第25話 ヤンデレの生まれ方
奈菜美のナンパ事件から数日経った。
あの後は二人で仲良くコンビニによって適当に飯を買い、そのまま奈菜美のマンションで二人楽しく話しながらご飯を食べた。
そしてその夜、俺たちはそういう雰囲気になり、童貞を捨てる可能性もあった。
だが、互いに緊張してしまい、出来るものも出来なくて結局そういう事はせずに二人で仲良く寝た。
それこそ、ご飯を食べた後は緊張を無くそうとして一緒に風呂に入ったりしたが、それでもやっぱり緊張は無くならなかった。
今こう考えてみると、案外簡単なものではないんだなと思う今日この頃。
そんな俺は今、晴に呼び出されて実家にいる。
今日は父が出張で家には晴一人。
だから俺もこうやって実家に赴いたわけだ。
「久々だね、お兄ちゃん……って何かここ、内出血してるけどなんかあったの……?」
玄関の扉を開けて早々、晴が飛び出してくる。
そして俺の変化に一瞬で気づき、気が付けば俺の顔に手を当て、心配そうにしている。
晴の指先が中村に殴られた場所に一瞬触れた。
ほんの少しだが、痛みが一瞬顔全体に走る。
「いった」
俺は少し派手に演技をし、痛がる素振りを見せた。
「えっ、ごめん」
晴は俺が普通に痛がったのが意外だったのか、後ろに一歩後ずさり謝罪の言葉を述べた。
俺が笑いながら「冗談だよ、冗談」と言うと頬を膨らませながらそっぽを向き「ざけんな」と小声で言った。
~~~
階段を上り、二階の晴の部屋に行く。
俺の家は父が医者なお陰で金はある。
母も俺を生んでからは仕事を辞めて専業主婦になったらしいが、その前は薬剤師をしていたらしい。
だから都内にしては珍しい一軒家を持っている。
二階には3つ部屋があり、奥からそれぞれ物置、俺の部屋、晴の部屋となっている。
真ん中の俺の部屋はもぬけの殻と化していて、残っているのは昔使っていた勉強机とベッドの骨組みのみ。
改めて感じるが、部屋に物が無いと言うのはなんだか悲しい気持ちになる。
寄り道をしてしまい、部屋に入ると晴に「どこ行ってたの?」と少し怒られた。
「俺の部屋だよ」と言うと晴は「ふーん」とそっけない対応をした。
なんだか今日の晴は様子が少し違う。
いつもならば「お兄ちゃん大好きー!」とか言って抱き着いてくるくせして、今日は何だか落ち着いている。
いや、まあ大学生になったんだからこれぐらいが普通だと思うのだが、こんなにも落ち着いている晴を見るのは俺が家を出て行く前以来見たことがない。
家に来たら「一緒にご飯食べに行こー?」とか「お兄ちゃんのご飯食べたーい!」とかハイテンションで言ってくるくせして、今日は本当にテンションが低い。
どうしたものかと思っていると晴がベッドに腰を下ろし、口を開いた。
「私、この前見たの」
「ん、何を?」
晴は口を震わせ、少し悲しそうな声で話を続ける。
「この前、お兄ちゃんが奈菜美と一緒にアクアシティでデートしてるとこ」
「……」
何だか急に気まずくなり、俺は口から言葉を発することが出来ない。
俺がモゴモゴしている間も、晴は話を続ける。
「ほんの一瞬だったから最初は分からなかったけど、友達の一人が『あれ、奈菜美ちゃんじゃない?』って言ったから、少し後をつけてみたの。そしたら奈菜美がお兄ちゃんに抱き着いて幸せそうに歩いてた」
声は震えており、顔を上げ、晴の顔を見てみると涙ぐんでいて寂しそうな顔をしていた。
その表情を見るのが、なぜか苦しく感じてしまい俺はすぐに顔を伏せた。
「皆奈菜美の変わりように驚いてたけど、私が最初に思ったのは悲しさ。別に、私も分かってるの。お兄ちゃんもそういう時期、そろそろお父さんから結婚しろとか言われる時期だと思うし、法律が改正されて18歳の人と20歳越えの人が結婚することも珍しくなくなった。でも、お兄ちゃんの恋人が私の友達で、その友達が楽しそうにしてたり嬉しそうにしてたりすると、なぜかお兄ちゃんを奪われたって感じて胸が苦しいの。ねぇ、私はどうしたら良いのかな……全然分かんない、分かんないよ……!」
そう言いながら泣き崩れる晴を見て、俺はどうすれば良いのか分からなかった。
今まで彼女が欲しいと思った事は何度もある。
だが、彼女が欲しいという気持ちしか無くて、その後の事や付き合うことによって出てくる弊害や問題については一度も考えたことは無かった。
詰めが甘いというのだろうか。
目の前の事だけに集中し過ぎて周りが見えていなかったのだろう。
俺はどんな言葉を掛ければいいのか分からず、その場に立ち竦していた。
「ねえ、お兄ちゃん。私、最初から我慢せずに気持ちを伝えてたら良かったのかな」
いつの間にか立ちあがっていた晴が、俺の目の前にいた。
涙で濡れてしまったのか目は酷く赤くなっていて、目元には水滴がついている。
「我慢……?」
「そう、我慢。私ね、お兄ちゃんが求婚されたって聞いた時、正直嘘だと思ってた。でも蓋を開けてみればちゃんとした理由があって、それで『あ、本当なんだ』って思った。でも、求婚した人は私の大学の友達でもあり、元人気アイドル。私みたいな人がテレビに出てるような人に勝てるわけないし、そもそも私は血の繋がった妹、土俵にすら立てない。だから、あの時私が『結婚はやだ、ていうか、恋人も作らないで』って反対していたらお兄ちゃんは一生私だけのお兄ちゃんで居てくれたのかなって」
晴は俺の前から姿を消し、そしていつも使っているカバンを漁り始めた。
そしてその中から取り出したのは、少し前に護身用で持ち歩いていると言っていたスタンガンだった。
俺には晴が何をしようとしているのか全く分からず、ただ立ち竦むだけ。
「ヤンデレってこういう風に生まれるんだねぇ」
晴がスタンガンの電源を入れたり消したりしながらこちらに歩いてくる。
『バチバチ』と音を鳴らしながらスタンガンの電源が入ったりして、辺りに火花が飛び散る。
「おい、やめろ。何をする気だ」
「別に、何もしないよ。するとしても脅し」
晴は俺の横腹にスタンガンを当て「ベッドに座って? 座らないと分かるよね?」と満面の笑みで俺を脅す。
従うしかなく、俺は無抵抗のまま晴のベッドに腰を下ろす。
そして、晴はスタンガンを投げ捨てると俺をそのまま押し倒した。
ベッドが衝撃によって少しへこむ。
「はい、捕まえた」
晴は今までにない笑顔で俺を拘束する。
晴は両腕で俺の両肩を押し付け、俺の下半身は晴が馬乗りになっているせいであまり動かない。
男と女、これだけ見れば男の方が力があり、そしてこの状況を打破することが安易に可能かもしれない。
だが実際は困難を極め、俺にはどうすることも出来ない。
「あ、そうだ。この事奈菜美に言ったら文春とかに奈菜美に彼氏が居るっていう情報売るからね? もちろん写真付きで」
晴の気分は最高潮と言った所だろうか、最愛の人間の弱みを握り、そして徐々に支配していく。
俺はすでに晴に敗北しているのかもしれない。
どうしてあの時、安易に晴に奈菜美の事を話してしまったのだろうか。
妹だからと油断していた。
きっとそうだ、そうに違いない。
だが、過去の事を問い詰めても問題は変わらない。
とりあえず今は、この状況を変えなければ。
「おい、晴! どうしてこんな事をする!」
俺の怒鳴り声が部屋の中に響く。
しかし、晴は俺の声にはビビらずにそのまま話し始める。
「どうして? そんなのお兄ちゃんが好きだからじゃん。てか、別に脅しただけでまだ何もしてないよね? 逆にどうしてお兄ちゃんはそんなに怒ってるのか私には理解できない」
晴はあざとく「じゃあ例えばこんな事したら私が悪者になっちゃうかな?」と言った後、俺の唇を奪った。
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