しててありのままの姿が出せない私にでも、凄くフレンドリーに接してくれて凄く嬉しかった……なのに! どうしてこんな事したの……」
食卓に奈菜美の大粒の涙が落ちる。
黙って聞いている事しか出来ない俺。
気まずくて何も言葉を発せないのかずっと俯いたままの晴。
空気としては最悪、簡単に例えるならば地獄だろう。
「……それは、それは……! お兄ちゃんに嫌われるために……した」
晴の放った言葉に俺は衝撃を受けた。
だが、衝撃を受けるのよりも先に俺は言葉がでていた。
「ふざけんな!」
「……」
「ふざけんなよ……! 俺をスタンガンと奈菜美の情報で脅して、それで無理やりキスして、奈菜美がどれだけ悲しんだと思ってるんだよ! 確かにこの事を奈菜美に話したのは無神経だったと思ってる。でもさ、どうしてそこまでして、俺に嫌われたいんだよ。てか、俺がお前の事を嫌いになれるわけがないだろ! 兄妹だぞ!? どれだけ一緒に過ごして来たと思ってんだよ……」
俺は疲れて次第に言葉が出なくなってきた。
だが、それでも伝えたい事はしっかりと伝えられたはず。
俺の伝えたと事が伝わったのかは分からないが、晴は顔を上げ俺たち二人を見ると泣きながら頭を下げた。
「うぅ……二人ともごめんなさい……私が間違ってた、自分のことばっかり考えて目の前が見えてなかった。最初は二人に幸せになってほしいって思ってたのに、その気持ちがどんどん歪んできてお兄ちゃんが取られた、奈菜美はもうかまってくれないかもしれないってどんどん嫉妬の感情に支配されてたのかもしれない……もう、自分でも何言ってるか分からなくなっちゃう。でも! また二人と仲良くしたい! また仲良くしてくれるなら……うぅ……」
涙が溢れる度、晴は目を拭い、そしてしゃっくりが酷くなりまとも喋られなくなる。
だが、奈菜美にはその気持ちが伝わったのか、勢いよく椅子から立ち上がると奈菜美は晴を抱きしめた。
俺にも晴の気持ちが伝わり、涙が溢れて来る。
身近な人が急に居なくなった。
それがどんなに辛い事なのかは、俺も分かる。
形が違うにしても辛い事だとハッキリわかるし、嫉妬に関しては先日のナンパの件でもの凄く実感した。
嫉妬がどれだけ怖いか、そして愛する者が取られるのが、取られそうになるのがどれだけ怖いか。
きっと晴は、その恐怖と辛さに今まで犯されそして一人で戦ってきたのだろう。
「もういいの! 晴! もう分かったから泣かないで……私は許すし、きっと真崎さんも許してくれる……だから、もう泣かないで」
「うぅ……奈菜美ちゃん! ありがとぉ……!」
この場に居る登場人物全員が号泣しているという傍から見れば意味の分からない空間。
だが、生み出された事象は二度と取り消すことは出来ない。
しかし、取り消せないだけで忘れ去ったり、逆にそれを未来に繋いでいく事だって出来るはずだ。
少しカッコ良い事を言ってみたかったが俺には難しい。
だけど、俺が言いたかったことはこういう事だ。
「晴、お前は俺の妹だ! これからも俺とお前の為に仲良くしていこうな!」
俺は晴に抱き着き、そして満面の笑みでそう晴に投げかけた。
「ひっぐ……お兄ちゃ~ん! ありがどぉ……!」
晴は泣きながら、俺の胸に顔を埋めた。
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